3 喫茶店部
小倉に連れられ、喫茶店部に来た未来は驚きを隠せなかった。
まるで内装からメニューまで喫茶店そのものだったのである。…しかし、お客は全然いなかった。
「…あまり売れてないんですか?」
「ガクッ、直球だな~。今日はね、他の学年は授業ないし一年生もさすがに構内の喫茶店とか知らないだろうし、知ってもいても入りづらいだろうからさっ、でも来てくれた子にはせっかくだからこの学校の雰囲気を味わってもらいたいじゃない?だから損得勘定無視して開店してるんだよー、あ、オレンジジュースでいい?」
「はい!」
「10%未満と30%と100%があるけどどれにする?」
「ええっ!そんなに!?」
「早く決めないと混ぜて62%にしちゃうぞ~」
「からかうのはやめなさい」
「あ、部長ー」
「いつも部長じゃなくてマスターと呼びなさいって言っているでしょう」
「は~い」
部長と呼ばれた女の人は肩より少し短いくらいの髪をカチューシャで後ろに持っていき、Tシャツにズボン、その上にエプロン姿で出てきた。名札には焔と書かれている。
「小倉がごめんなさいね。この子いつもこうだから」
「えー、いつもはちゃんと働いてるじゃないですか!」
「そうだったかしら、あ、明日の仕込みとかは私がやっとくから、今日はその子のめんどうみててあげて」
「そ、そんな悪いですよ!」
さすがに部活動をほっぽり出してまで自分に付き合ってもらうのは悪いと思ったのだが。
「いいの、今日のところはさっき小倉が言ってたみたいに暇だと思うから、まぁゆっくりしていったらいいわよ」
そう言うと焔は裏に引っ込んで行った。
「今のがうちの喫茶店部の部長、三年の焔先輩だよ~、あ、私の自己紹介もしてなかったね。この名札ついてるからわかると思うけど、二年の小倉って言います」
「あ、これはこれはごていねいに、私は一年の司馬と言います」
そこまで言うと小倉は顔を近づけじっと目を細めて見てきた。
「…下の名前は?」
「えっ、下?…未来ですけど」
「未来ちゃん!うん、そっちで呼びたいな!しっかし一年生は初々しくていいなぁ」
小倉はすごいにこやかな顔でそう言った。きっともともと人の面倒見たりとか好きなんだろうなぁと思った。
「あ、ごめんごめん飲み物用意してなかったね、で、結局なん%のがいい?」
「100%でお願いします!」
「は~い、りょうか~い」
せっかく小倉さんと焔さんがこういう場を用意してくれたので、聞きたいことを全部聞いてしまおう。…とりあえずクマのことだけは置いといて。
「はいどうぞ~」
オレンジジュースと、なぜかショートケーキも一緒に差し出された。
「あの、これ頼んでないのですが」
「いいのいいの、私も食べたかったからさ、一人で食べるのもアレだからついでだよ!」
「うう…もう何とお礼を申せばよいのやら…何から何までありがとうございます」
「あ~、それはちがうんだな~、なぜなら親切にしていると見せかけ下心があるからさ!」
「なんと!」
「あ、べつにさっき部活を何にしようか迷ってるって言ってたから、喫茶店部に入部させようとかそういうんじゃないよ?確かに未来ちゃんみたいな可愛い子が後輩で入ってくれたら、私としてはすっごくうれしいけどね」
「もう、お上手なんですから!」
「ほら、今まで私も一番下の学年だったからさ~、後輩ができて、こうさ、お姉さんぶりたいわけですよ!ね、わかるでしょ?」
「なるほど~」
まだ少し話しただけだが、未来はすっかりこの先輩が気に入ってしまった。この裏表のない言動と表情に惚れたと言ってもよい。そしていっそこのまま喫茶店部に入部するのもいいかもしれないなぁ、などと思いながら目の前のケーキを口に運んだ。
「あ、おいしい」
「ほんと?いやぁそう言ってもらえるとうれしいなぁ」
「これ、手作りなんですか?」
「うんうん!モノによっては市販のとか使っちゃったりもするけど、大体はうちのメニュー手作りしてるんだよ~」
おもむろにメニューを見てみると、普通の喫茶店にあるようなメニューがずらりと並んでいる。ちょこちょこ変なメニューもあるが…。
「部活動といえども、他の喫茶店に負けないものを!って言うのが今の部長の方針だからね」
「ふむふむ~あ、定食なんかもあるんですねー、あとは…100%洋ナシジュース?」
「あ、それは私が考えたの。人気もなくて、どう考えてもコスト的に採算合わないから今はやってないけど(笑)」
「なんだか大変そうだけど楽しそうですね!」
「そうだね、他の高校に通ったことがあるわけじゃないから何とも言えないけど、自分で考えて形にできて、それの評価を受けられるって言うのが実践的でいいなぁって思ってる、この学校を選んで良かったなぁって。ま、対象が同世代と、先生くらいしかないのがちょっと世界が狭い気もするけど」
何か同じ高校生とは思えないほど大人だなぁと未来は感じてしまった。それとも来年には自分もこれくらい成長しているのだろうか…。先のことは考えても仕方ないのでそれは脳の片隅においておくが…。
「先生方もここをよく利用するんですか?」
「するよ~。放課後とかさ、コーヒー飲みながらテストの丸つけしてる先生もいて、知り合いの点数とかわかっちゃったりね(笑)」
「それを利用して誰かを脅したりするのですね」
「そうそう、貴様の点数を私は知っているぞ~、皆にばらされたくなければサイコロステーキ定食を頼むのだ~!ってやらないから!」
なんてノリのいい人なんだ!
「まぁやることさえやってれば、先生も生徒もそれくらい自由な学校なんだよ~」
「自由かぁ~、あ、そういえばちょっと聞きたいことがありまして」
「なになに?」
「服装のことなんですが、小倉先輩とか生徒会の人とか制服っぽいものを着ていますが…」
「ああ、そのことね。…えとね、服装は自由ってなってるけどさ、毎日私服は考えるのが面倒だとかいう人もいるわけじゃない?」
「うんうん」
「あと、せっかくだから制服着てみたい!とかそういう人もいてさ、ないなら自分たちで作っちゃえってなって裁縫部の人たちが作ったの。購買部と提携してるから、もし興味あればそっちで買えるよー。もちろん着用義務はないから買わなくてもいいけどね~。でも生徒たちが自分で着ることを想定して作っただけあって、リボン一つとっても何パターンか種類があったり、ブレザー、セーラーも結構こだわってるから試着するだけでも楽しいと思うよ~」
「喫茶店部だけでもすごいと思いましたが…それもすごいですね…」
「それで生活してるわけじゃないけど、自分たちのためだからね~、あ、多くはないけどバイト代にもなるんだよ~」
「ええ!?」
「例えばうちの場合だけど、部費をもらってそれに売り上げを加える。そこから材料費や光熱費や水道代を引くじゃない?残った分から消耗品やいざという時のための積み立てを残したら、余った予算は自由に使えるんだよ~。もちろん帳簿はつけなきゃいけないけど。学校側としても変なバイトをするよりはいいんじゃないかな?」
「でもそうなると裏帳簿じゃないですが、ズルしたりする人も出てきそうですね~」
「去年だけでも何件かあったかな。でも生徒会って組織があってね、予算決めたりとか、ちゃんと予算に見合った活動しているかどうか査察してるんだよ」
「生徒会ですかー」
「一応学園長の次にこの学校だと権力があるみたいな感じだから、覚えとくといいよ。あと自治組織って言うのかな、警察じゃないけど悪いことしたりしたら、色々面倒なことになるから」
「や、やだなぁ、悪いことなんて、そんな、私にできるわけが」
「未来ちゃん動揺しすぎだよ(笑)あー、興味があればだけど生徒会に入るって言う選択肢もあるね~」
「う~ん、それよりは何かを作ったりする方が好みかもです」
「そしたら自分で部を作るっていうのもいいかも」
「そんなこともできるんですか?」
「うんうん。基本的にはなんでもありだからね~。でもいきなり予算とかはもらえないから、おっきいことするまでには時間ちょっとかかっちゃうかもだけど。あ、そういえば今年の二月だったかうちのクラスの森野君がクラブ作ったみたいだけど…あれちゃんと活動してるのかな」
「なるほど~。とりあえず絶対これをやる!っていうものはまだないので、仮入部期間に色んな部活を見てみようかと思います!」
「何か見つかるといいね、応援してる」
そう言うと、頭をわしゃわしゃとなでてきて、
「人生を楽しむんだ、若人よ!」
と、格言を残してきた。
「あ、ありがとうございます」
「たまには喫茶店部にも遊びに来てね~」
「はい、そのときは構ってください!」
「お姉さんに任せなさい!」
そんな風にして、学園生活の一日目は過ぎて行った。