感染者A
「くそっ!!!何なんだよ、俺が何したっていうんだよ!!!」
昨日までの平穏な日常は一瞬にして崩れ去った。
朝いつものように起きて顔を洗いトーストを頬張りテレビをつけて出社前のニュースを見る。
入社以来欠かさない平日朝のルーティーン。
ただ普段と違ったのはその薄い四角の箱の中の演者たち。全員「うー、うー」とうなっているだけ。
容姿も人間のそれとはかけ離れている。
確かに人型なのだが皮膚は腐ったようにただれ目も焦点が定まらず骨が見えている。「まるで映画や漫画に出てくるゾンビそのままじゃないか」
今日は六月三日、「エイプリルフールでもハロウィーンでもないんだぞ」思わず口に出してしまった。
どのチャンネルでも同じ状態、夢にしちゃ鮮明すぎる、頬をつねってみたが痛い。これは現実だ。
思わずベランダから身を乗り出すとそこには異常な光景が広がっていた。暴動が起きてるわけでも人々が逃げまどってるわけでもない。ただ普段生活している人間がそっくりそのままさっきまでニュースに登場していた人間型の怪物に置き換わっているのだ。
どんな悪夢だ。外でも同じように「うー、うー」とうなり声が聞こえる。どうしたものかと頭を抱えていると
ピンポーン。
インターホンが鳴った。嫌な予感がする。冷汗が止まらない。恐る恐る確認すると「うー」とうなる怪物がいた。それも一匹じゃあない、何匹もいる。最悪だ。ゴンゴン、ガチャガチャガチャ、「ギャアアアア」雄たけびを上げて部屋に侵入しようとしてくる。ゾンビは知能が低いって相場は決まってるはずだろ。なんで私だけハードモードなんだ、最初から場所がばれてるなんて。
この非現実的な世界を到底受け入れたくはないが夢は一向に覚める気配はないし夢であってもゾンビに食われるなんてまっぴらごめんだ。
玄関があかないよう机とソファーでバリケードを作ると、一目散にベランダから飛び降りた。
ここは三階、植木の上ならけがは免れるはず。
アドレナリンが出ているからか不思議と恐怖は感じない。
ぐ に ゃ っ と した着地とともに足も間接と逆に曲がったが痛くない。走れる。
降りた先にもゾンビはいるが部屋で恐怖におびえるよりましだ。そのまま全力で走り出す。テレビ局もゾンビに牛耳られているような状況だ都心から離れるのが安全だろう。とりあえず安全そうなところまで走ろう。
だがここで違和感に気づいた。ゾンビが雄たけびをあげて逃げていくのだ。
だが考えている暇はない。むしろラッキーだ都合がいい。ただひたすらに走り続ける。
久しぶりに走ったが疲れる気配がない、喉も渇かない。ただ異様に腹が減る。
まるで別の人の体みたいだ。
しばらく走っていると人気のない神社を見つけた。周りにゾンビも見当たらない。相変わらず体は疲れないが少し休憩したい気分だったので休むことにした。
今後どうしようか考えているとパトカーのサイレン音が聞こえた。
助かった!助けを求めなくては。
道に出るとパトカー、それに戦車まで何台も止まっている。安堵し駆け寄ろうとした瞬間、背筋が凍り付いた。
出てきたのは全てゾンビだった。ご丁寧に武装までしている。
ゾンビが車を集団で運転する?ちゃんと武装する?そんな事あるか、何でこの世界のゾンビは知能指数がやたら高いんだよ。
嫌だ死にたくないと思った刹那、パンと乾いた音がして世界が暗転した。
誰かが言った「今回のゾンビ狩り、感染者以外の犠牲者が出なくてよかったな」
誰かが答えた「あの胡散臭い研究者によれば人を襲うことはないらしいがな。まあすでに死人は出てるわけだが。無作為に特定の誰かをゾンビにして観察するなんてイかれてやがるよ上は何考えてんだか。」
「この犠牲者の魂がせめて安らかに眠れることを願うしかないな」