71 了
「使えよ」
キツネ目の刑事が車から降りてきた。
「大胆だな。やると思っていたが」
彼は少年を見たが、少年は彼を見なかった。少年は少女の亡骸を車椅子から車の助手席に乗せた。
「助手席じゃ目立ちすぎるだろう?」
刑事の声は少年に届いていなかった。彼は彼女にシートベルトを装着させ、自身も車に乗り込んだ。
刑事は車を見送ると、きびすを返し病院に入った。
少女の通夜は、有名な寺で行われることになった。メディアの取材や、ファンが大勢押しかけ、盛大なステージが組まれていた。
時間になると、霊柩車が姿を現した。
棺が運び込まれる。
通夜は夜が明けるまで、人の列が途切れなかった。
翌日の葬儀では、彼女の縁の品を棺に入れることになったが、棺を空けた担当者が叫んだ。人が集まってきて、次々に悲鳴を上げた。
中に入っていたのは、ただの人形だった。
「時間は稼げたと思うが」
キツネ目の刑事が言った。その視線の先で、少年が少女の遺体をボートに横たえていた。
「良いのか、食料も水も何もなくて」
刑事の言葉に、少年はうなずくだけだった。
「扉には、連絡しておいた。俺たちが生きている間はもう、壁の内側を開発しようなんてことにはならんだろう」
刑事が言う。少年はボートに乗り込むと、船尾についているモータを確認した。使い方は刑事に教わった。
「このボートは俺の私物なんだ。大事に使ってくれよ」
ボートが発進する。
「達者で暮らせ」
刑事は少年の背中に声をかけた。モータの音で、もう聞こえないだろう。そう思ったが、少年は振り返った。
「ありがとう」
そう言った気がした。
了




