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滅んだ世界より愛を込めて(旧版)  作者: よねり
第二章 本当のディストピア
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 少年は路地を走っていた。荒廃した町の中を走るのには慣れていた。規制線によって、一般人は町から消え失せていた。まるで、あの壁の中のようである。やはり、人などどこにもいなかったのだ、今までのことは夢だったのだと考えてしまう。

 少年は走っていた。行き先はなんとなくわかっていた。

 記憶をなくしたふりをしたのは、最終決戦の場がどこかわかったからだった。他の誰も巻き込みたくなかった。特に少女だけは絶対に。

 前回の邂逅のあと、少年は手紙を受け取っていた。それは、紙に文字を書いたものではない。がれきの中に、血で描かれた絵だった。

 この町の中で、一番大きな工事現場があった。入り口に大きな穴が空いていた。少年はそこに入って行く。魔物の子供からのメッセージは、この入り口の絵だった。

 少年は慎重に辺りを見回した。魔物の姿は無い。だが、やつは必ず自分を追ってくるはずだし、必ずここで決着を付けようとするはずだ。

 パトカーや救急車、消防車がせわしなく走って行く。

 五分・・・・・・十分・・・・・・三十分・・・・・・。

 おかしい。もしかしたら、これは罠なのだろうか。思い立った時、入り口の穴からゆっくり魔物が入ってきた。しかし、やつは一人では無かった。

「どうして・・・・・・卑怯だぞ」

 少年は叫んだ。魔物は少女を担いでニヤリと笑った。魔物は少女を椅子に座らせる。

「おい、どうするつもりだ」

 魔物は彼女の頭をなで回すと、頭頂部に顎を乗せた。

 どうも、やつは少年をおちょくっているらしい。彼は椅子ごと彼女を担ぎ上げると、工事中の建物に入っていった。

 あのときと同じように、鉄骨がむき出しの中、仮設足場を上がって行く。

 少年は魔物の後ろをついて行った。何度も彼女が座っている椅子を壁にぶつけるので、彼女が落ちてしまうのではないかとハラハラした。

 魔物は最上階まで登ると、彼女を床に下ろした。そこから突き飛ばせば、そのまま地面まで真っ逆さまだ。壁がまだ張られていないところも、あのときと同じである。

 魔物が振り返る。黒い顔でニヤリと笑った。不思議なことに、顔はまるで闇夜のように黒いのに、白目と歯だけは真っ白だった。

 瞬きをした瞬間、魔物の姿が消えた。そう思った時にはすでに体が吹き飛んでいた。

 魔物がどれだけの腕力を持っていて、どれだけ素早く動くのか知っているつもりでいた。しかし、実際相対してみると想像を遙かに超えていた。考えるより前に衝撃を受けていた。腹に衝撃を受けたと認識した気には、背中を壁にぶつけていた。

 少年は床にたたきつけられ、その場に嘔吐した。内臓がゼリーみたいにぐちゃぐちゃになった気がした。嘔吐物の中に胃袋や心臓がないか探した。

 歪んだ視界の先で、魔物が笑いながら少年を見下ろしていた。再びの嘔吐。

 少年は防弾ベストを着ていた。魔物との戦いを想定して、これを着てみたとき、キツネ目の刑事に銃で撃たれた。彼は冗談だと言って笑っていたが、少年はそのとき激怒した。しかし、食らっておいて良かった。そのときよりも衝撃が強かったが、耐えることが出来た。恐らく肋骨の何本か折れているだろう。

 少年が立ち上がったことが、不愉快だったのだろう。魔物は少年に向かって歩いてきた。完全に弱った獲物を仕留める捕食者の余裕だった。自然の動物には無い行動だ。やはり、彼も元は人間だと言うことだろう。

 自分の吐いた物の中に手を突きながら、少年はトレーニングの日々を思い出していた。毎日のように、キツネ目の刑事にいたぶられていた。色々な武器があることも知った。人類は凄いと思った。

 充分に魔物が近付いてきた。彼の落とした影が、少年の視界を暗くした。

 魔物が少年の髪の毛を掴んで上を向かせる。

 そのとき、少年は隠し持っていたナイフを魔物に突き刺した。

 魔物は驚いた様子で、自分の体に刺さったナイフを見下ろした。それは不安定な体勢からだったので、刺さり方が浅かった。少年の髪の毛を掴んだ手は緩まない。

 このナイフには麻酔薬が塗ってあった。体内に少しでも入れば、大型の動物でも呼吸困難になるほどである。少年はそれが魔物の体内に入ったとき、勝利を確信した。しかし、魔物はまるで何事も無かったかのように、少年を振り回すと、壁に投げつけた。

 魔物は脇腹に刺さったナイフを抜く。赤い血が流れた。少年はそれを見て、魔物の血も赤いのだ、ということを思い出した。

 魔物はナイフを抜くと、遠くへ投げ捨てた。麻酔薬は効いていないようだった。

 ナイフは少年の奥の手だった。随分訓練はしたが、結局のところ毒物を使うのが一番良いと言うことを、人類の歴史から学んだ。有史以来、人類は毒と戦っているのだと言うことを少年は学んだ。戦争で使用された毒は、未だにその子孫をむしばんでいるし、テロ組織は毒で大量殺戮をする。少年が育った壁の内側だってそうだ。銃器を利用したところで、魔物に当たらなければ意味が無い。それなら、ナイフに毒を仕込んでおくのが一番だと考えたが、それは残念ながら不正解だったようだ。あれだけの兵士が殺されたのだ。こんなただの子供が魔物と戦うなんて事は、どだい無理な話だったのだ。

 それでも、少年はやらねばならなかった。刑事との約束のために。それは、この一件が終わったら少女と二人で静かに暮らしたいということだった。名前を変え、誰も知らない場所で、二人で人生を始めたかった。少女をあの養母から救いたかった。だから、絶対に負けられなかった。

 少年は何度も魔物に殴りつけられては意識が飛んだ。もう、痛みも感じなくなると、楽しかった小さい頃の思い出が脳裏を駆け巡った。図書館の本で読んだことがある。これは走馬灯と呼ばれる物だ。

「お前が諦めちまったら、ここが冒険の終着点だぜ」

 がれきの上におじさんが座っている。どうして助けてくれないんだ、と恨めしい気持ちで見上げたが、おじさんはいつものように楽しそうに笑っているだけだった。

 魔物は殴り飽きたのか、少年の腕を掴むとロープの張られた部屋の端まで歩いて行った。壁が無いため、空が見える。青く澄んだ空だった。壁の外も内も、同じ空なのだと言うことを、少年は初めて気付いた。

 もう体に力が入らなかった。地面を引きずられて体が痛んでも、それにあらがう力は残っていなかった。

 魔物が少年を引きずる。あの大男の敵討ちのために、同じ殺し方をするのだろうなと少年は思った。それが彼の復讐なのだ。

 因果応報だ。すべての因果は巡り巡って帰ってくるのだ。運命に抗いきれなかったのだ。

 少年は目をつぶった。自分の出来ることはすべてやり尽くした。心残りは、少女を助けることが出来なかったことだ。

 ハッと少年は目を開いた。少女の姿が無かった。次の瞬間、引きずられるのが止まった。

 少女の歌声が聞こえた。魔物が動きを止めた、今ならーー。

 歌が止まるのと同時に、魔物のうめき声が聞こえた。先程魔物が放り投げたナイフを、少女が魔物に突き立てていた。

「その手を離して!」

 魔物も少年も、少女の存在を忘れていた。それ故の成功だったのだろう。魔物の力が緩み、少年は解放された。たまたまだろう、少女が突き刺した場所は先程少年がナイフを突き刺した場所と同じところだった。そのため、今度は深くナイフが刺さることになった。

 魔物の手から少年は解放され、少女に駆け寄ろうとした時、魔物が少女を思いきり殴りつけた。

 少女の体は吹き飛び、壁に頭をぶつけた。

 嫌な音がした。

 少女の頭蓋が変形するのを、少年は見た。

 大量の血が噴き出し、少女の顔を赤く染めた。

 少年は叫んだ。少女に駆け寄る。血がこれ以上噴き出さないように抑えるが、それでも血が止まることは無かった。

 何度呼びかけてみても、少女は目を覚まさなかった。あんなに愛らしかった彼女の顔は、今や変形し赤く染まって、まるでザクロのようだった。

 少年は少女をきつく抱きしめる。いつの間にか、血は噴き出すのをやめていた。よかった、彼女は助かったのだと少年は思った。そのときすでに少女の心臓は鼓動を止めていた。

 振り返ると、魔物が倒れていた。今になって、麻酔薬が効いてきたのだろう。もっと早く効いてくれていれば、彼女を失うことは無かったはずなのに。

 少年は怒りを込めて、魔物を外へ落とした。グチャ、という重たい音が聞こえた。

 どれくらいそうしていただろう。少年は少女の亡骸を抱いたまま、そこに座っていた。最後に記憶しているのは、キツネ目の刑事がやってきたところだった。

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