62
少年と同じ程度の警護が少女にも付いた。表向きにはファン対策であった。一部ではやり過ぎと言われていたが、そんなことは無かった。それを知っているのは少年たち一部の存在だけであった。
少女はどこへ行くにも彼らとともにしなければならないことを窮屈に思っていた。あの魔物を前にしたら、たとえ屈強な精鋭たちが何人も周りを固めているとは言え、効果は無いように思えた。
警護の男たちは、魔物のことをわかっていなかった。相手は子供と聞いて「嘘だろう?」と笑った。とはいえ、彼らのマークはさすがプロと言わざるをえなかった。何度も少女は彼らを巻こうと思ったが、出来なかった。加えて、過激なファンを退くことにかけて、彼らは非常に優秀だった。それ故に、ストレスがたまった。
少女が番組の出番待ちで楽屋にいるとき、連日のテレビ出演でうとうとしていた。少年に会いたいなと考えていたせいか、顔を上げて鏡に少年の姿が写っていたとき、驚きすぎて椅子から転げ落ちてしまった。
「ど、どうして」
少女が驚いて尋ねたが、少年はにこやかに笑って手を差し伸べた。少女がその手をとると、強い力で彼は彼女を引いた。彼の手の感触は堅く、青年のようだった。
「どこへ行くの?」
楽屋から出ると、不思議と警護がいなくなっていた。
「大丈夫、抜け出したいときはこうするんだ」
少年は少女の手を引いて突然走り出した。人をかき分け、廊下を走った。そして、ゴミ捨てのダストシュートに潜り込んだ。
「やだ、こわい」
少女が必死に抵抗するも、少年に引っ張られ、狭いダクトの中を滑り落ちていった。その先はゴミの集積場で、嫌な臭いがした。
「こんなんでもマシだろう?」
少年が振り返って笑った。あの頃と少しも変わらない笑顔に、少女はホッとした。
「どこへいくの?」
「冒険さ」
少年がウインクする。
まるで夢のような時間だった。建物を出ると、彼らは電車に飛び乗った。窓から見える都会の景色は、一時間もすると田舎の景色に変わった。まるで壁の内側にいたときのように、二人は会話をすることが出来た。魔物の脅威など、元から無かったように思える。
電車を降りると、二人は切符をもぎりに渡し、ボロボロの駅舎を出た。そこがどこなのかわからなかったが、まるで壁の内側のように自然が残る土地だった。
少年は迷いの無い足取りで、登山口へと進んでいった。少年の運転する車で走った山道を思い出した。
山を登り切ると、広場に出た。崖から見下ろすと眼下には森が広がり、遠くには町が見えた。
「あそこに似ているだろう? 僕のお気に入りの場所なんだ」
外は次第に陽が落ちて、もう一時間もしないうちに夜が帳を下ろすだろう。少年は服が汚れることなど少しも気にする風はなく、芝生の上に寝転んだ。
「君もおいでよ」
少年が自分の隣を示す。少女は少し照れたように、そこに座った。
「太陽が沈んで行くよ」
少年が言う。太陽はまるで少女の頬のように赤く燃えながら、地平線へと姿を消していった。茜と藍のグラデーションが広がり、水彩画のような空へ吸い込まれるような気がした。
「ねえ、ご覧よ」
少年が空を指さす。少女は空を見上げた。
「たった壁一枚隔てただけなのに、空は繋がっているはずなのに、ここには星が無い。僕はあの綺麗だった星をもう一度みたい」
少女は少年の横に寝転がる。
「そんなことないわ。見て、星が見えるわ」
少女がオリオン座を指さす。
「本当だ」
少年が呟くように言った。
「そうか、僕が見ようとしないだけで、星はいつだってそこにあるんだね」
少年が少女の手を握る。少女が弱々しく握り返した。
二人の体温が、混ざり合って熱かった。




