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警察の包囲網をかいくぐって、魔物は消えた。それがどれくらい凄いのか、少女にはわからないが、事態は思っているより深刻であるらしいということはわかった。
今回、何故少女が狙われたのかわからなかった。人気芸能人の彼女のスケジュールは、ファンでさえ把握していないはずである。偶然と言うこともあり得るが、それにしては出来すぎていた。
刑事が少女を呼びつけて再び当時の状況を尋ねた。少女は落ち着いて答えることは出来たが、有益な情報は一つも出せなかった。
「どうして君を狙ったのか、俺には全くわからない。狙うなら彼だろう。君も恨まれてるっていうのか」
「たまたまあそこにいただけかも知れませんよ」
少女は答える。
「そんなはずないだろう!」
刑事は机に拳を叩き付けた。目が血走り、顔には脂が浮かんでいた。恐らくもう何日も家に帰っておらず、風呂にも入れていないのだろう。自慢の髪の毛も、ぐちゃぐちゃになっていた。
「大きな声を出さないでください。彼女が怖がりますから」
少年が言う。
「お前たちグルなんじゃ無いのか。この国を潰すつもりなのだろう」
刑事が振り返って少年を睨み付ける。少年の髪の毛を掴み、壁に押しつけた。
「正直に言ってみろ。あの化け物と、お前たちはグルなんだろう。え? どうなんだ」
「苦しい」
刑事に襟首を捕まれて、少年はうめいた。
「やめて」
少女が叫んで刑事につかみかかった。しかし、少女の力では刑事はびくともしなかった。線は細いのに筋肉質であるようだ。腐っても刑事であると言うことか。
少年の拳が、刑事の脇腹に入った。今度は刑事がうめく番だった。がら空きの脇腹に拳が刺さったのだ。肝臓にダメージが入っただろう。
少年もまた、均質のとれた美しい肉体になっていた。一年前と比べ、身長も伸びて筋肉質な腕が半袖から見えていた。
少年が咳き込む。
「勘違いしないでください。僕はあなたの部下でも奴隷でも無いんです。僕達を傷つけることは許さない」
跪いた刑事を見下ろす少年の目は冷たかった。
刑事は床を殴る。
「くそ。この私が出し抜かれるなんて」
こめかみに青筋が浮く。口の端から泡を吹き、食いしばったはから唾液がこぼれた。相当悔しいのだろう。
「当面は君の周りに警護を付ける。せいぜい生きて我々のために囮となりたまえ」
吐き捨てるように彼は言った。