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「今日は町へ行こう」
ある日の朝食の食卓で、祖父が言った。
「ガソリンもそろそろ少なくなってきたし、食い物も必要だ」
車に乗ると、祖父がエンジンをかける。僕は車が怖かった。独特の臭いも苦手だし、なによりどうしてこんな鉄の塊が高速で走るのか、皆目見当がつかなかった。
「お前は怖がりだな」
緊張した顔の僕に、祖父が笑って言った。前を向いたまま、祖父は僕の頭に手を乗せた。そうしてもらっている間は、安心できた。
「まだまだ子供だな」
祖父が言う。
「おじさんには言わないで」
僕は頬を膨らませた。
秋の風が、開け放した窓から入ってきた。遠くから鳥の歌声が聞こえた。少し見ないうちに、深い緑色だった木々が、くすんだ色に変化していた。もうすぐ黄色くなったり赤くなったりするのだろう。祖父もおじさんも、それを見ながら酒を飲むのが好きだった。酒だけは、町にたくさんあった。このあたりは、有名な酒所だったようだ。酒は随分昔に作られた物らしいが、酒というのは古ければ古いほど、美味しくなる物らしい。子供の僕にはわからない。以前、一度だけ飲ませてもらったことがあったが、ただの泥水と変わらないと思った。臭くないだけ泥水の方が上等だ。
車のスピーカから、ノイズが流れる。それは世界滅亡以前には、ラジオという機能だったらしいが、こんなただの雑音を、みなありがたがって聞いていたのだろうか。聞いているうちに頭が痛くなってくる。
町は車で一時間ほど走ったところにあった。人が住まなくなってから随分経っているのだろう。建物の形を成していない建物が少なくない。図書館と病院は、完全な形が残っている数少ない建物だった。
町は植物が少なくて、色が失われた世界のように感じた。
町の入り口から遠く、鳥の巣が見える。あの巨鳥の巣だった。この町で最も背の高いビルのてっぺんに鎮座し、町を見下ろしていた。
壁の壊れた建物の中には、動物が巣を作っていることが多く、迂闊に足を踏み込むと動物の逆鱗に触れた。だから、町の中を移動するときは車の中から出ない。人間の足では、動物には敵わないからだ。
ケルベロスと出会ったのも、この町だった。