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久し振りの休日に、少女は何がしたいか問われ「遊園地に行きたい」と答えた。少女はジェットコースタが好きだった。モヤモヤした気持ちを、吹き飛ばしたかった。
少年のことは心配だったが、彼の周辺はいつも屈強な護衛が付いているし、あの刑事もいつも一緒にいるようだ。少女が心配する必要は無いのだろう。半ばすねたような気持ちで、彼から距離を置いていた。
それにしてもーーあの魔物は何が目的なのだろう。本当に少年に対する復讐だろうか。そして最も不思議なのは、どうやってここまでやってきたのだろう。それに、手引きをしている人間がいるという。わからないことだらけだ。
「ジェットコースタ何回目?」
一緒に回っているマネージャが息を切らせる。考え事をしていたせいか、同じジェットコースタに何度も乗っていたらしい。やはり、これに乗ると考えが捗る。
マネージャが限界と言いたそうな顔をしていたので、休憩することにした。飲み物を買って丸いテーブルに肘を突く。テーブルは猫足になっており、バラの模様が描かれていた。以前は真っ白で、綺麗な椅子とテーブルのセットだったのだろう。ここに、白いワンピースを着た少女が座り、カボチャパンツを履いた素敵な王子様とデートを楽しんだに違いない。しかし、今となっては見る影も無く塗装は剥げ、テーブルはざらついている。少女は椅子とテーブルにハンカチを一枚ずつ敷いていた。
見上げると、休憩所の前にメリーゴーラウンドが回っていた。七色の馬が上下しながら回っている。時折、カボチャの馬車が回ってくるところが気に入っていた。
「あれ・・・・・・」
少女は息を呑んだ。メリーゴーラウンドに、カボチャのかぶり物をした子供が乗っていた。その姿があの魔物の子供に似ていた。掘られた口元が不気味な笑みを浮かべ、少女をじっと見ている様に思えた。
少女は思わず立ち上がって、その拍子にテーブルにぶつかったので飲み物をこぼしてしまった。マネージャが慌てて少女の服にハンドタオルを当てた。
「どうしたのいきなり」
少女を見上げたマネージャの表情が固まった。少女は蒼白な顔で、震える指をメリーゴーラウンドに向けていた。
「どうしたの、大丈夫?」
マネージャが彼女を抱きしめた。被っていた帽子が落ちる。彼女の顔を見た通行人が、彼女の名を呼んだ。野次馬が次々と集まってきて、メリーゴーラウンドが見えなくなってしまった。
「行きましょう」
マネージャが彼女の肩を抱いて、その場から離れる。少女はおぼつかない足取りで、マネージャに引きずられるようにその場を離れた。カメラのシャッター音だけがやけに耳障りだった。
とりあえず、野次馬を巻くために観覧車に乗り込んだ。少女の足はまだ震えていた。
「大丈夫よ。何があったの?」
「あれが・・・・・・」
「あれ?」
「あれがいた・・・・・・」
少女が自身の肩を抱く。震えが止まらない。たった一度恐い目に合っただけで、やつの姿を見ただけでこんなになってしまうのに、少年は一体どういう気持ちで生きてきたのだろう。恐ろしい魔物や動物と戦いながら生きてきた少年のことを思うと、自然と涙が出た。
「ほら、みて。良い景色よ」
マネージャが外を指さした。少女はその指先を追って、真っ青な空を見た。
「深呼吸だよ」
背中をさすってもらって、ようやく呼吸の仕方を思い出したように深く息を吸い込んだ。
その瞬間。観覧車が大きく揺れた。回転が止まる。
「お客様にご連絡申し上げます。ただいま、強い揺れを感知致しました。安全が確認できるまで、そのままでお待ちください」
スピーカから、抑揚の無い声で案内音声が流れる。少女にはそれが、まるで地獄からの呼び声に聞こえた。
再び揺れ。
各かごから悲鳴が上がる。見下ろした先の地上でもざわついてる。ただ、地上の群衆の視線に違和感があった。他のかごの陰になって見えない。
瞬間、魔物の子供に羽交い締めにされたときのことを思い出した。子供とは思えない力の強さーーいや、まさか。少女は頭を振る。いくら力があるからと言って、あんな小さな子供が観覧車を揺らすことなどーー。
再び揺れた。
少女は叫んだ。マネージャが耳を塞ぎ顔をゆがめる。少女は完全に我を忘れていた。叫びが止まらない。喉が焼けるようにいたいが、声がかすれても、叫び声を上げることがやめられなかった。
「大丈夫、大丈夫だよ」
マネージャが少女を抱きしめる。必死に声をかけるが、少女は何度咳き込んでも、声が枯れても叫び続けた。