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「もうご協力いただけないかと思っていましたよ」
刑事は面白そうに口元をゆがめた。誘拐事件に関する対策室を大部屋に構えていた。その一番前に、偉そうに座っているのが狐目の刑事だ。
「協力しに来たわけじゃありません。彼を返して」
少女は少年を指さした。
「はて、彼は自ら進んで協力してくれているのであって、そもそもあなたのものでも無いのに返せというのは、いささか乱暴なのでは?」
少女は助けを求めるように少年を見た。少年は困った顔で、少女を見返していた。これではまるで、自分がお節介に来たみたいだ。
少女は顔を紅潮させてまくし立てた。
「大人はいつだって、そうやって子供を利用しようとする」
そう言って大粒の涙をなみなみと湛えている彼女を、少年がそっと抱き寄せた。
「刑事さん、僕は協力するとは言いましたが、この子を悲しませるようなら手を引きます」
刑事は露骨にイライラした様子で、彼らを睨み付けた。
「どういうつもりだ。約束を忘れたわけでは無いだろうな?」
「約束?」
少女は少年の顔を見るが、彼は何も答えない。
「彼女が悲しむのなら、あなたの助けなんて必要ない」
「果たしてそうかな。君みたいな子供が、そんな立派な偽善を垂れるなんて生意気にもほどがある・・・・・・でもまあ、今回は私が折れてあげようじゃあないか」
刑事が部屋から出て行く。
「君も帰った方が良い」
少年が少女に言った。
「どうして。私はあなたのために・・・・・・」
「良いんだ。これは僕が片付けなくちゃあいけないんだ」
少年の視線の先には、ホワイトボードがあった。一見、他の捜査資料と同じように見えたが、少女には目が離せない部分があった。
「あれって・・・・・・」
少女が指を差すと少年が頷いた。
「そう、あれは僕の罪なんだ」
少女が指さした先の写真には、あの魔物の子供が写っていた。鮮明にではない。しかし、少女にはわかる。あの空気は人間の発するものでは無い。
少女は震えた。少年が再びしっかりと抱きしめる。たった一年で、彼の肉体はたくましく成長していた。よく見ると、手が骨張ってゴツゴツしており、指が細長くなっていた。
「大丈夫。僕が必ず解決してみせる」
そのときの少年の表情に、少女は頼もしさよりも、何か恐ろしさのようなものを感じた。