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息苦しさを覚えて目覚める時がある。そんなときは、この本を見る。
少し大きめな図鑑だ。手作りのその図鑑には、様々な生き物が書かれていた。巨大ザリガニや、首が二本ある狼、巨大な鳥や魔物が描かれている。こんなもの、他の人が見たらファンタジーだと思うだろう。しかし、少女は知っている。それらが実在する生き物だと言うことを。
この図鑑を開くだけで、過呼吸気味だった呼吸が収まる。スッと心の中に温かさが広がって行く。
この気持ちは何だろう、と少女は考える。彼のことを考えるだけで、胸が温かくなる。かと思えば、彼のことを思うとむしゃくしゃする。今まで、生きることだけ考えてきた彼女には、その気持ちの正体を知る術はなかった。
まるで抱き枕のように、図鑑を抱きしめる。夢の中でなら少年に会うことができた。
帰ってきて以来、目が覚めると見える天井に、違和感を覚えていた。もちろん、埃一つ落ちていない、綺麗な部屋だ。家出前となんら変わらない。しかし、少女にとって目が覚めたときの光景とは、ボロボロの家か、車の中か、青い空だった。
目が覚めて少しすると、目覚まし時計がけたたましく空間を震わせた。
ダイニングテーブルに座るだけで用意される素敵な柄の皿で飲むスープも、香ばしいチキンも味がなかった。少女はスープを一口飲んだあと、泣き出した。あんなに嫌だった、トカゲの姿焼きが恋しい。生臭い缶詰のスープが恋しい。
家の中は、会話が無かった。少年の声が懐かしい。思い出すのは、いつも少年との思い出ばかり。ほんの少しの間だったのに、それが彼女の人生のすべてよりも尊かった。
「いつまでめそめそしているの。ご飯が終わったならさっさと練習なさい」
冷たく養母が言う。彼女は慌てて立ち上がると、ピアノへ向かった。




