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少年は帰還当初、人がこんなにたくさんいることに怯えた。救助されたとき、彼は疲弊していたためか、多くの人に囲まれて嘔吐した。
清潔なシーツの寝台で目を覚ました少年は、まるでSFの世界に迷い込んでしまった様な気分だった。あの地域から抜け出すことは思ったよりも困難だったと取材に答えた。何日も海を漂流し、ボートに乗せた食料や水が減って行くことに神経を磨り減らした。壁は海の上まであり、本当にあの地域をぐるりと囲んでいた。
地域の外と内を繋ぐ道は壁沿いに進んでいるうちに見つかった。そこで外と交信できるようになっていた。
少年が海さんと呼んでいた男は、彼女の言う通り調査員だった。その存在が公になることはなかった。彼の存在については、口外しないように少年は言われていた。
病院で目を覚ましたあとは、様々な検査をした。その結果、彼は同年代の子供に比べて著しく体重は少ないが、普通以上の健康体であると証明された。
初めて病院の窓から外を見たとき、彼はアッと声を上げた。最初、歩いているのが人間だとは思わなかった、と言った。こんなにたくさんの人がいる、と目を輝かせた。初めて、子供らしい表情を見せた。
彼は病院内の売店で、食べ物を手に取り店を出ようとしたところ、店員に捕まった。彼はお金を払って商品を購入する、ということが理解できなかった。いつも廃墟の店にある棚から、好きなものを家に持って帰れたからだ。お金のことなど、誰からも教わらなかった。なぜなら、必要が無かったからだ。加えて、彼の育ての親であるホームレスたちは、お金を憎んでいた。意図的に彼に教えなかったのだ。
そのほか、少年は多くの常識と呼ばれるものを知らなかった。それらを憶えるまで、彼は外へは行かせてもらえなかった。
やがて少年は、最初の快活さを失っていった。
少年は一躍時の人となったが、より国民から愛された理由は、少年が自身の出生を知りたがったことだ。つまり、親が生きているのならば会いたいと発信したのだ。
やはり、有名人であるため、自分が親だと名乗り出る人間は少なくなかった。その中で、偽物を見分ける根拠を少年は持っていた。祖父の日記である。そのときの状況と、日記に書かれた名前とで判断していた。そう、少年は名字を持っていたし、日記の中に少年の名前らしくものも書かれていた。死ぬまで祖父はそれを少年に話さなかったが。
その情報を持っている夫婦は、最後まで現れなかった。少年の親探しは一向に進まず、祖父の日記を元にした危険地帯を再開発しようという運動の中に、埋もれていった。
 




