51 本当のディストピア
その少年の『帰還』は爆発的な話題になった。何しろ、大昔に誘拐されたとされていた子供が十三年も経って姿を現し、あろうことか『危険地帯』からの生還者でもあるのだ。さらに失踪した国民的歌姫を携えて、とあればお祭り騒ぎに火がつくのも当然と言ったところだ。
少年は連日連夜取材に追われた。テレビ局では、カメラが怪物に見えたと言って皆を驚かせた。少年が最も興味を示したのは、ラジオの取材だった。彼はラジオ局に転がっていた、古いポータブルラジオを気に入り、嬉しそうにそれを持ち歩いていた。時折、ラジオを聞いては愛おしそうになでいてた。
「人の声が聞こえるんです」
ラジオが好きな理由を問われ、彼はこう答えた。その答えは、世界中の人を涙させた。
彼が好意的に受け入れられる一方で、そうでないものも少なくなかった。彼がこちら側に入ってきたことで、あの病気が流行するのではないかと危惧したものたちだ。カストリ雑誌はこぞって彼を取り上げ、下品な記事を書き立てた。いつの間にか、彼には護衛がつくようになった。
少年とともに危険地帯から帰還した歌姫は、少年の様子をいつも気にしていた。再び芸能界に復帰した歌姫は、少年のでている雑誌や番組をすべて蒐集していた。会いたいと言えば会えたはずだが、あえて彼女はそうしなかった。彼がつらいことを思い出してしまうと思ったからだった。
少年もまた、歌姫の曲をラジオで聞くことが密かな楽しみだった。