43
驚いたことに、本気で冒険の旅に出ようと思ったら、なんとこの世界は狭いことかと言うことを思い知らされた。
僕は今まで、この十三年間世界は広いと思って生きてきた。祖父にはここから向こうへ行ってはいけないなどと言われて、生活範囲を無意識に狭めていた。それが、いざすべてを調べようとしたら、すぐに壁にぶち当たることになった。比喩ではなく、物理的な壁である。
壁は僕達の世界をぐるりと囲んでいて、どうやって立てたのかわからないくらい高くそびえている。あの向う側には何があるのだろうか。彼女はそれを知っているようだが、決して僕に言おうとしなかった。少なくとも、あの向こうが何もないというわけではなかったようだ。
ひょっとしたら、人が大勢住んでいて、こんなところに僕がいるなんて誰も知らずに生きているのかも知れない。漫画の中の世界のように、空飛ぶ車があったり、宇宙人がやってきて巨大ロボットと戦っているのかも知れない。それとも、竹槍を持って飛行機と戦い、核爆弾で戦争しているのかもしれない。
どれもこれも、本で読んだありきたりなストーリだ。世界が滅びる前に本当にあったことなのか、フィクションなのか僕には判断がつかなかった。
僕はコンクリートの壁に手をついて、上を見上げた。空は青く美しいのに、壁は灰色で重苦しく僕の自由を拘束する。
彼女は車の中にいた。旅の途中で、軽トラからミニバンに車を変えた。丁度ガソリンが尽きかけていたところに止まっていたからだ。
「外の空気が吸いたいわ。ここは嫌な臭いがする」
車の独特の臭いと排気ガスのせいだろう。僕はエンジンを止めて、彼女の手を引いた。周りにはなにもない。花の一輪さえない。壁の外から悪意が流れ込んできてすべての生命力を奪っているような、そんな気がした。
遠くに羊の群れが見えた。後部座席から図鑑を取り上げてみると、羊の種類がいくつか載っていた。
羊の角が凜々しくて好きだった。羊毛がもこもこして可愛いのに、筋骨隆々でたまに二足歩行する。その姿がまるで悪魔のようでファンタジックだった。その中でも、一頭だけ色が黒くてひときわ体の大きい個体がいた。彼はこちらをじっと見ていた。まるで縄張りから出て行けと言っているようだ。
「言われなくても出ていくさ」
僕は呟く。彼女が首をかしげた。その仕草が可愛らしくて好きだった。
壁に沿って走って行くと、ため池のような場所に出た。その先の畑に水を引くための池があった。水門のようなものがあり、水が引けるようになっている。池の水は水面に藻が群生しており悪臭を放っている。そんな水を農業用に使うだろうか。世界が滅ぶ前は綺麗だったのかも知れない。
その池の横に小さな工場が建っている。一見して何を作っているのかわからない、灰色の箱のような工場だった。ただ、外にタンクや無数の配管が走っているところを見ると、何かの製造工場だろう。魔物の死体を思い出す。急に胃液がこみ上げてきた。
「どうしたの」
たまらず嘔吐した僕の方に向かって、彼女は心配そうな声を出した。
「なんでもないよ」
食道がチリチリ痛んだ。工場の配管の向こうから、魔物がのぞいているような気がして、僕は足早にそこを立ち去った。