40
先程までの好天候とは打って変わって、雨が降り始めた。僕達は慌てて車の中に避難した。以前、祖父が雨に当たると死ぬと言っていた。人類が滅びた原因の一つでもあるらしい。雨の中に毒が溶けているのだと言っていた。だから、出来るだけ雨に当たらないようにしていた。
雨に濡れた窓に映った僕の顔は、がっかりしているように見えた。一体何にがっかりしているのかわからない。その向こうには、雨に打たれる町並み。まるで今、終末が訪れたようだ。本当の終末は、僕が生まれる前に訪れていたようだが。
終末のイメージは、本の挿絵で見たものだった。外国の児童文学だった。少女とロボットしかいない世界の話だったが、どんな話だったかは忘れてしまった。この世界には、残念ながらロボットはいないが、魔物は存在する。剣と魔法はないが、トラックと歌がある。
彼女が小さく咳をした。可愛らしい咳だった。
「大丈夫?」
声をかけるが、彼女はこちらを向いてくれなかった。
車をUターンさせると、僕は少し下って山を下りる道へ進んだ。雨はだんだんひどくなって、まるで滝の中にいるみたいだった。途中、道路の脇の退避スペースに車を止めた。うまい具合に木が屋根みたいになっていた。彼女は助手席で寝息を立てていた。涙の跡が残っていた。
車を止めると、そこにおじさんがボロボロの傘を持って立っていた。おじさんはずっとあの傘を使っている。お店にはたくさんの傘が置いてあるのだから、それをに取り替えたら良いのに、と僕はいつも思う。
「こんなところまで冒険?」
車を降りると、おじさんは僕に向かって控えめに手を挙げた。
「世界中すべてが、冒険場所だ」
おじさんは黄色い歯をむき出しにして、ニカッと笑った。
「良い仲間が出来たじゃねえか」
顎で彼女の方を示す。
「やっぱり旅には色気が必要だな。小便くせえが」
「そうかな。一人の方がよっぽど気楽だけど」
「強がるなよ。そう言っていられるのは今だけだぜ」
おじさんは歯をむき出して笑う。まるでオオカミのような顔だ。
雨が弱まってきた。遠くの方では雲の切れ間から陽が差している。天使のはしごだ。まるで薄いビロォドのカーテンのように、光が差している。
足下で、パキ、と小枝が折れる音がした。
「ねえ」
助手席の彼女が目を覚ましたようだ。
「目を覚ました? 雨が上がってきたよ。遠くに虹が見える」
天使のはしごとは別に、まだ雨が続いている場所に虹が見えた。あの根元はどうなっているのだろうか。子供の頃、何度も虹の根本を追いかけたが、ついぞたどり着けたことは無かった。絵本では、虹の根元には宝物が隠してあると書いてあったが、何が埋まっているのか今でも夢想する。
車に乗り込むと、ほとんど雨は止んでいた。
「誰かいたの?」
彼女が尋ねた。見ると、おじさんは傘を差したまま、口元に人差し指を当てていた。
「いや、独り言だよ」
僕はエンジンをかけた。