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町を出ると山に向かった。山は標高が高くなるに従って、倒木や木の枝が多く散らばっていて走りにくかった。こんなところでタイヤがパンクしてしまったら立ち往生してしまう。
町を出てから、彼女は一言も話さなかった。何か考えているみたいに難しそうな顔をしたと思ったら、次に見たときは目を閉じて、まるで眠っているみたいだった。
軽トラのエンジンが唸りを上げて山道を登って行く。途中、一度だけ分岐があった。登る方向と下る方向だったので、登る方向へ行った。特に意味は無かったが、なんとなく上に登りたかった。
登っている途中に、眼下を見下ろすと海が見えた。海沿いには町があって、波止場が見えた。そのずっと先には、壁がそびえ立っている。一体何メートルくらいあるのだろうか。この山を登ってみても、その先は見えない。あの壁の向こうには何も無いと祖父は言っていた。何も無いと言うことは、夜の闇のように何も無い空間が広がっていると言うことだろうか。図書館で見た『宇宙』の様なものだろうか。それとも、荒野が広がっているのだろうか。
しばらく登ると車止めがあり、行き止まりになった。この山の山頂らしい。僕は車を降り、彼女を連れて少し歩いた。その先に展望台があって、町並みがよく見えた。水面がキラキラ光り、空と海との境が溶けて合わさっていた。
「海の匂いがする」
彼女の髪の毛が風にさらわれる。その姿は美しく、人と一緒にいると言うことが、これほどまでに心強く感じるということを初めて知った。祖父と一緒にいるときとは違った幸福感である。胸が締め付けられるような、そんな気持ちがした。
「好きな場所なんだ」
言うと、彼女はふうん、とだけ答えた。
「あの歌を聴かせてよ」
「あの歌?」
言ってから思い当たったようで、彼女は嫌そうな顔をした。
「人に聞かせるようなものじゃないわ」
彼女は素っ気なく言った。
「少しくらい、良いじゃないか。けち」
僕の言葉に、彼女はとても頭にきたようで、鬼の形相でこちらへ手を伸ばしてきた。まるで餌を捕獲しようとして滑空してきた鳥のように、彼女の腕が伸びる。思ったより僕が離れたところにいたようで、よろけてしまった。慌てて抱き留める。その僕の襟元を掴んで、彼女は僕を睨み付けた。
「どんな気持ちで歌っているかも知らないくせに!」
叫ぶと、彼女は泣き出した。火がついたように猛烈な叫び声を上げた。訳がわからず、最初は怒っているのかと思った。そのうち、彼女が顔を押しつけたところが濡れていることに気づいて、どうも彼女は泣いているらしいとわかった。僕はどうして良いのかわからなくなってしまって、ただただ彼女を抱きしめることしか出来なかった。




