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目を覚ますと、もう太陽がてっぺんに昇っていた。頭をかきながら寝過ぎたな、と呟く。あくびをしている最中に、僕は「あっ」と大声を出してしまった。
慌ててリビングに飛び込む。彼女がソファの上で、まるでぬいぐるみみたいに座っていた。僕はホッと吐息をついて、彼女の隣に座った。その途端、彼女は怯えたように僕とは反対側の端に逃げた。
「おはよう」
僕が言うが、彼女は答えなかった。
何か嫌われることでもしただろうか。彼女を見つめていると、彼女のお腹が鳴った。
「ご飯を作るね」
僕は戸棚に入れてあった缶詰を開いた。庭から野菜をとってきて、サラダを作った。
彼女は小さい鼻をヒクヒクさせた。スプーンを持たせたが、彼女は固まったまま動かなかった。
「お腹が空いているんだろう? お上がりよ」
言うが、彼女は微動だにしない。僕は彼女に構わず缶詰にスプーンを突っ込んだ。煮豆だった。この缶詰を、僕は一度もおいしいと思ったことが無いが、たくさん残っていたので食べている。きっと人気が無かったのだろう。町へ行くと、この缶詰ばかり残っている。祖父もこれを食べるのを嫌がっていた。
彼女のお腹が鳴った。僕は少しだけ彼女に腹を立てていた。ずっと無視をされていることに対してだ。初めて女の子と話が出来ると思って期待していたのに、彼女は僕のことを嫌っているようだった。
「お腹が空いているなら意地を張っていないで食べなよ」
言うと、彼女は泣いてしまった。
またか、と僕は思った。
「どうして泣いてるのかいってくれないとわからないよ」
溜息をついた。それが、彼女をより激しく泣かせてしまった。
僕は彼女の耳障りなすすり泣く声にイライラしながら、豆の缶詰を食べた。台所へ持って行き、空き缶をゴミ箱の中に投げ入れた。
スプーンを水を張ったかごに入れたとき、ふとあることに気付いた。
僕は再びリビングに戻って、彼女の目の前に置いたスプーンを、そっと彼女に握らせた。彼女は僕が触れたとき、ビクリと体を震わせたが、僕がスプーンを渡そうとしている事に気付いたらしい、それを確かめるように持つと右手に持ち替えた。さらに、僕は豆の缶詰へ、彼女の左手を誘導した。
「ここに豆の缶詰があるよ」
彼女は撫でるように缶詰を触った。
「痛いっ」
彼女が慌てて手を引っ込めた。迂闊な僕は、缶詰の開け口が鋭利だと言うことを失念していた。彼女の白くて小さな手に、赤い切り傷が走った。僕は慌ててガーゼを当てた。
「ごめんね、痛かった?」
彼女は再び豆の缶詰に触れた。その中にスプーンを入れ、器用に豆をすくった。
「おいしい?」
尋ねると、彼女は首を振った。僕は笑ってしまった。つられて彼女も笑った。初めて、彼女のが笑う声を聞いた。可愛いと思った。