32
陸にたどり着いた僕は、息を切らせながらも、彼女を抱えて堤防の上に登った。彼女の体はとても軽かった。長い髪の毛は、思っていたよりもずっと長くて、彼女の腰のあたりまであるのでは無いだろうか。汗をかいた顔に張り付いている。
自分以外の子供を初めて見た。僕よりもずっと小さい。物の本によると、女の子は男の子よりもずっと小さいらしい。だから、小さな子供に見えても、もしかしたら僕より年上かも知れない。
日陰に寝かせると、僕は再び彼女に話しかけた。丸まっている間に、彼女は眠ってしまったようだ。彼女が目を覚ます気配は無かった。そっと胸の音を聞いてみる。鼓動が聞こえた。
「おっ、やったな。いきなりお前の目標が達成されたわけだ。ラッキー」
おじさんが口笛を吹く。
「僕の他に誰も人間はいないんじゃなかったの?」
「そりゃあ、これだけ広い世界だ。一人くらいはいるんじゃあねえの?」
「一人もいないって言ったろ」
「そんなこと言ったっけなあ」
おじさんが口笛を吹く。
「誰かいるの・・・・・・?」
不安そうな声で、彼女が呟いた。
「気がついた?」
彼女は薄く目を開けた。
「ここはどこ?」
「ここは・・・・・・海だよ」
「・・・・・・海?」
深く考え込むように、彼女は眉間に皺を寄せた。
「お父さんとお母さんは? あなたは誰?」
状況が少しずつ理解できてきたのか、声音が怯えを帯びてきた。
「わからないけど、君は一人でボートに乗っていたんだよ」
「ボート・・・・・・」
それきり、彼女は喋らなくなってしまった。何を聞いても、悲しそうな顔をするだけで反応が無かった。
海の向こうに太陽が隠れようとしていた。
「とりあえず、僕の家においでよ」
僕は家のある方を指さした。「こっちだよ」
歩き出したが、彼女はついてこなかった。
「混乱するのもわかるけど、ここにいたってお腹は空くし、僕の家なら寝台もあるよ」
彼女は黙って僕の方を見ていたが、やがて起き上がった。
僕は再び家の方へ歩き出す。しかし、彼女はやはりついてこなかった。
「まだ何か嫌なことでもあるの?」
僕はだんだんイライラしてきた。今までは、祖父やおじさんが僕の言うことを聞いてくれていたが、子供の相手をするのは初めてだった。
彼女は怯えたような顔で僕の方へ手を差し出した。
「手を繋いで欲しいの?」
相手は小さい子供だということを忘れていた。僕だって、彼女くらい小さいときは祖父に手を引いてもらっていた。
「おいで」
僕も手を差し出した。しかし、彼女は近付いてこようとしない。
「・・・・・・の」
彼女が何か言っているが、聞き取れなかった。
「なに?」
「目が、見えないの」
虚空を見つめ、彼女が言った。