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滅んだ世界より愛を込めて(旧版)  作者: よねり
第一章 旧世界のディストピア
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 罠にかかっていた魚を焼いている内に、体も髪の毛も乾いた。シャツを着ようと思ったが、汗臭かったので川で洗濯した。服もすぐに乾くだろう。

「お前もいっちょ前に成長したじゃねえか」

 おじさんが僕の体をジロジロみる。生えかけた陰毛が妙に恥ずかしくて、とっさに隠した。

「僕だってもう大人だ」

「お前のちんぽこはまだ子供だって言ってるぜ?」

「ふざけたこと言ってないで、魚でも食べたら?」

 僕はおじさんに背を向けた。

「俺はいらねえ。これがあるからな」

 おじさんはポケットからさきいかを出して噛んでいる。

 魚は少し焼きすぎてしまって、炭の味がした。それでも、お腹が空いていたので気にならなかった。

「これからどうしたらいいかなあ」

 魚の骨を放り投げながら、僕は言った。魚の骨に、すぐに虫やハエが寄ってくる。

「やりたいことをやればいい。何がやりたい?」

「人間を探したい」

 あのラジオの声を思い出す。あの声は、生きる勇気をくれた。

「人なんてもう、みんな死んじまったよ」

 吐き捨てるように、おじさんは言った。おじさんは人を嫌っていた。僕や祖父とも一緒に暮らしたがらなかった。食事さえ別に取ることが多かった。

「探せばいるかも知れないだろ」

 ムキになって言い返すと、おじさんはやれやれといった様子で溜息をついた。

「お前のじいさまが言ってたろ。もうとっくの昔に、人類なんて滅んじまったんだよ」

「じゃあ、どうしておじいちゃんやおじさんや僕がいるんだよ」

「そりゃあ、運良く生き残ったんだ」

「どうやって?」

 おじさんは河原の石の上に寝そべった。答える気がないようだ。

「魔物だって、人間かも知れない」

「お前にはあれが人間に見えるのか?」

 魔物の姿を思い出した。真夏にもかかわらず、背筋が寒くなる。体が震えた。おじさんの顔が、とても意地悪く見えた。

「言葉が通じた・・・・・・と思う」

「本当に?」

 こめかみに汗が伝った。暑いのか寒いのかわからない。

 ハエが飛んでいる。魚の骨が目当てだろう。

 おじさんの言うことは、すべて正しかった。だからこそ、僕は反論出来なかった。魔物と会えば話し合いが出来ると思ってた数日前の自分が恨めしい。あんな生き物と意思が疎通できるとは、今は到底思えない。

「まあ、いいよ。心が折れない限りは冒険は続くんだ」

 おじさんはいつもの調子で笑った。

 何も答えず川の水で顔を洗って振り返ると、おじさんはいなくなっていた。

 服はまだ湿っていたが、着ている内に乾くだろう。

 川を下っていく途中に紫陽花が咲いていた。蜂が羽を鳴らしている。ずっと小さい頃に蜂に腕を刺されたことがあった。まるで電撃を食らったみたいに、全身に痛みが走った。刺された箇所が熱を持って、腕がとれてしまうのでは無いかと思った。そのあと熱を出して何日か寝込んだ。蜂を見ると、そのときの痛みを思い出す。花から離れて歩いた。

 すぐに川の本流に出て、視界が開けた。昔は綺麗に整備されていたと聞いたが、堤防が一部壊れていた。大雨の時などは川が氾濫して、この辺りには近づけなかった。

 川をどんどん下っていくと、海に出た。この海を渡って、外国へ行ってみたい。外国には今でもたくさん人がいるかも知れない。

 堤防の上に座って、海を眺めた。海はキラキラ光って綺麗だった。水は透き通っていて、魚が泳いでいるのが見える。

 ふと、遠くに何かが漂っているのが見えた。目をこらしてみるが、よくわからない。ブイが流れてきたのかと思ったが、そうでもなさそうだった。ゆっくり漂いながら、こちらへ近付いてくる。

 海へ飛び込もうと思って立ち上がったが、せっかく乾いてきた服を再び濡らしたくなかったので、脱いで堤防の上に畳んで置いた。

 海へ降りる階段はコケでヌルヌルしているので、慎重に降りた。海に入ると、ブイのようなものへ向かって泳いだ。

 最初は、何かのゴミかと思っていたが、近付くにつれて、ある期待が急速に高まって行くのを感じた。心臓が早鐘を打つのがわかる。

 ボートだった。もしかしたら、人が乗っているかも知れない。しかし、ボートは潮にさらわれてどんどん遠ざかって行く。生身の力では泳いでも自然の力には敵わない。

 歯がゆかった。もしかしたら、あそこに人が乗っているかも知れない。

「だれか、乗っているなら返事をして」

 僕はボートに向かって叫んだ。しかし、反応は無い。

 見る間にボートは流されて行く。もう駄目かと諦めかけたとき、ふと視界に網が見えた。ここは、祖父がこれ以上先に行ってはいけないと言った網を張ってある場所だった。

 ボートは思い通り網に引っかかり、身動きがとれなくなった。チャンスとばかりに僕は渾身の力を以てボートに向かって泳いだ。人生で一番体に力がみなぎっている。

 果たしてたどり着いた僕は、ボートに手をかけた。恐る恐る中をのぞき込んでみて、僕は声を上げた。白いワンピースを着た、小さな女の子がそこにはいた。

「人だ」

 僕の声に、その女の子の体がビクリと動いた。長い髪の毛が、顔を隠していた。

「誰・・・・・・ですか」

 髪の毛の隙間から唇が震えているのが見える。幼く高い声だった。それでいて、透き通っていて、巨鳥の声を思い出した。

「ねえ、君は人間? 年は? どこから来たの? 海の向こうにはやっぱり人が生き残っているの?」

 矢継ぎ早に質問したせいだろうか。彼女は黙ってしまった。

「ねえ」

 彼女は耳を押さえて丸まってしまった。慌てて、僕は彼女に謝った。

「ごめんね、すぐに陸に連れて行くから」

 僕はボートを押して陸へ向かった。

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