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ラジオ、というものに憧れていた。祖父はたまにラジオの話をしてくれた。遠くの人が話していることが流れてくるという。例えばそれは本の朗読だろうか。それとも、旅の話だろうか。
宿へ向かう途中、大きなネズミの群れに出会った。ネズミといっても、体長が一メートル以上あるので、下手に刺激すれば僕が食べられてしまう。
随分たくさんの群れだった。いつまで待っても、最後尾が見えてこない。それが道を塞いでいる。迂回するにも、車で降りるのは難しい道だった。しばらく待てばいなくなるだろうが、待っている間に奴らが追ってくる恐れがある。一度家に戻り、最初の町に行くのが上策だろう。僕は車を旋回させた。
ネズミを焼いて食べたことがある。小型のネズミは菌が多いので食べてはいけないと言われていた。大型のネズミは、丁寧に血抜きをして内臓を取り除いて焼けば食べられる。特別おいしいわけでは無いという程度であるが、雑食であるため臭いがきつかった。
道を戻るのに、出来るだけ走った場所がわからないようにコンクリートの道を選んだ。本当は森の中を進んで行けば近道だったが、すぐにばれてしまう。比較的大きな道しか走れないから時間はかかるが、奴らに出会う確率は減る。理由はわからないが、奴らは日の当たる場所を嫌う。家畜を略奪するときも夜だけだった。
海沿いの道に車を寄せた。僕はふらつく足取りで、砂浜に降りた。体力が限界だった。海に向かって嘔吐した。口の中をゆすぐために海水を含んだが、しょっぱくて口の中がヒリヒリした。
何度か嘔吐したあと、うがいをして砂浜に寝転んだ。こんなことをしている場合では無いが、体が動かなかった。
「奴らが追ってくるぜ」
「おじさん、久しぶりだね」
おじさんが僕を見下ろしていた。ジャケットのポケットに手を突っ込んで、にやついている。
「随分、ひどい目に遭ったみたいだな」
「まあね」
「冒険らしくなってきたろう?」
「これが冒険?」
「苦しみこそが冒険の醍醐味さ」
「なら、これこそが冒険なんだろうね」
「生きてるんだからよかったじゃないか。お前は勝ったんだよ」
僕は笑った。
「勝ったとか、負けたとか、そういう話じゃ無いんじゃあないの」
「いや、勝ったとか、負けたとか、そういう話さ。人生はいつも勝負なんだ」
おじさんはポケットからさきいかを取り出して食べた。
「僕にもちょうだいよ」
「これはやれねえ。自分で掴み取ってこそ冒険だ」
僕は大きな溜息をついた。波の音が騒がしかった。お腹がぐうと大きな音を立てた随分何も食べていないような気がした。不意に、無理矢理食べさせられた生肉のことを思い出して、再び吐いた。胃液しか出なかった。体が勝手に飛び跳ねる。内臓の中に元気の良い魚でもいるのでは無いかと言うくらい、飛び跳ねた。
陽光が暑かったが、心地よかった。このまま、この砂浜に溶けてしまいたい。砂の粒になって、海の水にさらわれて、どこか遠くへ行きたかった。いかだを作って、海の向こうへ行くのも良い。それなら、魔物も追っては来られないだろう。