26
何日経ったのだろうか。テープは90分ごとに裏返さねばならないので、それ以上眠ることは出来なかった。次第に、夢の中にいるのか現実なのかわからなくなっていった。今、自分が転がっているこの場所がどこなのかわからない。
「こうなることだって、予想できたはずだぞ」
おじさんの声が聞こえる。
「おじさん・・・・・・どこにいるの」
「好奇心は時に人を殺すもんだ」
「でも、冒険者は好奇心を無くしてはだめだって、いつも言っていたろう?」
「そうだな。でもそれは、好奇心によって起こったトラブルを解決できる能力を持った人間だけが言えることだ。お前にこの状況は覆せない。お前の冒険はここで終わったんだよ」
「助けてよ」
「自分で何とかしろ」
大男につまみ上げられて目を覚ました。今のは夢だったのだろうか。
テープをひっくり返す。眠くて手元が狂ってしまい、再生ボタンではなくラジオに切り替えてしまった。この滅んでしまった世界に、誰がラジオなどやっているというのだ。
「・・・・・・」
カセットテープの再生ボタンを押そうとしたとき、スピーカから人の声が聞こえてきた。
「だれか・・・・・・しゃべってる」
思わず、ラジオを掴んだ。大男が僕をラジオから引き離す。
「邪魔しないでくれ! 人がしゃべってるんだ」
僕はラジオの上に覆い被さった。ラジオを抱えると、大男が無理矢理引き剥がそうとする。腕が外れそうだ。しかし、腕なんて外れても良いから、今はこのラジカセを離したくなかった。
「もうテープの入れ替えなんてまっぴらなんだよ! 殺すなら殺せ」
人の声を聞いたからだろうか。少し元気が出たようだ。どこかに人が生き残っている。世界は滅んでなどいなかったのだ。僕が死んでも、この世界から人間が消え去るわけでは無いのだ。
ラジオを抱えて振り回した。彼らにとって、それは宝物なのだろう。大男も僕から手を離して距離を取った。
振り回した勢いで転んでしまった。足を縛られているのを忘れていた。彼らが息を?むのが聞こえた。ラジカセは無事だった。
「この紐を外せ。そうしないとたたき壊すぞ」
ラジカセを持ち上げる。チープなプラスチックの筐体である。岩場にたたきつけたらすぐに壊れるだろう。
大男が子供を見る。子供が僕に近付いてきて、紐を緩めた。彼らはテレパシーのようなもので会話が出来るのだろうか。
手足が自由になると、僕はラジオを抱えたまま、彼らに背中を見せないようにして洞窟の出入り口へ進んだ。
少しずつ後退する。一定の距離を保って奴らもついてくる。うまく逃げられるビジョンが見えない。それでも、逃げなくてはならない。僕には新しい使命が出来た。あのラジオの人物に会うのだ。
出入り口を出た。車はすぐ近くに駐まっている。鍵はつけっぱなしであることは知っていた。
背中が、車にぶつかる。
彼らの足は止まらなかった。少しずつ、僕に近付いてくる。
ラジカセを振り上げる。彼らの足はピタリと止まった。
僕は彼らに向かって思いきりラジオを投げつけた。彼らは慌ててそれを受け取る。その隙に、助手席側の車の扉に手をかけた。
「え」
扉が開かなかった。
僕は慌ててもう一度扉を引く。開かない。サーッと血の気が引いて行くのがわかる。まるで洪水が押し寄せてくるみたいに、耳元で血液が流れる音がした。
絶望している暇は無い。彼らがすぐにでも追ってくる。
運転席側に回って扉に手をかけた。目をつぶって、天に祈る。
どうか、開きますようにーー。
手に力を入れる。
開いた。
慌てて車に飛び乗り、エンジンをかける。キュキュキュキュという音がまるで永遠に続くのでは無いかと思えるほど続いたあと、エンジンが唸った。
大男がこちらに走ってくるのが視界の端に映った。彼の指が車にかかる。
僕は思いきりアクセルを踏んだ。大男の手を振り払い、体勢を崩した彼を跳ね飛ばす。
急発進した車は、果たして僕を彼らから逃がしてくれた。運転席の扉が勢いよく開く。一瞬、奴らが来たのかと思ったが、よくよく思い出してみるときちんと閉めていなかった。
僕はあの宿を目指した。




