25
どれだけの時間が経ったろうか。僕の腹が何度鳴ったかしれない。喉がカラカラに渇いて、張り付くようだった。逃げ出す気も起きないが、今以て手足を縛られたままである。目の前を横切った虫を、無意識に食べていた。苦みが口いっぱいに広がって、胃液とともに吐き出した。
彼らはそのカセットテープの音楽をただ、聞いていた。このカセットテープは何なのだろう。彼らと意思疎通ができればーー。
ひときわ大きく腹の音が鳴った。気配を感じて顔を上げると、黒い子供が何か僕の口に押しつけた。生臭くて、ぬるりとしていた。見ると、生肉だった。
「他に食べ物はないの? それと水が欲しいんだけど」
口の中に唾液があふれる。だが、ハエのたかる生肉を口にするのは抵抗があった。
子供はなぜ僕がそれを口にしないのかわからないようだった。しばらく見つめた後、手でこねくり回し、半分にちぎった。それを再び僕の口に押しつける。
「ちょっと・・・・・・」
口を開いた瞬間、素早く彼は肉を僕の口の中に押し込んだ。生臭さが鼻に抜ける。涙が出た。彼の手をはねのけようとしたが、とても子供とは思えない力の強さだった。僕は思い出した。彼が車をひっくり返したことを。
果たして、その肉は僕の食道を通り、胃の中に収まった。強烈な嘔吐感が湧き上がったが、無理矢理にそれを抑え込んだ。少しでも力を蓄え、ここから抜け出したかったからだ。あの脳髄に針を刺された人のようにはなりたくなかった。見た感じ、彼は生きたまま針を刺されているようだった。呼吸はあったように思う。
あの脳髄のオブジェのようなものは何だったのだろう。古いSF小説にあんなものが出てきたのを読んだことがある。死んだ人の知識を利用するため、データベースとしていた。あの部屋の魔物は、そのデータベースにアクセスしていたと言うことだろうか。そんな高度なことをしていたようには見えなかった。
何度もカセットテープの曲を聴いているうちに、表面の曲を、祖父のラジカセで聞いたことがあるのを思い出した。あれは初めてラジカセを見た日で、あの箱の中に誰かいるんだと思ったものだった。
何という名だったろうか。世界が終わる前に活躍していた女性歌手だったということは覚えている。
目のない男が、舌を器用に振り、リズムをとるようになっていた。まるでタクトを振る指揮者のようだ。見ていると、耳のない女も小刻みに頭を揺らしていた。彼らは音楽が好きなのだろう。大男はそれに対してまるで岩のごとくピクリとも動かなかった。
子供が薄汚れたペットボトルを持ってきた。中には透明な液体が入っている。中身は汚れていないようだ。ただ、それが水であるのかどうかわからない。彼はペットボトルのキャップを外し、僕の口に突っ込んだ。急激に水が出てきたのでむせてしまった。それでも、彼はペットボトルを傾けるのをやめなかったので、顔がびしょ濡れになってしまった。
彼は心配そうな顔で僕を見下ろした。
待てよ、今彼は水を持ってきた。つまり、こちらの言うことは理解していると言うことだ。
「ねえ、僕が言っていることがわかるんだろう? 僕を逃がしてくれよ。ラジカセを直したじゃ無いか。もう僕には用はないだろう?」
子供は無反応だった。
「通じているんだろう? 助けてくれよ」
必死に訴えかけるが、子供はやはり無反応である。
テープが終わった。無言でそこまで這っていって、テープをひっくり返す。頭がおかしくなりそうだった。