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滅んだ世界より愛を込めて(旧版)  作者: よねり
第一章 旧世界のディストピア
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 地面が揺れている。いや、揺れているのは自分だ。何かに担ぎ上げられた衝撃で目が覚めた。頭が痛い。殴られたとき、けがをしたのだろう。髪の毛がべったりとしているので、血が出たのだろう。その血はもう止まって乾いたのか、流れては来なかった。どれくらいの時間が経ったのだろう。

 手足は縛られていて動かせなかった。縛られていなくても、恐怖で指先さえ動かせなかったが。それに、肩に担がれているらしく、下手に動いたら落ちてしまう。

 麻袋のようなものをかぶせられているようだった。きつめに縛られて、首が苦しい。呼吸も苦しかった。このまま殺されてしまうのだろうか。

 指先が冷たい。恐怖のせいだろう。だが、恐怖だけでは無かった。僕を襲ってきたのは魔物だろう。今向かっているのは恐らく魔物の巣だ。

 恐怖が僕を包んでいた。しかし一方で、一体どんなところだろう、と考えるだけの好奇心も残っていた。

 夏なのに、ひんやりしていた。これは恐怖で寒気がしているだけだろうか。何かうめくような声も聞こえる。

 どれくらい運ばれただろうか。恐怖にさらされた人間が、視界を奪われると時間の感覚が狂ってしまうらしい。もしかしたら一分も経っていないのかも知れないが、もう何日も経っているような気さえした。

 急に体が浮いたかと思うと、次の瞬間地面に落とされた。ゴツゴツした岩場のようなところだった。強く肩と頭を打って、再び目が回るような感覚に陥った。

 呼吸が苦しい。麻袋だけでも早く取って欲しい。だが、その願いも虚しく麻袋は取られないまま、足音が遠ざかっていった。

「だれか、苦しいんです。この袋をってくれませんか」

 声が出ない。何度も言い直しながら、何とかかすれる声で言うと、誰かが近寄ってくる気配がした。

「お願いします。苦しいんです」

 耳元で何者かの呼吸を感じる。体を触られた。ビクリ、と僕の体がはねた。体をまさぐられるような感触の後、首筋がぬるりとした。舐められているーー何かの動物だろうか。僕は餌にされるのか。

 心臓が早鐘を打つ。口から飛び出してきそうなほど大きくはねた。

「!」

 突然人の声ーーのようなものが聞こえた。そのあと、僕の体を這っていた感触は遠ざかっていった。

「よかった、助けて下さい」

 僕は安堵して必死に助けを求めた。しかし、ふと気付いて戦慄した。思い出したのだ。もう、生き残っている人間はいないはず。今の声は、よくよく聞いてみれば、人間ではないように思える。魔物は人間の姿だけで無く、言葉も操れるのだろうか。

 気配が近付いてくる。再び、心臓がはねる。

 顔の横で止まった。麻袋を掴んで乱暴に引っ張られる。首元に巻かれた紐が締まり、僕はうめいた。一度麻袋を掴んだ手が離れ、僕の顔面は再び地面にたたきつけられる。紐が緩まり、そしてまた麻袋が引っ張られた。

 呼吸がスッと楽になるが、新鮮な空気を求めて息を吸い込んだ僕をの鼻を、生臭さがついた。

 目を開くと、視界が暗かった。視力が無くなったのかと思ったが、そうではないらしい。体をねじって見ると、洞窟のようなところだった。自分がいるあたりは奥まっていて光が届いていない。見ると入り口が一カ所あり、そちらから弱い光が差している。

 見上げると、麻袋を取ってくれたのは先程の黒い子供だった。肌の色が違う人種がいるということは本で読んで知っていた。これがそうなのだろうか。色黒、というよりはインクで黒く塗りつぶしたような黒さだ。真っ白な白目以外、どこが顔のパーツの境目なのかわからない。

「君は魔物なの?」

 訊くと、子供はビクリと体を震わせただけで、答えは無かった。意思の疎通は出来ないのだろうか。

「手の紐も緩めて欲しい」

 縛られた手をアピールしてみたが、それはほどいてくれそうに無かった。

 子供は、僕のことをじっと見つめていた。何か珍しいのか、僕の顔を触る。

「どうしてここに連れてきたの」

 やはり答えない。

 目が慣れてきて、洞窟の部屋全体が少し見えるようになった。結構な広さがあるようだった。二十畳から三十畳くらいはあろうか。人が掘削したような綺麗な部屋では泣く、でこぼこしている。天然の洞窟のようだった。

 先程、僕の体を嘗め回したのだろう生き物が、そこにいた。それは人間のようにも見えたし、そうでないようにも見えた。髪の毛や眉毛は一本も生えておらず、体の表面がツルツルしている。真っ黒な肌の大男たちと違い、彼は真っ白だった。薄暗くてよく見えないが、岩のような肌だった。体は枯れ枝のように骨張っていた。くわえて、目がなかった。本来目があるところには、ただくぼみがあるだけだった。鼻はこそぎ落とされたみたいに真っ平らで、穴が二つ空いていた。長い舌を口からだらしなく垂らして、僕のそばに四つん這いになっている。

 その横にも人がいて、その人も真っ白で毛は無かったがギョロリとした目はあった。目がある代わりに耳が無かった。暗くて見えないが、耳の穴はあるのだろうか。細く高い鼻は、まるで作り物のようだった。全身痩せこけていたが、妙に腹だけは出ていた。まるで蜘蛛のように。

 入り口の方から足音が聞こえた。見ると、とても大きな男だった。逆光で顔はよく見えなかった。

 子供がその人間の方へ走り寄っていった。大男は子供を抱き上げると、肩に乗せた。彼が大きすぎて、子供がまるで人形のように小さく見えた。

 ゆっくりと歩み寄ってくる。近付くと、彼の顔がうっすら見えたが、その顔を見た瞬間僕はうめき声にも似た声を上げてしまった。

 彼の口は、乱雑にワイヤーのようなもので縫い合わされている様に見えた。唇がなかった。ただ、本来口があるべき場所を刃物で横一線に切り込みをだけのようだ。食事はどうやってとるのだろうか。僕には関係の無いことだが、関係の無いことを考えていないと自我が保てそうに無かった。

「僕のことをどうするつもりだ」

 彼に問いかけた。だが、言ってすぐに、それは意味の無い問いかけだと気付いた。彼には答える口が無い。手のひらにじっとりと汗をかいた。背中のあたりがぞわぞわして、手を縛られてかきむしれないと思うと余計にむずむずした。

 彼は大きな手で僕の頭を掴んだ。思わず声が出た。彼の手はあまりにも手が大きく、片手で易々と僕の頭を持ち上げる。まるで、石ころを掴むみたいに簡単にだ。握りつぶされるかと思ったが、そんなことはなかった。彼の手は、革の手袋みたいにざらついていた。そんな手に包まれ、生きた心地が全くしない。

 彼は嘗め回すように、僕の全身を見た。頭を掴んだまま回転させて、背中まで見ていた。また回転させて元の位置に戻すと、彼は子供を見下ろした。子供は不安げな表情で彼を見上げていた。小便をちびりそうだ。

「この紐をほどいてくれ。僕は君たちに何もしない。今までだって、君たちの好きなだけ食料をあげてきたじゃ無いか」

 言うが、彼は何の反応もしない。足先が痺れる。

「君たちが、魔物なんだろう?」

 耳が無い男が近付いてきた。手に何か持っている。それを指で指し示すと、大男は頷いた。

 大男は僕を乱暴に下ろすと、自分もそこに座った。耳が無い男は僕の前に何か置いた。ラジカセだった。随分古く、祖父の部屋にあったのを思い出す。

 ラジオとカセットテープが聞けるタイプのもので、図書館にあった落語のテープを聞くのが好きだった。

「何?」

 尋ねるが、言葉では答えない。耳の無い男がそれを指さすばかりだ。

「ラジオが聞きたいの?」

 深呼吸をすると、心臓の音が少し落ち着いた。そっと触れてみる。どうやら間違っていないらしい。とはいえ、僕もそんなに詳しいわけでは無いし、手を縛られている。とりあえず、再生ボタンを押してみた。すると、突然音楽がかかった。

 男たちはびっくりして飛び上がったが、すぐに近付いてきた。目の無い男も這うようにして音の方向へ近付いてくる。これで良いのだろうか。

 音楽はどこかで聴いたことのあるものだった。歌詞は日本語で、随分古い感じがする。それでも、彼らはとても気に入ったようで、無心にそれを見つめていた。耳の無い男はどうやって音を感じ取っているのだろうかと気になったが、耳が無いだけで、耳介がないだけで、よく見ると耳の穴のようなものは開いていた。かれは片方の耳の穴をラジカセに向けていた。

 よく見てみると、耳が無い男だと思っていたのは、女のようだった。本物の女を見たことがないが、男に比べて胸が膨らんでおり、体の造形が男とは違って見えた。腹にばかり目を取られていたので、胸には気付かなかったのだ。すると、あの腹は妊娠だろうか。あんな風に大きくなる物なのか、と思って凝視してしまった。

 テープはすぐに終わってしまった。きっと、もう終わりかけのところで停止されていたのだろう。彼らは僕を見上げた。その姿が、まるで鳥の雛が親鳥を見るかのようだった。

 僕はテープを取り出して裏面にした。すると、先程とは違う曲が始まった。再び、彼らは歌に夢中になった。

 この隙にどうにか脱出できないかと考えた途端、曲が止まった。僕のよこしまな考えをとがめようというのだろうか。

 再び、彼らは僕を見上げる。やれやれといった気持ちでラジカセを触る。全く動かない。目の無い男がうめき声を上げる。今にも僕に噛みつきそうだ。

 ガチャガチャボタンを押しても何も反応しない。どうも電源が来ていない様子だ。僕は電池ボックスから電池を取り出して、指で示した。

「電池の予備は無いの?」

 彼らは顔を見合わせる。

 大男が突然僕を担ぎ上げる。ここに連れ込んだときのように肩に抱えた。言葉を理解しているということだろうか。

「電池を探すならこの紐をとってよ」

 その願いは聞き入れてもらえなかった。

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