21
翌朝、おじさんはいなくなっていた。火も消えていた。
荷物を持つ。背伸びすると僕の頭の上で鳥が鳴いた。見上げると、似た種類の鳥がたくさん飛んでいた。それがトンビであることを知っていたので、僕は食べ物どころか何も荷物を取り出さずにいた。
車に乗り込むと、トンビはようやく諦めがついたようだ。どこかへ飛んで行ってしまった。
蝉の声がうるさい。途切れること無く、蝉の声が耳を刺激する。
エンジンをかけると、僕は昨日来た道を戻った。途中車が通せんぼしていたところにさしかかると、昨日と何か様子が違うように思えた。何が違うのかわからなかったが、あまり気にしなかった。
僕は、これが冒険であると言うことを忘れていたのかもしれない。ここまで、何の動物にも魔物にも襲われなかったから、気を抜いていたのだ。
車の一台から何かが出てきた、と思った瞬間衝撃を感じた。何が起こったのか把握できたのは、粉々に割れたガラス片が顔に飛んできたからだ。痛みは意識を強制的に現実に引き戻す。
車は横転していた。僕はシートベルトに絡まって、地面に顔を押しつけられるように倒れていた。顔中がヒリヒリするから、おそらくガラスで切れたのだろう。
何が起こったのかーー混乱してしばらくその場で動けずにいた。ようやく動こうと思ったのは、何かが車を大きく揺さぶり始めたからだった。
「なんだよ、やめろよ」
僕が叫ぶと、ピタリ、と車は止まったが、また少しして揺らされ始めた。
突然、怒りが沸き起こってきた。どうしてこんな目に遭わねばならないのか、そして、冒険に出ていたのにこういう危険を予知できず何の対処も出来なかった自分に腹が立った。
顔についたガラス片を乱暴に払うと、シートベルトを外して窓によじ登った。車は綺麗に横になっていた。外に出ると、周りには何もいなかった。おかしいと思い車体の下側をのぞき込んでみると、黒くて小さい何かがいた。
「おい」
僕は怒りに頭が沸いていたので、その影に怒鳴りつけた。影はビク、と体を震わせた。よく見ると、黒髪で肌の黒い人間のようだった。
人間ーー? 驚いて、それ以上声を上げることが出来なかった。影は慌てて走って行った。人間の足とは思えない早さだった。彼がいなくなると、車が不安定になった。
「うわっ」
僕の体重のかけ方が良くなかったらしい。車は再び倒れ、もとの体勢に戻った。その衝撃で僕は投げ出された。しこたま頭を打ったらしい、目の前がチカチカする。起き上がろうとするが、体に力が入らなかった。
かすむ視界の中で、何かがこちらに近付いてくるのがわかった。その何かは僕の腕を掴み、乱暴に引きずった。
「いたい・・・・・・」
うめいたが、それはやめようとはしなかった。
「やめろ・・・・・・」
言うと、ピタリと止まった。顔を上げると、先程の黒い人間だった。小さな子供のようだった。見つめていると、視界の外から衝撃が襲ってきた。僕の意識はそこで途切れた。