表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
滅んだ世界より愛を込めて(旧版)  作者: よねり
第一章 旧世界のディストピア
19/71

19


「次の目的地は決めてあるのか」

 朝になり、僕が地図を広げていると、おじさんが言った。

「あの山に行ってみたいんだ」

 地図上ではそれほど大ききな山ではなかった。山を開拓した町であり、頂点へ向かう途中の山を削り取って作ったわずかばかりの平地に家を建てることを繰り返した、不安定な土地だった。その頂点に鳥居があることから、この山全体が神域と言うことなのかもしれない。

「神様を捕まえにいくんだ」

「捕まえてどうする」

「どうして人類を救ってくれなかったのかと問いただす」

「そりゃあいいね」

 おじさんは口笛を吹いた。機嫌が良い証拠である。

 歩いてもそんなにかからないはずだ。夏の日の出は早い。昼になる前にはつくだろう。

 早朝の空気は、カラリとして過ごしやすかった。日中に、呼吸さえ苦しくなるほどの蒸し暑さからは、想像も出来ないほどだ。

 遠くから見てもわからなかったが、山の麓へは細い橋を渡らねばならなかった。長い橋だ。風が強くて、髪の毛が根こそぎ吹き飛ばされそうになる。橋の上から見下ろすと、緑色の海が見える。魚影のようなものが見えるが、浜に打ち上げられていた魚とは違った。

 橋を渡りきる前に、何か大きな看板があった。年寄りの笑顔と、エネルギについての抗議のようだった。内容はよくわからないが、どぎつい色の看板は、生理的に危険を感じさせた。その先に一つ目の大きな鳥居がある。

 橋を渡りきるとお店が並ぶちょっとした空間があり、土産物などが売られていた。そこには、町ほど動物はおらず、猫が多かった。猫は小さいサイズもいれば、人間ほどの大きさの猫もいた。チータやヒョウのようなものだろう。そのいくつかは、三つ目であったり、首が二つあったり、尾が九本あったりなど、個性的であった。

 猫たちは、町の動物たちと違って敵意を見せては来なかった。神域だからだろうか。穏やかな表情で、悠然と闊歩している猫や、近付いても逃げようとしない昼寝中の猫ばかりだった。

 土産物は珍しいものがあったが、あまり彼らの縄張りを荒らしたくなかった。土産物屋が途切れると、その先は長い階段だった。見上げてみても、終わりが見えない。階段の脇の斜面にも、店や家が建っていた。こんなところに家など建てたら、地震の時に地滑りが起こるのでは無いか。そこまでしなければならないほど、人間が多かったのか。

 長い階段を上がって行く。体力には自信のある方だったが、これほどの階段を上り続けるのは随分疲労する。

 階段を上りきると、賽銭箱が置かれていた。旧時代では、ここにお金を入れて願いを叶えてもらっていたらしい。神というのは商売上手なものだ。僕はお金を持っていない。見たことはあるが、それが使える場所など、とうになくなってしまった。だから、僕はそこら辺に落ちていた石ころを入れる。

「こんなもんじゃ、人類は救えないか?」

 問うてみても、神は答えなかった。

 そこから左右に道が分かれていた。道の先がどうなっているかわからないが、最終的に同じところに出るだろうと思った。根拠は無いが、この道の造りと面積からしてそうで無いと合理的で無い。

 ここまで上るだけで随分疲れてしまった。加えて夏である。ただそこに在るだけで、体力を奪い取って行く。幸い、所々に水を飲める場所があった。石で作った水盤に、柄杓が立てかけられている。絶え間なく、水が供給されており、便利だなと思った。柄杓で水をすくって口に含むと、冷たくて美味しかった。

 木陰に座ると、涼しい風が通り過ぎた。その時初めて、自分が随分高いところまで上ってきたんだと言うことに気付いた。階段をのぞき込むと、やけに高い。

 どれくらい時間が経ったろうか。そろそろ行こうと思い、道を進むと、大きな彫刻があった。これも神の一人なのだろうか。岸壁を直接くり抜いて作ったような彫刻だった。

 途中、中華料理屋があった。中には人が一人、倒れていた。白骨化しているから、きっとここで誰にも見つからずに死んだのだろう。この人は最後まで料理をしていたのだろう。奥に鍋があり、黒ずんでいた。それが汚れなのか、虫の集合体なのかはわからないが、近付きたくは無かった。

 山頂に登り切る前に、いくつも賽銭箱があったが、僕はすべてに小石を入れた。特別意図は無かった。なんとなく、何か入れたかっただけだ。

 途中、休憩を挟みながら山頂を目指した。階段が容赦なく僕の足をいじめた。昼に着く予定が、もう太陽は落ち始めている。その時点で山頂はあと少しだったが、足首が疲労して、階段から動けなかった。

 猫がすり寄ってくる。旧時代では、猫は人間のペットだったらしい。こんな凶暴な生き物が、どうして大人しく飼われていたのだろうか、不思議でならない。小型のものなら、こうやってすり寄ってくる程度で済むだろう。大型のものはどうやって飼い慣らすのか。

 猫は、しばらく僕の体をまさぐるように匂いを嗅いでいたが、何も構わないでいるとどこかへ行ってしまった。餌でももらえると期待したのだろうか。

 山頂には大きな岩が鎮座していた。見晴らしの良い、寂しい場所だった。岩の前に鳥居があり、これが僕が波止場から見たものだろう。申し訳程度の祠と賽銭箱があった。僕は祠を開いて、中に手を突っ込んだ。白い、小さな像が一体入っていた。薄汚れていたが、服でこすると綺麗になった。なぜだか、吸い込まれるような魅力があった。これが神と言われれば納得してしまう。

「ねえ、どうして人類を救わなかったの」

 神に問いかける。神はアルカイックスマイルを貼り付けたまま何も話さない。

 岩の上によじ登ると、そこが山頂だった。

 落ち行く太陽に向かって、僕は叫んだ。なんと叫んだかは秘密だ。

 昨日、僕が歩いた波止場が遙か眼下に見える。一陣の風吹いた。じっとりと汗で肌に張り付いたシャツに、風が当たって心地よかった。

「おっと」

 ぼんやりしていたからだろうか、体勢を崩して岩から落ちてしまった。たいした高さではないし、下は土だったのでけがはなかったが、手から滑り落ちた神の像は壊れてしまった。中は空洞だった。

「偽物か」

 バラバラになった像を祠の中に戻し扉を閉めた。

 再び岩の上に登ると、反対方向を見た。元々僕がやってきた方、僕たちの家のある方だ。海岸線沿いに、僕がやってきた道がある。残念ながら僕の家は見えない。ただ、ふと気になることがあった。魔物がどこから来ているかと言うことを、考えたことがある。車を運転できるほどの知能がある生き物だ。きっと集落にコミュニティを作って生きているのだろう。では、どこの集落だろうか。僕がたまに行く集落も、この集落も、定住している痕跡は無かった。家畜を奪って行くくらいだ。そんなに長い距離は移動できまい。

 近くに山が一つあった。その辺りに、隠れているのでは無かろうか。しかし、どうして隠れるように住んでるのだろう。皆に恐れられているくらい強いのだから、隠れなくても良いのでは無いか。

「魔物って何さ」

 呟いた。

 岩の上に寝転がると、空の青さが目に眩しかった。今日は雲一つ無く、いくら目をこらしてみても、ただそこに青色があるだけだった。あの空の青さは、今も昔も変わっていないのだと祖父は言っていた。

 太陽が落ち行く方向を見ると、そちらはもう赤い空が現れ始めていた。

 僕が思う冒険は、こんな観光みたいなことじゃ無くて、敵と戦って村人を救うとか、お姫様を救うとかするもののはずだった。救う村人もいなければ、お城も存在しない世界で、僕は一体何と戦えば良いのだろうか。

 下山すると、あたりは暗くなろうとしていた。それでも、行きよりはずっと早く下りてこられた。

 波止場でおじさんが釣りをしていた。

「何が釣れるの?」

 おじさんは無言で釣り竿を持ち上げた。糸の先には何もついていなかった。

「それじゃあ何も釣れないよ」

「良いんだよ。こうやって糸を垂らすことに意味があるんだ」

「なにそれ」

「子供にはまだわからんよ」

「子供扱いすんなよ」

 僕は波止場の上にあった石を海めがけて思い切り投げた。波止場の周辺に、魚の影が見えた。

「あれなら、素手で捕まえられるかも」

「やってみたらいい」

 言われて、僕は服を脱いで海へ飛び込んだ。まるで蜘蛛の子を散らすように魚が逃げていった。どんなに頑張ってみても、魚に指がかすることすらなかった。

「難しいね」

「そうだろうな」

 おじさんは大声で笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ