18
おじさんの意見に推されて、宿場まで戻った。入り口をまたぐと、むわっとした空気が僕たちを迎えた。一番良い部屋に泊まろうと思ったが、どこが良いだろうか。最上階の角部屋だろうか。
部屋に入ってみると、なんだか湿気っぽかった。畳はうねっていて、布団もカビだらけだ。
「こいつぁ・・・・・・」
おじさんが残念そうに布団を見下ろした。
「世界が終わった日、ここにも海の水が届いたんだ」
「世界は、海によって終わってしまったの?」
「そうとも言えるが、そうでは無いとも言える」
「またあそれ」
「世界の終わりなんてな、複雑で一口には説明できないもんなんだよ。騒いでないで、生きてる布団を探せ」
おじさんは他の部屋の布団を見て回ったが、どれもこれも同じ状況だった。
僕は一階に降りて、管理室に入った。部屋が全部だめなら、ここに何か手がかりがあるかもしれない。それに、世界が終わった日のことを、僕は知りたかった。
管理室は、客室よりも一回り小さく掘りごたつが置いてあり、古ぼけたテレビがあった。
掘りごたつの布団は、他の布団のように汚れていなかった。
「おじさん、こたつ布団が無事だよ」
「ばっかおめえ、そんなもんで眠れるかよ。せっかくの高級旅館だぞ」
この旅館が高級とは思えなかったが、おじさんは気に入らなかったようだ。
掘りごたつに入ってみたが、季節は夏である。暑くてじっとりと汗をかいた。
そもそも畳の上で寝転がるだけで良いだろう。幸い、この部屋は畳がうねっていないし、炬燵蒲団もあるのだから充分だ。
日が落ちそうで、いつまでも落ちなかった。この感じが、僕は好きだった。まるで世界の時間が止まったのではないかと思う。その閉じた時間の中に取り残されたのだとしたら、何をするだろうか。いつも考えてはわくわくしていた。
日が完全に落ちると、調理室の火鉢を外に持って行き火をつけて、干物を焼いた。
「これは風情があっていいねえ」
おじさんは相変わらずポケットからスルメを取り出して食べていた。
「これで花火でもあがりゃあなあ。玉や~ってなもんよ」
「花火かあ。一度でいいから見てみたいなあ」
「そうかあ。坊主は観たことがないかあ」
おじさんは寂しそうに空を見上げた。
「世界のおしまいに、でかい花火が上がったんだ。最後はみんな、その花火を見上げていた」
そのときおじさんが見ていた方向は、祖父が禁断の地と言っていた方向だった。魔物が生まれる場所と言われていた。きっとそこには魔王がいて、毒の沼があって、多くの魔物がうごめいているに違いない。
「でも今は平和だなあ」
「平和なもんか」
「平和さ。あの頃に比べたらなあ。俺がこんなところで寝そべっていても誰も俺を殺しやしないし、何も奪っていかない」
「旧時代は、そんなに物騒だったの?」
「ああ、容赦のない時代だったなあ」
火が小さくなり、消えてゆく。虫の音が聞こえた。遠くから波の音も聞こえる。耳が痛くなるほど、他に音がなかった。
「しょんべんしてくるぜ」
「僕はもう寝るよ」
管理室で横になった。窓から生温い風が入ってくる。風鈴の音がした。悪くないと思った。