17
冒険のはずが、のんびりしすぎて観光のようになってしまった。僕は旅館の売店から持ってきたお菓子を食べながら砂浜を歩いた。金属製の缶に詰められた乾いた食べ物は、大体食べられるが、プラスチックフィルムに入ったような物は大体原形をとどめない有機物として乾いた個体になっているか、ゲル状の半個体か、黒い液状になっていた。
砂浜には死んだ魚がたくさん打ち上げられており、腐っていた。それを鳥が食べている。腐臭が鼻につく。すっかり食欲が失せてしまって、鳥の方にお菓子を投げたら我先にとそれに集まった。
「なんでここの魚はこんな風に打ち上げられているんだろう」
「それを紐解くのも、この冒険の目的の一つだな」
おじさんが海を眺めながら呟いた。やはりさきいかを食べている。あれはどこから持ってきているのだろうか。
「おじさんは何か知っているの?」
「知ってると言えば知ってる。知らないと言えば知らない」
「一体、どういうことさ」
おじさんは口笛を吹いた。
波止場の上を、海に向かって進む。このコンクリートの足場が、どこまでも永く続いていたら良いのに。海の向こうへ行ってみたい。海の向こうには何があるのだろうか。昔は国があったらしい。今では陸が無くなって、人は住めなくなったと祖父は言っていた。
「おじさんは外国に行ったことがある?」
「俺が外国に行ったことがあるように見えるか?」
そう言って、おじさんは豪快に笑った。
「わからないけど、飛行機って言う乗り物に乗れば行けるんでしょう?」
「そうだな。でも、飛行機って言うのはとても高価で金持ちしか乗れないんだ」
「そっかあ。おじさんはお金持ちには見えないもんね」
おじさんは僕の頭をくしゃくしゃにした。
「あれ?」
顔を上げると小高い山の上に鳥居があった。鳥居、というのは神社の入り口であり、その先は神域である。普通は境内の手前にある者だと思っていたが、山のほぼ頂点に鳥居があるため、不思議に思った。その一帯だけ、やけに植物が葉を散らしている。夏だというのに、そこだけまるではげ山のようである。神が降臨したのだろうか。
僕は宗教について、わからないことがたくさんある。旧くは、日本は仏教や神道が主流だったそうだ。そのほかにも、世界中に似たような宗教があると物の本で読んだ。では、神とは何だろうか。単一のものでは無いらしいと言うことはわかった。日本だけでも、八百万の神がいるのだそうな。それだけ神がいるのに、この世界を救ってはくれなかったのだろうか。
僕にとっての神は祖父だった。だから、祖父が亡くなったとき、髪の毛が無いからアゴ髭を少し頂いた。それを束ねたものをお守りとして持っている。それに加えて、首から提げた方位磁針が、僕の心の支えだった。
日が高いと思って油断していたら、もうすぐ太陽は海に沈みそうだった。陽光は僕の腕を焦がし、潮を含んだ湿度の高い空気は、全身にじっとりと不快な汗を発生させる。
「何故、太陽は海に沈んでも海は蒸発しないの?」
おじさんに訊いてみた。
「そりゃあ、海より太陽の方が偉いから、太陽の通り道は海の方からどくんだよ」
「へえ、そうなんだ。太陽の方が偉いんだ。じゃあ月は?」
「月は太陽のお嫁さんだからな。やっぱり偉いんだ」
「女王様ってこと?」
「そういうこった」
「おじさんは物知りだね」
「冒険家だからな。冒険家たるもの、いかなる知識も持っていなければならないんだ」
僕は空が茜色に染まるのを見ていた。
「今日はどこで夜を明かそうか」
「さっき、宿場があったろう」
「温泉が枯れてた。あれじゃあ価値がない」
「屋根があって畳があって布団がありゃあ、上等だ」
そんなもんか、と思った。
「ねえおじさん、その格好、暑くないの?」
今日のおじさんはボロボロの黒くてつばの広い帽子に、ロングコート、指ぬきの軍手というスタイルだったのだ。僕は半袖のシャツ一枚でこんなに汗をかいているのに。
「大人になったら、何だって我慢できるんだ。そうやってみんな大人になって行くんだよ」