16
翌朝、空は眩しいくらいに晴れていた。朝から気温が高く、海からの潮風がべたつく。畑に水をやったあと、家畜に餌をやり、荷物を背負った。頭には、祖父にもらった麦藁帽子、方位磁針のペンダントを握りしめた。今日、僕の冒険が始まるのだ。
車に乗ると、エンジンをかけた。ガソリンも満タンだ。町へ向けて出発した。
気候はとても穏やかで、まるでドライブをしているようだ。鹿の一群が走っていた。鹿は他の動物と違って、割と目につくところで生活をしている。猪などはたまに見るが、滅多に姿を現さなかった。
海沿いの道を走る。窓を開けて走っていると、風が涼しく、快適に走ることが出来た。アスファルトの所々に亀裂が走っていたが、しっかりと舗装されており、車にとっては走りやすい道だった。しかし、ある程度進むと、まるで行く手を阻むように車が放置されていた。
どうして、車がこんなに乗り捨ててあるのだろうか。鍵は刺さったままで、道を塞ぐように駐まっていた。気になるのは、不自然な泥汚れだった。土砂にでも埋まったのだろうか。
試しにエンジンをかけてみようとしたが、ほとんどの車は動かなかった。バッテリの問題だろう。すべての車をニュートラルにして、軽トラでソッと押した。動くだけは動くようだ。
見晴らしの良い高台まで登った。まるでパズルのようなものだ。僕はジグソーパズルが好きだった。
しばらくそこで考えたあと、軽トラに戻った。いくつかの車を押すと、何とか通れるだけの隙間が出来た。成功だ。
そこから一番近い集落まではすぐだった。集落の入り口は何かの建物がいくつかあるだけで、たいしたことはないと思っていたが、すぐに考えを改めることとなった。進むにつれて、多くの建物があり、劇場があり、映画館があり、娯楽施設があった。僕が町と呼んでいたところよりもずっと大きくて、開けていた。
僕は温泉を探した。物の本によく出てくる、温泉という物に入ってみたかったのだ。
それは探すことなく見つかった。温泉の看板を掲げた旅館がたくさんあったのだ。そのうちの、一番最初に見つけた古ぼけた建物に入ると、中の空気がよどんでいたが、そんなことは気にならなかった。すぐ右手に浴場があった。浴場は岩風呂の風情であり、雰囲気はあったがお湯は枯れていた。残念だったが、理由はわかっていた。温泉は湧き出ているものでなければ、ポンプでくみ上げているのだ。ポンプが動いていないのだろう。
残念だったが、旅館を出ると僕は併設されたボーリング場に入った。非常に密閉度の高い建物なのだろう。扉を開けるのが大変だった。それに、中は蒸し暑くて、汗が止まらない。カビと埃の臭いで気分が悪くなった。
ボーリング場はピンが散乱していた。それを一つ一つ手で並べ、落ちていたボールを転がした。三本だけ倒れた。もう一つボールを投げた。うまい具合に倒れたが、一本だけ残ってしまった。そのあと三回投げてようやく倒すことができた。最後のピンを倒したときは、思わず声を上げてしまった。
「うまいもんだ」
声にびっくりして振り返ると、おじさんがベンチに座って手をたたいていた。
「おじさん、急に声をかけるのをやめてよ。びっくりするから」
「すまんすまん」
おじさんは麦藁帽子をテーブルに置いて、ソファに寝転んだ。
「いつからそこにいたの」
「今来たばかりだ」
おじさんはたばこを吹かした。
「おじさんも投げる?」
おじさんは笑って首を振った。
僕はもう一度ピンを立てて、ボールを投げた。