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滅んだ世界より愛を込めて(旧版)  作者: よねり
第一章 旧世界のディストピア
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 春が過ぎて、また夏が来た。やはり夏が好きだ。魚がたくさん釣れるし、海に入っても気持ちよい。

 僕は精力的に魚を捕っていた。今年は本当にたくさん魚が捕れた。それを開いて干す。日持ちの利く食料が必要だった。なぜなら、僕は冒険に出るのだ。

 ケルベロスやレッサーデーモンや魔物が出るような世界なのに、どうして魔法の力が無いのだろうか。魔法が使えたらもっと便利なのに。

 僕が住んでいるのは、海沿いの平地だ。そこから車で道を走ると町がある。道を辿って行けば他の町があると祖父は言っていた。僕が『町』と呼んでいる町以外には行ったことが無い。まずは、他の町を探すことから始めようと思った。もしかしたら、そこにもトイレットペーパがあるかもしれないし、そこには魔法があるかもしれない。

「準備は進んでるのか」

「久しぶりだね、おじさん」

 僕が鞄に干した魚やランプを詰めていると、おじさんが部屋に入ってきた。ボロボロのシャツを着て、麦藁帽子を被っている。身につけている物はボロボロなくせに、せわしなくあおいでいるうちわだけは綺麗だった。

「冒険に最も必要なものはなにか知っているか」

 一体何だろう。

「くじけない心かな」

 答えると、おじさんは笑った。

「確かに、それは大事だ。でも必要なものは他にもたくさんある。例えば・・・・・・」

 おじさんは僕を手招きした。部屋から出た僕に、おじさんが案内したのは祖父の部屋だった。祖父が亡くなって以来、僕はその部屋には入っていなかった。僕の中で、祖父のプライベート空間は聖域のような気がして、踏み込むことが出来なかった。

「お前のじいさまが隠していることがある。そこを調べてみろ」

 おじさんが指さしたのは、祖父の机の一番下の引き出しだった。

 引き出しを開けて出てきたのは、地図だった。

「地図?」

 僕が示すと、おじさんは否定も肯定もしなかった。

「地図が出てきたか。そうだな、当てもなくさまようのは冒険とは言わない。ただの散歩だ」

「でも、最初からどこに何があるかわかっていたら、面白くないじゃないか」

「お前の目的は何だ」

 おじさんが厳しい表情で言った。

「なんだよ。おじさんらしく・・・・・・」

「言ってみろ。冒険は甘いもんじゃ無いんだぞ」

 いつになく真剣なおじさんに、僕はたじろいでしまった。地図に目を落とす。

「目的は、この世界のことを知ること」

「世界のことを知るにはどうしたら良い?」

「あちこち見て回る」

「そうだな。信じられるのは、自分の目で見た物と、自分の手で触ったものだけだ。最初は手近なところからで良いから、行き先を明確にした方が良い。まずはこの集落だ」

 おじさんが地図を開いた。この一帯のことが乗っていた。僕は初めてこんなに詳しい地図を見た。図書館で見た地図は、もっと大雑把に広く書かれていた。

「ここにも地名があったんだね」

「今はもう関係ないな。お前の好きなように呼んで良いよ。お前が町と呼んでいるのは、ほとんど集落だ。その集落いくつかを合わせて町と呼ぶ。そんなことよりも、目的地に着いたら、そこを基点にまた別の場所へ行く計画を立てる。そうやって少しずつ行ける範囲を広げて行かないと、いつまでも同じところをぐるぐる回るだけで終わっちまう」

「わかったよ」

 おじさんは部屋の中をぐるぐる回る。それ以上回ったら、僕がバターになってしまう。

「それと、お前どうやってこの集落へ行こうと思ってる?」

「それは、歩いて・・・・・・」

「馬鹿だな、何日かかると思ってる。お前がここにたどり着く前に、そのリュックいっぱいの食べ物は食べ尽くしちまう」

 馬鹿にしたみたいに、おじさんが笑った。

「じゃあ、どうしたら良いの」

「車で行け」

「そんな・・・・・・冒険っぽくないよ」

 僕は冒険に対して、夢と希望を持っている。愛と勇気と刺激に満ちあふれた、素晴らしい経験が出来るはずだ。

「お前は冒険を遠足かなんかだと思ってるみたいだが、楽できるところは楽しないと、そのあとが苦しいぞ」

 言い返せなかった。確かに言うとおり、レジャー感覚だった。恥ずかしくなって、おじさんの顔が見返せなかった。

 地図を見る限り、かなり距離があるのがわかった。冷静に考えてみると、この距離を知らずに歩いて行こうと思っていたということに、僕はゾッとした。

「その地図を持って、一晩考えろ」

「わかった、ありがとうおじさん」

 僕はその地図を抱えていって、寝台の上で広げた。現在地をおじさんがペンで赤く丸つけてくれていた。海からほどよく離れていて、山と山の中間部分にあるため土砂崩れの心配も無い、良いところに家を構えているのだと思った。

 それにしても、何故祖父はこの地図を隠していたのだろう。隠すつもりは無かったのかもしれない。僕が訊かなかったから出さなかったのかもしれない。

 祖父の最後の言葉を思い出していた。

「誰も信じるな。魔物は人の姿に化ける」

 ふと、おじさんのことは信用して良いのだろうかと考える。おじさんは僕が物心ついたときからずっとそばにいてくれている。信用の出来る人だ。

 でも、そのおじさんは魔物が化けたもの、という可能性は否定できない。

 一方で、魔物だったらもうとっくに僕は殺されているだろう。そう考えると、おじさんは信用して良いのではないか。

 思考がこんがらがってきた。終わりの無い迷路に迷い込んだ気分だ。このことは一旦置いておこう。

 再び地図に目を落とす。集落は思いのほかたくさん存在していた。おじさんが言うには、町という大きな範囲の中に、人の暮らす集落がいくつかあるということだった。それよりも気になったのが、黒く塗りつぶされている箇所があるところだ。明らかに、人為的に塗りつぶされている。祖父がやったのだろう。それは壁の先であった。

 驚いたのは、壁が複雑に配置されていることだった。壁は一枚でずっと続いていると思っていた。それが、地図を見てみると、ある地域を半径何キロか封鎖するために囲っている壁の他に、さらにその外側にも壁があることがわかった。つまり、僕は壁と壁に挟まれて生活しているのだ。

 より、一層この世界のことがわからなくなった。誰が、何の目的でこんな世界を作ったのだろうか。

 それを知るためにも冒険が必要だ。この世界のことを知らなくては。僕は何のためにここで生かされているのだろうか。

 様々な空想をしている内に、僕は眠ってしまった。その日は珍しく祖父の夢を見た。

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