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「へえ、魔物がね」
図書館で魔物に襲われた話をすると、おじさんは渋い顔をした。同じ表情をしたときのことを、僕は覚えている。僕がまだずっと小さくて、熱を出したときだ。寝台の横に座って、今と同じ顔をした。
「もう俺たちの安住の地は無いのかねえ」
助手席から煙草を吐き捨てる。
「魔物もトイレットペーパが欲しかったんだろうなあ」
僕は笑った。
「何言ってるの」
「だって、そうだろう。魔物だってうんこくらいすらあ」
「そうかもしれないけど」
魔物がうんこする姿を想像して笑ってしまった。それまでは、魔物のことを少しでも考えたら悪寒がしたし、出来るだけ考えないようにしていたのに。やはりおじさんは凄い。祖父とは違う意味で尊敬している。おじさんには絶対に言わないけれど。
「これからは、魔物とトイレットペーパの取り合いだなあ」
二人で笑った。笑うたびに車が揺れるので、体が揺れているのか、車がはねているのかわからなくなった。
「それにしても、おじさんはなんであそこにいたの」
「そりゃあおめえ、俺を誰だと思ってるんだ」
「おじさん」
「ばっかおめえ、ただのおじさんじゃあないぞ。冒険家のおじさんだ」
「え」
僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「おじさんは冒険家だったの?」
知らなかった。十三年間一緒にいたけれど、そんな話聞いたことが無かった。
「おうよ」
おじさんは自慢げに僕を見る。
「すごい、僕も冒険に出たい」
僕は目を輝かせる。おじさんは豪快に笑って僕の肩を強く叩いた。びっくりして、あと少しで脱輪するところだった。せっかく見つけた車なのに、おシャカになったら洒落にならない。
「おお、いいぞ、どんどん出ろ」
「僕も冒険家になれるかな」
「なれるさ。お前のじいさまだって冒険家だったんだからな」
「おじいちゃんが?」
そんな話は聞いたことが無かった。祖父は、自分の話は滅多にしなかった。旧時代の話もあまりしてくれなかった。もっと色々な話を聞いておけば良かったと今は後悔している。
「そもそも、生き残りって言うのは、みんな冒険家なんだ。あの日、世界が終わった日にこの安住の地へたどり着いたのは冒険家だけだったのさ」
「世界が終わった日のことを聞かせてよ」
言うと、おじさんは柄にもなく、ニヒルに笑って僕の頭を撫でただけだった。
「もうすぐうちにつくな」
「なんだよ、教えてよ」
「また今度な」
家に着くと、トイレットペーパを補充している間に、おじさんはいなくなっていた。
おじさんはどこに住んでいるのだろうか。