3.Good
3話です。
「佳菜さん、お休みになられましたか?」
「はい、ぐっすり。」
「それはよかったです。」
あ、名前を確認しなきゃ。名札名札…。
「あれ?」
見当たらない。どこだ?
「どうかしましたか。」
「いえ。あの〜名札って、どこについてるのかなーと思いまして。」
「名札ですか?左胸付近ですよ。ほら。」
本当だ。ただ見逃していただけだった。
「あ。」
感動した。
こんなことがあるなんて。
いや、でも、たまたま同じだけかも。
「お散歩しますか、佳菜さん。」
「はい。」
元気よく返事をした。
しばらく辛いことが続いたマーチングも、楽しい時はもちろんあった。
すみれが卒団したあとは、安定していた気がする。
小学六年生では、鍵盤デビューをした。
難しくて、たっっくさん指摘を受けた。正直苦しかったけど、上達していくのが明らかに分かって楽しかった。
全国大会に出場することはできなかったけど、安定した年だった。
中学生になったあとが、一番音楽を楽しめた。
自分がパートリーダーになって、難しい楽譜がまわってきたり、ピットアンサンブルで目立つ場所ができたりしたけど、それの全てが楽しかった。
でも、先生に目をつけられるんじゃないかって不安になって、期待に添える行動を心がけた。
どんな練習をすれば怒られないか、なんて言えばどこかに行ってくれるのか、ずっと考えてた。
そして、常に笑うようにした。
先生はいつも、「楽しいマーチング」とか「明るい雰囲気で」とか言うから。
それともう一個災難だったのは、入ってきた後輩に、言葉が通じないこと。
発達障害者だったから。
ちょっとでも自分のイメージと違うとすぐ機嫌が悪くなるし、集中力が切れるのがとにかく早い。
「トイレ」って言って三十分ごとにサボりに行くし、家では全く練習してこない。
親が何か言ってくれる訳ではなく、逆に庇うような親ばかだった。
そんなふうに困ったことがたくさんあったけど、一個下の遊菜という後輩が協力して頑張ってくれた。
親とは連絡を取り合い、子供は丁寧に丁寧に、先生に何か言われない程度に時間をかけて教えた。
その努力が実り、その年は全国大会に出場することが出来た。
本当に嬉しかった。
大会のビデオを見た時は、丁寧に、じっくり教えてよかった。挫けなくてよかった。頑張ってくれてよかった。頑張ってよかった、って思った。
ものすごく感動した。
その次の年も、安定していた。
後輩がもう一人増え、少し賑やかになった。
その後輩も練習してこなかったが、発達障害児を教えれたのだから、対応は簡単だった。
問題は、その次の年だった。私が、中学三年生、最後の年。
色々…あったな。
思い出していたら、涙が出そう。
辛いことばっかで…。楽しいことだって、沢山あったはずなのに。良いことが、これくらいしか思い浮かばない。
このあと、さらに辛いことがあるんだよね。
「佳菜さん、そろそろ、戻りましょうか。」
「あ、はい。そうですね。」
小崎さん、だった。
この看護師さんの名前、小崎さんだった。
もし、彼の奥さん、とかだったら、また会えるかもしれない。
本当に会いたい、あのヒトに。
3話目まで読んでいただき、ありがとうございます!
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