7、elia
「よし、皆揃ってるな」
学園の西はずれの塔、通称「新芽の塔」の東側の教室「1年elia」の教室に足を一歩踏み入れた男性は、教室内を見回すなり、満足気に頷いた。
彼は教室前方の中央まで進むと、教卓に両手をついて語り出した。
「私はアンザック・ディル・ウォルター、君たちの担任を1年間務める。専門は星詠みと読心術。風と水、氷の魔法を使う。
一応ウォルター家、つまりはスーロンド伯爵家の者だが次男だがら私自身が爵位を持つことは無い。よって私自身馬鹿げた選民意識などない。遠慮なく色々声を掛けて欲しい。
……そもそもこの学園は身分によす差別を厳しく処罰している。寮こそ保安上の都合でフロアが別だが、基本的には貴族が平民と比べて優遇されることもなければ、平民が不当な扱いを受けることも許されていない。
勿論、種族についてもだ。
皆も知っているように、この国は他国と比べて種族・人種差別はとりわけ厳しい。だからこの学園も同様、即退学となる。心しておくように」
獣人や竜人、あるいはエルフやドワーフといった種族の者たちは、人間と比べると極めて数が少ない。その為数で勝る人間に使役されることも多かった。例えば力の優れた竜人は奴隷兵、見目麗しいエルフは性奴隷といったように……。
一方ウェグナドーレ王国では、奴隷制度を厳しく禁じている。それは幾代か前の王が一目惚れしたエルフの女性を妃に迎えたからという歴史がある。
「まあ、前置きはここまでにして、今日の流れを説明しよう。これから皆に自己紹介をしてもらう。そしてその後、魔法の適性検査を受けてもらって解散だ。
……それじゃあ、アイダーンから」
名前を呼ばれた男子生徒は返事をすると、その場で立ちあがり、自己紹介を始めた。
名前、出身、魔法、特技、趣味……。代わり映えのない自己紹介が続いていく。
「ロドリゲス・ディル・ブリュット、出身はセラード」
とうとうアメリアの前に座る男子生徒が立ち上がって、自己紹介を始めた。
――ブリュット……?何か聞き覚えがあるような……
アメリアが物思いに耽っていると、近くの別の生徒の囁きあいが耳に入った。
「ブリュットって、セラードの領主だよな?たしか子爵様だと思ったんだが」
「セラード子爵って、あの戦狂いの?」
「今の当主は、『闘いの為にはどんな犠牲も厭わない』って宣言したらしいぜ」
「いや、闘い自体が犠牲だろう」
平民階級の生徒たちの興味半ばのお気楽な噂話に、アメリアはようやく該当する記憶を掘り起こした。
――ああ、うちの分家だわ。
セフィルラ侯爵家は代々武術や魔法で戦うことに秀でていた。そしてその複数ある分家も同じく、先頭を家業としてきた。ブリュット家、つまりはセラード子爵家はその中でも「戦狂爵」と呼ばれるほど、戦闘や鍛練に目がないと言われている家である。
「……ブリュット、もういい。次!」
将来はこんな武功を挙げたい、そのためには今からこんなトレーニングをしている、在学中にこんな魔物を退治したい……。ロドリゲスの長すぎる自己紹介を、アンザックはうんざりした様子で打ち切り、次のアメリアを促した。
「……はい、セフィルラから参りました、アメリア・フィン・ブレデルです。使える魔法は水と光、趣味は読書と天唄いです。宜しくお願いします」
「天唄いか、珍しいな。今どき出来る人がいるんだな」
アンザックは感心したように呟いた。
天唄いとは、唄を天に向けて歌い、晴天にしたり、逆に雨を降らせたりするものである。大昔は雨乞いの一種として頻繁に使われていたらしいが、現代ではその唄い手はほんの一握りもいない。それは器用な魔力の操作と、難しい古語、唄い手には独特の厳しい掟が存在することに原因があった。
「よし、じゃあ、次!」
アンザックの合図と同時に、アメリアは席についた。
――おかしいな……。絶対にこのクラスにいるはずなのに。
アメリアは再び酷く熱を持ったペンダントトップとなっている小ビンを、シャツの上からそっと握った。
実はアメリアは自己紹介をしながら、クラスメイトの様子を観察していた。
もしかしたら、エルユードがいるかもしれない、そう思って。
だが誰一人顔色を変えたり、不審な動きをしたりすることはなかった。