6、新しいクラス
入学式も終盤に差し掛かり、流石にド派手な魔法の演出にも飽きてくる人がちらほら見え始めた。現にアメリアの隣に座る男子生徒は、はじめこそ目を輝かせていたが、今は船を漕いで夢の国へ出かけていた。
そんな中校長が再び舞台に上がり、号令が掛けられた。慌てて立ち上がる生徒たちにも、校長は両腕に大量の書類を抱えたまま、にこやかに笑って礼を返した。
一体次は何が起こるのだろうか。一部の生徒は関心を壇上に戻した一方、またいくらかの生徒は夢の地に旅立とうとしていた。因みにアメリアの隣、ロドリゲス・ディル・ブリュットは礼を済ませて着席するなり、早々に栗毛の髪を揺らせて小さないびきをかいた。アメリアはその早業に舌を巻いたが、すぐにどうでも良いことだと気を取り直して注意を前に向けた。
「新入生の諸君、改めて入学おめでとう。皆も知っていると思うが、本学は1年次基礎科で魔法や教養科目等を網羅的に学んだ後、2年次と3年次にそれぞれの適正と希望を鑑みて魔法科や騎士科、薬学科などに分かれる。自分の希望する道に進めるかどうかは、最初の1年の努力と才能が1つ目の分岐点となる。心して勉学や鍛錬に励むように。……さて、今からこの1年苦楽を共にする仲間、つまりはクラスを発表したいと思う。退場後、示された教室で各々担任の教師を待っているように」
校長は重々しく伝えると、書類を机におき、その上に手をかざしながら何か小声でぶつぶつ唱えた。
次の瞬間、講堂は歓声と悲鳴の渦に包まれた。
校長の手元にあった書類、1枚1枚が鳥となって羽ばたいたのだ。まるで生き物のように、意志があるかのように真っすぐと飛び、特定の人物の目の前に来るとハチドリのようにホバリングした。
「可愛い……」
「生きてるみたい」
生徒たちから感嘆の声が漏れる中、あちこちから「ぎゃっ!」という踏みつぶされた蛙のような声が聞こえた。
無論寝ている生徒の前で止まっても気づかれることはないため、鳥たちは強硬手段で彼ら彼女らの頭を突っついた。所詮紙とは言え、鋭い嘴である。居眠りしていた者は皆、突然の襲撃と痛みに悲鳴をあげた。
「……おいで」
魔法で動かされた紙の鳥であるにも拘わらず、それは何処か今は亡き故郷を想わせるものがあり、アメリアはほとんど無意識で手を伸ばしていた。
すると小鳥はアメリアの指に止まり、次の瞬間その身を崩し、1枚の紙と化した。
「えっ?」
アメリアがその様に驚く暇もなく、今度は無地であった紙に文字が浮かび始めた。
『アメリア・フィン・ブレデル
1年 基礎科 elia
出席番号 23 』
eliaとは、「東」という意味の古語だ。どうやらこの学園では、クラス名には数字やアルファベットは使わないのが決まりらしかった。
「1年は西外れの棟が教室になる。クラス名はそのまま教室の位置となる。いづれも古き言葉でeliaが東、weizが西、sarzが南、nolithが北だ」
「あ、俺北だ」
「あたし、西」
次々と自分のクラスを確認する声の中に、ときおり戸惑いも聞こえた。
「えっ、何が基準のクラス分け?」
「成績関係ないの?」
「まさか、身分も混合……?」
主に貴族と思われる生徒たちから漏れる疑念と不満。校長はそれにニヤリと笑った。
「このクラス分けは成績順でなければ、平民も貴族も混合である。もしそれに文句があるようならば、この学園を今すぐ退学してもらっても構わない。……ああ、勿論授業料は返却するから安心したまえ。
まあ、そうは言ってもこのクラス分けには意味がある。君らにはそれをこの1年を通して自ら気が付いてくれることを望んでいる」
校長はそれだけ言うと今度こそ舞台上から姿を消した。