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人違い異世界紀行  作者: よほら・うがや
5/5

<オタマ>の意思

自分の事情が、分かった。

しかし分かったところで、「なんや?」という感じ。あ、おばあの口調がうつってしもた。こら、アカン。


「せやけど、あんさん、ほんま運がええなあ。あの池に浸かって、命があるんやなんて。さすが勇者さまや」

「?」

「あの池の水は、すべてを溶かす悪魔の水なんや。そやなあー、あんさんの世界で言うところの<えんさん><りゅうさん>みたいなもんや」

「おばあ、塩酸硫酸、知ってるんですか?」

「いや、知らんけど、なぜか口からそんな言葉が出てきてしもてな」

僕は、ぞっとした。あの黒い大きな鳥がバサッと舞い降りてきてなかったら、いまごろは骨だけになってた。


…しかし、なぜ助かったのかな?

僕の不審げな表情に、おばあは、ふと気づいたように

「あんさん、こっちに来てみなはれや」

と。

おばあは、壁にある観音開きでの扉を開いた。

「どや?」

どう…って。

その扉の向こうには、縦長の大きな窓があり景色が見えていて、そこには見たことがない人物が立っていた。

「あんさん、そこに何が見えとる?」

「人間が見えます。こっちを向いています」

「その人間を知っとるか?」

「知りません。見たこともありません」

「ふーん。その人間は、どんな姿で、何歳くらいかいな?」

僕は、窓に見える人間を観察した。その人間は、疑い深そうな目でこちらを見ている。

「えーと、背たけは僕と同じくらいですね。でも、体型は僕とはまったく違います。僕は110キロのおデブですが、この人は50キロぐらいのスリムというかひょろっと痩せた体型ですね。それと、僕は今21歳ですが、この人は15、6歳くらいに見えます」


するとおばあは、言った。

「あんさん、これは窓やない。鏡、じゃよ」

「えっ???」

僕は、その窓、いや鏡を凝視した。

「それは、まぎれもなく、今のあんさんの姿や」

「えええええーっ?????」

僕は、鏡の中の人間の顔を、じっと見た。たしかに、よく見ると見覚えがある、5歳くらいの時の僕の顔に似ている。


僕は驚いて、ぽかーんとした。

「あ、あの池の水には、ダイエット効果があったんですか?」

「だいえっと?ようわからん言葉やけど、少なくとも体の肉を次々に削ぎ落とす力があるわな?せやけど、不思議なんはなんであんさんが骨だけになってないかということや。あんさんは、風呂焚きから解放された時、どんな姿やったんか?」

「え…っと、服を着てました。あ!池に入るとき、脱いだんだっけ…」

「なんで、池に入ろうと思ったんや?」

「それは、全身油でギトギトで、それを洗い流したくて」

「油とは、神殿の風呂焚きの油かのう?」

「はい」

「ははあー。わかったわかった」

「?」

「あの油は、そこらの油とちごて、濃厚で堅い油なんや。それを1年間浴び続けたわけやな?油があんさんの身体を守ってくれたんやろな?」

そうか。これは、風呂焚きに感謝しないといけないな!


「そやけど、もう1つ、あの池の水には別の効能もあるて分かったわ。これは、収穫や」

「?」

「あんさん、5つ6つ若返ってるんや。あの水には、そういう効能がある。若返りの水や。これ知ったら、村の女どもが狂喜するわ」

へえー。僕は、つまり高1くらいの歳に若返ったのかー。

しかも、僕史上ひさしぶりにスリムな体型になるおまけつき。ただ、ちょっとスリムすぎるなあー、まるでもやしみたいじゃないか?

「あんさん、股間を見なはれ」

えっと思って、視線を落とすと…。

「あ」

僕の股間のものは、けっこう目立つ立派なものになっていた。

「おばあ、ここは、なぜか大きくなってますうー!」

「それは、大きくなったんじゃのうて、たぶん元からその大きさや。体がしぼんだんで、相対的に大きく見えるだけや。うちのミは、そこのところよく見えてたから、惚れたんやろけど…」

え?ミ?惚れた?

そんな言葉がちょろっと聞こえたが、あまり気にしなかった。


「さて!これから、やけど」

今度は、何の話かと思ってると

「あんさんをこの村にずっと置いておくわけには、いかんのや」

と、おばあ。

えっ?ええっ?そ、それはちょっと困る。生きていくには、働かないと。

「おばあ、この村の風呂焚きに雇ってください。証明書は溶けてしまいましたが、腕は確かです」

「そういうわけにはいかんのや。あんさん、<みことさま>やから」

「だから、それは人違いだと言えば…」

「そうはいかんのや。<オタマ>の意思でな、人違いだと真実を言うことはできないんや。もし真実を言ってしもうたら」

ゴクン。僕は、思わず息をのんだ。真実を口にしたら、悪魔に心臓をつかまれるとか?

「べつに、何も起こらへんがな?」

なんじゃい!何もないのか。

「だいいち、あんさんが真実を言っても、この世界の人間は誰一人、信じないんや。それが、<オタマ>の決まりやから、しょうがない」

そんな…。

「あんさんは、ウソをつけない性分やろからさぞや苦しいやろが、我慢が肝心やでえー。すなおに、人違いに従うことや」


僕は、途方に暮れた。この先、どうやって生きていけばいいのやら。

「それじゃ、せめて少しの路銀でもいいから、恵んでください。助けると思って」

するとおばあは、首を横に振って

「それは、渡せないんや。これも<オタマ>の意思でな。別世界から召喚された人間は、一文無しの真っ裸でこの世界を放浪せないかんのや」

「えええええーーーっ???そんな…」

池に入っている時に飛んできた鳥に服を奪われたのも、<オタマ>の意思ってか…?

「そやから、あんさんは働くのも厳禁や」

え?え?ええええー??????

働かず、カネがなければ、遊ぶこともできないよー。野山の草でも食っとけって言うんかー?


「ああ、もう1つやけど、これも<オタマ>の意思やけど、村を1つ訪問するたびに、その村の女子を1人ずつあんさんの道行きに連れて行かなアカンのやけど」

「えっ!!!」

いや、これは、僕には願ったりかなったり、だ。なにせ、この21年間、一度も女子にモテたことがないんだから。僕がスリムだったのは5歳までで、小学校に上がるころにはもうおデブの仲間入りだったからな!


…って、そんなのんきなことを言ってるヒマはない。真っ裸で一文無しでしかも働いたらアカンのに、さらに各村から女子を1人ずつ連れ出せと!?

あっ!もしや、その女子たちが面倒を見てくれるとか?裁縫とか料理が得意なのを生かし、各地の村々で針仕事や飯炊きのアルバイトをして僕を食べさせてくれる。ほとんど髪結いの亭主だな。あるいは、ヒモか。でも、それはそれで気楽でいいな。


しかしそんな僕の未来予想図を、おばあがコテンパンにぶっつぶすのだった。

「ただなあー、これも<オタマ>の決まりでな、その女子も裸同然の姿で一文無しやないとアカンのや。つまり、訪れた先で女子たちを働かせてはアカン、というわけや」

「えっ!?」

そんな…。

「女子はいちおう真っ裸でなく裸同然でいいわけで、つまりは、あんさんの世界で言うところのぶらじゃーとぱんてぃーは付けれるちゅうわけや」


「おばあー。僕たち、野たれ死にしてしまいますー。そうだ、路銀、その地面の上にポイと捨ててください。少したってから、僕が拾います。それなら落し物拾い、ということで」

「アカン」

おばあは、一閃いっせんしてきた。

「そんなん、ワシは知らんがなー。あんさんたちの運命のままや」

「そんな、せっしょうなー」

自分だけならまだしも、女子を大人数連れて歩いて、それで行き当たりばったりの放浪とか。いったい、どんな罰ゲームなんだよ?


「それじゃ、おばあ。この村では、誰を連れていかなければいけないんです?」

「もう決まっとるわ。うちの、ミや」

ああ、ミッチャンか。

しかしミッチャンを連れていくということは、ミッチャンは僕を<みことさま>と思ってるということだな?

「あ、ミの記憶やけど、ここを出るときに消させてもらうわな。消すのはこの村で育った記憶と、あんさんが<みことさま>であるという記憶や。ちなみに、消すのはあんさんの仕事やでえー。あの池の水をこれに入れて持ち歩くんや。そして連れていく女子を連れ出すとき、ひとしずく、頭の上からかける。あんさんに惚れているという記憶だけが、残るんや。そういう術を水に施すから」

おばあが差し出したのは、透明な小さな水筒。中に、水が8割がた入っている。

「この<オタマ>と同じもので出来た水筒や。なぜか溶けないんや。きゃっぷにひとしずく分、入るようにしてあるから、これでかけるんや」


その夜は、おばあの家に泊まった。ミッチャンは、おばあの孫娘で、別の家に住んでる。

竪穴式住居だが、中は紐を架けそこに布をかぶせた壁で、仕切りを作っていくつかの部屋に分けている。

寝床は草を布で包んだシーツで、掛け布団はない。しかしそのシーツ、頭を載せるところが上手く盛り上がっていて枕みたいになっていた。

寝ころがった。ふと気づく。暑くもなければ、寒くもない。真っ裸でじゅうぶんに過ごせる適度な気温だった。

将来が不安だったが、僕は存外、のんきで、すぐに眠ってしまった。


チュンチュン。

スズメのような鳴き声で、目が覚めた。外を見ると、明るくなっている。

太陽がないのに、いったいどんなわけで明るくなったり暗くなったりしてるのやら。


外で小便をジャーと出し終えると

「起きたかえー?」

と、おばあが朝食を持ってきた。

「これが、この村であんさんに出せる、最後の食事や。食べ終えたら、すぐに表に出てや-。村の連中に見つからんように、ミと出発してもらうわ」

よく分からない穀物の飯に、よく分からない汁、総菜。それを箸でかけこむ。


食べ終え、外に出ると、遠くのほうでおばあが手招きしている。おばあのそばには、ミッチャンがいた。

僕は、股間のものをぶらぶらさせながら真っ裸でそこへ歩いて行った。


ミッチャンの姿は、ちょっと直視するには恥ずかしい、あられもない純白の下着姿…。

しかもミッチャンは、十代前半のわりに胸がすごく成長していて、僕は目のやり場に困った。

「あ、みことさまあ~♡おはようございますう~~♡」

ミッチャンが、妙に甘えるような言葉遣い。表情も、なんだか僕を見てウットリとしている。

「ほな、ミ、朝の儀式を始めるわな?下着を外し、みことさまに背を向けや~」

おばあは、ミッチャンに事情を話していないんだな。そりゃそうか、記憶を消すんだし、話してもしかたがない。

どん!ぼよよ~~ん!

ミッチャンが、僕の眼前で平気でブラジャーを外したもんだから、僕は

「わっ!!!???」

と驚いた。

ミッチャンが、おばあの指示に従い、僕に背を向けた。

《ふん、先行きは不安だが、こんなお胸の大きな女子と並んで歩けるんだから、これはこれで幸せだ》

僕はそんなことを思いながら、水筒のキャップに池の水をひとしずく分、入れると、ミッチャンの頭上にぱらっとかけた。


「おにいちゃん~~♡わたしは誰なの~?おにいちゃんのことはようく覚えてるけど、自分のことは思い出せないよ~♡」

ミッチャンの甘えるような、なんだか幼い感じの口調で声が背中越しに聞こえた。

おばあから、あらかじめ記憶を失くした女子に告げる言葉は言われている。

<きみの名前は、ミッチャン。僕のパートナー。僕とあちこちを旅してるんだ>

そう言おうとして、僕はふとミッチャンがこちらに真っ裸で振り返った姿を見て

「わっ?ミッチャン、こっち向いちゃ…」

と思わず言ってから

「えっ?ミッチャン、その姿は…」

と、ぼうぜん。

つい先ほどまでミッチャンは、だいたい中学2年生くらいの年代だったのに、いま目の前にいるミッチャンは、幼稚園児?いや保育園児くらいにしか見えない。そしてお胸はもちろん、完全にまっ平らに…。

「おにいちゃん、どしたの~?」


あ!そうか。あの池の水には、若返りの効能があったんだった。

忘れてた。僕は油だらけだったから5歳若返りで済んだが、普通の人間だったらひとしずくでも10歳若返ってしまうんだ。

というか、おばあが幼女用の下着をすでに用意してやがった。

おばあめっ!こうなるの知っていやがったな?

おばあが満足そうに微笑みながら、幼女になったミッチャンに下着をつけさせている。

僕は観念して

「きみの名前はミッチャンだよ。ミッチャンは、僕のパートナー。一緒にあちこち旅してるんだ」

と言った。

「おにいちゃん♡ぱーとなーって、なに~?」

すると、おばあが横から

「パートナーっていうのは、お嫁さんという意味やでえー」

わっ。

「そうなんだ~♡わたし、おにいちゃんのお嫁さんなんだ~♡うれしいナ~♡」


「じゃ、二人とも、もう発つんやろ?気を付けてな」

おばあに促され、僕とミッチャンは、歩き出した。

僕は真っ裸で、ミッチャンは幼女用の下着姿で。おかしな道行きの始まりだ。

おばあが、いつまでもいつまでもたたずんで、見送っていた。


~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~

「勇者」と「幼女」を見送り終えたコおばあは、家に戻ると、ガサゴソ、ガサゴソと、着ぐるみを脱いだ。

「ふうー、息がつまるかと思った~」

そこに十代後半くらいの女子が、ふらっと現れた。

「コッチャン、朝ごはんまだでしょ?早くお食べ」

「はーい」

十代前半くらいの女子が、元気よく駆け出して行った。


………


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