おばあが言うには
村の人総出による、<みことさま>こと僕への歓待が始まった。
一段高い舞台のような上座が作られ、そこに座らされ、右横のテーブルの上にはいくつかの大皿に山盛りの料理の数々。酒らしきものも、載っている。
目の前では、村の女子たち5人ばかりが笛や太鼓に合わせて、踊っている。
そして村人たちがわいわい騒いだり笑ったりしながら、酒らしきものを酌み交わしている。
《なんだ?このテンプレシーン》
なにかのアニメで見たような、既視感バリバリの光景。
料理を食べてみる。なんと?箸があり、それで食べるという…。まるで日本文化だ。
美味しい。肉を焼いたようなものやら、野菜を煮込んだようなものやら。
器は全部、木製だ。
飲み物を飲んでみる。ほのかなアルコール臭がした。酒だ。ただし、かなり薄い。
ただ…。
落ち着いて食べれる状況じゃない。僕は、真っ裸で、しかも前に遮るものが何もない状態。つまり…。
僕は、村人全員に、股間のものをぶらぶらと見せていた。
村人たちは、老若男女を問わず酒盛りの合間に僕のほうを見て
「みことさまー、ありがたやー、ありがたやー」
と手を合わせ拝んだりしてる。
僕の股間のものは、正直に言うが、あまり立派なものじゃない。昔からことわざで
<大きいカラダの人間は、股間のものが超小さい>
といわれる。僕は、まさにそうだ。110キロの巨体なのに、股間のものが二目とみられない極小。そりゃ、神殿の女子神官が目をそむけたくなる気持ちもわかる。この世界は、どうやら男子の股間のものを崇拝する世界らしい、から。
腹が膨れ一息ついていると、脇から小さな声で
「あんさん、あんさん」
と呼ぶ声がする。
あんさん?
「あんさんのことや」
関西弁みたいなイントネーションの声が聞こえたかと思うと、手首をつかまれた。
見ると、小柄なおばあさんが、いた。
ただ、おばあさんの姿は、村人たちの貫頭衣(布切れ1枚に穴を開け頭を通すだけの簡易な服)姿と違い、ちゃんと服を着ていた。それは、あの神殿の女子神官のようないでたちで…。
「あの、おばあさん、何ですか?」
「ああ、ワシのことはおばあ、でよろしをま」
よろしをま?完全な関西弁だぞ?
「あんさん、ワシの家に来なはれ」
僕は促されて、立ち上がった。村人たちが、一瞬静まり返る。
しかし、そばにおばあがいるのが分かると、一同ははーっと平伏したのちまたにぎやかに飲食を再開していた。
《この人、村ではかなり偉いらしい。長老かな?》
あと、このおばあ、僕を<みことさま>と呼ばない。
竪穴式の小さな住居に通された。
「あんさん、そこに座りなはれ」
「はい」
座ると、おばあが
「あんさん、<みことさま>やないやろ?」
と、いきなり直球をぶつけてきた。
しかし僕は、ホッとして
「そうです。僕は、<みことさま>じゃないです。人違いです」
と答えた。
するとおばあは、僕の顔をしげしげとみて
「ほおー、なるほどやな?」
というと、室内にある布をかぶせてある一抱えもあるような物体から、布を剥がした。それは、あの神殿にあったものとよく似ている大きな水晶玉。こちらのほうが、少し大きい感じ。
「あんさん、立ってこの前に立ち、これに触れてみなはれ」
僕は、その通りにした。水晶玉は、神殿のときと同じく、何の反応もしなかった。
「ほおー、なるほどやな?わかったわ、あんさんの事情。それに、あんさんの本性も。あんさんは、性悪な人間やないな?」
えっ?
「あんさんは、この世界の人間じゃおまへんな?神殿で召喚されたんやろ?そんで、人違いやちゅうて1年間風呂焚きをさせられたあげく、しゃばに出され、この村でまた人違いされたっちゅうわけやな?」
わっ!?すべてお見通しだ?
僕は驚いて、目の前の水晶玉をじっとガン見した。しかし水晶玉には、何も映っていない。
「あのう、おばあ。元の世界に戻りたいんですが」
「うーん。それはムリやな?」
がっくりー。
「あんさんがこの世界に召喚されたことは、事実や。それは、この<オタマ>の意思やから。あんさん、本名は何て言うんや?」
「あ、ミ…、ゆうしゃ・じろう、です」
僕は、ミコトと言いかけて、やめた。すべてがお見通しのおばあにウソをついても無駄だし、さらにウソを重ねてもいいことはないと思ったからだ。
「その名前で、勇者と間違われたと思うんですが」
というと、おばあはかぶりを振った。
「そうやないな?あんさんは、まぎれもなく、この世界に召喚された勇者や」
「え?」
「間違いないでえー。この<オタマ>が、そう言うてはるから間違いない」
「………」
「ただ、あんさんの属性は、人違い、やな?」
「?」
「あんさんは、これからもこの世界で、たぶん死ぬまで生きていくことになるやろが、一生、人違いされ続けるやろなー。でも、しゃーない。それは、あんさんにこの<オタマ>が運命づけたことやから。その人違いには、素直に従うことや。逆らってはアカンでえー。流されて流され続けたその先に、あんさんはこの危機に陥った世界を救うことになるんやからー」
僕は、おばあの顔を穴のあくほど見つめた。信用していいのかな?
「ああ、自己紹介するの忘れてたわ。ワシは、この王国の元神官長で、名前はマナ・コや。村では、コおばあと呼ばれとる。字は、こう書くんや」
と、おばあは、紙に<愛・古>と書いた。
「この字、あんさんの世界の字に見えるやろ?それはなあ、あんさんにだけそう見えるだけや。食事をとるときの食器類もあんさんの世界のもののように見えるだけや。ここは、あんさんの世界とはまるで違う別の世界やから、そのことは頭に叩き込んでおくんやでえー」
「………」
「この<オタマ>は、世界に2つしかないんや。というか、本来は神殿に2つそろってあるべきものなんやけど、事情があって別々の場所に置かれることになってしもたんや。神殿にあるほうは小さいほうで、こっちにあるのは大きいほうや。つまり、向こうがサブで、こっちがメインや。向こうのは、ちと不備があるオタマで、それであのくそじじいがあんさんを偽勇者と間違えたというわけや」
《くそじじい?あの小柄な老神官のことか》
うーん。どうやら、覚悟を決めないといけないようだ。元の世界には、一生戻れない。そして、僕には、この危機に陥っている世界を救う使命が課せられている…。
「ところで、おばあ。この世界の危機って、何ですか?」
「それがなあー、わからんのや」
「えっ?」
「<オタマ>が別世界の人間を召還した時、それが危機の始まりやから」
「………」
「厄介なことに、今までのこの世界の数億年の歴史で、こういうことは史上初めてなんや」
「えっ?」
「この世界の創造主が書き残した言葉に<この世界が危機に陥るとき、オタマの意思で別世界の人間が召喚される。みな、その人間を人違いしまくる>とあるんや。だから、あんさんが人違いされまくってるということは、あんさんがこの世界を救う真の勇者である証拠なんや」
「………」
「ちなみに、この創造主の言葉は口伝なんやけど、あの神殿のくそじじいはそれをまったく知らんのや。この王国では代々、女子の神官長に口伝されるんやけど、三十年前、女嫌いのくそ王、この王は女子でな、その王がワシを放逐してもうたんや。ほんま、女の敵は女とはうまいことを言うたもんや」
なんとも、酷いありさまだ。危機の内容も分からない。どう救えばいいかも、分からない。剣を取って、仲間を集め、魔王を倒すというテンプレじゃないんか?
「あ、おばあ。神殿で、僕のすぐ後に、やまだ・じろうという男子が召喚されましたが?」
「え?ほんまか?」
おばあは、驚いたような表情に。
「彼も、勇者ですか?」
「あんさん。そいつの風貌は、覚えとるわな?」
「はい。忘れようとしても忘れられません」
あんな筋肉ムキムキ人間、羨ましくてしょうがないからな!
「そいつは、危険な人間や。もし出会ったら」
僕は、息をのむ。もしそいつに出くわしたら、殺さなければいけないのか?
「もし出会ったら、そいつと親友にならなアカンでえー」
「え」
「危険だが、そいつはオタマから授けられたなにがしかの運命を持ってるはずや。それを生かすも殺すも、あんさんしだいや。うまくいけば、この世界はより良くなるはずや」
やっと、話が見えてきた。