森の池でスッキリ
さて!
と意気込んでみたが、この世界についての知識はゼロなので、どこへ行けば風呂焚きの仕事にありつけるのかわからない。
いっしょに釈放された風呂焚き仲間たちは、いつの間にかどこかに消えていた。
何もない木も生えていない荒野が、目の前に広がる。
少し歩いて後ろを振り返ってみると、ごつごつとした岩山がそびえていた。あんな中にいたのか、僕は。岩山のてっぺんに古代ギリシャの神殿のような建物があるのが、見えた。どうやら僕は、あそこでこの世界に人違いで召喚されて、人違いとわかって強制労働をさせられていたようだ。鈍感脳の僕でも、ようやく事情が呑み込めてきた。
しかし、僕と間違われたあの真の350番くんは、どこに連れられて行ったのかなあ?
さわやかに吹き通る風。
しかし、そのさわやかさも一瞬で、僕の鼻はすぐに超油臭いにおいで詰まりそうに。
えーっと、どこかに水道はないか?
…って、何もない荒野にそんなものあるわけないし。というか、この世界の文明レベルはどうなんだろう?水道があるのかないのか。この弥生時代っぽい服からすると、古代文明レベルかもしれない。
しかたなく、またとぼとぼと歩き出す。
空がとても明るい。太陽があるのかな?と思って空を見上げてみたが、空のどこにも太陽らしきものがなかった。おかしな世界だ。この光源は、何なんだろう?
とぼとぼと小一時間くらい歩いただろうか。
不意に目の前に、大森林が現れたんでビックリした。小さな岩山のそばを下り、ひょいと曲がったところに、こんな大森林が隠れていたとは。
大森林といっても、熱帯雨林のようなジャングルではなく、ヨーロッパのような木がまばらの感じだ。とても歩きやすい。
ふと目の前に、とつぜん小さな池が出現した。青色に輝く、美しい池だ。
何と都合の良い。僕は、布1枚で出来た服をパッと脱ぎ捨て、布靴も履き捨てて真っ裸になって、ドボン!と飛び込んでしまった。
なんとも軽い気持ちだった。
「あー、極楽、極楽」
風呂じゃなかったが、僕は露天風呂に浸かっているような感想を思わずつぶやいた。
ほんと、池の水に首まで浸かっていると、なんだか体がどんどんスッキリしていくような。そりゃ、あれだけこびりついた油が剥がれていっているんだから気持ちいいに決まってる。
体がとても軽くなった。
気持ちいい。もう少し入っていようと思ったそのとき、1羽の大きな真っ黒い色をした鳥がバサッと池のそばに舞い降りたような。
見ていたら、なんと?僕の服をくちばしにくわえて、すぐに飛んでいってしまった。
「わー?やられた!」
僕は、池から飛びあがるように立ち上がった。
ふと思い出して、ヴァイキングおっさんからもらった風呂焚き証明書の紙切れを探すと…。
なんと、池の水の上にプカプカと浮いていた。
よかった、と思って手を伸ばしその紙切れに触れたとたん。その紙切れはシュルシュルシュル~と散り散りに溶けて、なくなってしまった。
「えええええーっ?????」
わあー?どうしよう?大変なものを失くしちゃったぞ。
さすがにのんきな僕も、途方に暮れて池のそばでぼうぜんと立ち尽くしていると
「キャアアアアアア~~~~ッ?????」
とつぜん森林に響き渡る、女子の声らしき大音声の悲鳴。
えっ?と思って、見ると、僕のすぐ目の前に、いつの間にいたのか、一人のうら若き(年のころ、中学生くらいの年代の)女子が、両手のひらで顔を覆って、地面にひざ立ちしていた。
その女子は、僕が着せられていた例の布1枚の服を着ていた。髪は染めているのか鮮やかな紫色で、肩までのセミロングな。顔は、なかなかかわいい感じだ。
しかし…。
おいおい、僕のあらわな股間を前に手で顔を隠すのはいいが、その手、指と指の間が大きく開いているぞ。事実上、僕の股間をガン見していやがる。
しかし、ちょうど1年前か、神殿に召喚された時、女子の神官は僕の股間から目をそむけてたなあ。そのときに比べると、満足感はハンパない。もっと見ろ、もっと見ろ。
…って、こんな羞恥プレイをしてる時じゃない。
そばに生えていた葉が広がった草を引っこ抜いて、股間を隠すと
「きみ、名前は?」
と尋ねた。
「わたしは、まな・み、といいます。こんな字です」
と彼女は、服のポケットから紙を取り出し、筆でさらさらと字を書いた。
<愛・美>
あ?日本語だ?それじゃ、ここは…
「あの、ここは、日本ですか?」
すると愛美さんは
「に、ほ、ん?それは、どこの地名ですか?」
と。
うーん。がっかり。やっぱりここは異世界なんだ。
「これ、漢字ですよね?」
いちおう、念を押す。
「か、ん、じ、って何ですか?」
うーん。
「この字は、王国の公用文字で、わたしたちは国字と呼んでいます」
「ところで、あなたさまはもしや、みことさま、ですか?」
愛美さんが尋ねてくる。
みこと?
あ、そうか。僕が間違われた男子の名前だ。ただそいつと僕は、まったく外見が違うんだがなー。背は同じくらいだったが、あちらは痩せていて、そんで6つ若い青年?少年?こちらはぶとっていて、二十を超えたおっさんだ。
ま、いちおう風呂焚きで働くにはそっちの名前のほうが都合がいいから、うなずいておこう。
「そうですが」
と答えると、愛美さんは飛び上がるように立ち上がり、そしてまるで水戸黄門にするかのようにははーッと平伏してしまった。
「みことさまー!みことさまー!ありがたやーありがたやー」
「はあ!?」
「あなたさまは、やっぱりみことさまであらせられるのですねー?ああー、これで村は、救われるー」
うーん。なにか、話が意味不明だ。
愛美さんのようすから察するに、どうやら僕はまるで神さまに対するような態度を取られているらしい。
「あのう…、愛美さん。その、みことさま、というのは何ですか?」
ミコトと名乗っておいてその質問はないだろう?と思ったが、知らないままでテキトーに話を合わせるのも面倒くさいからだ。話を聞いてああ人違いなんだと気づいたら、いいえ僕は違いますよと言っておけば面倒な演技をしないで済むし。だいたい、ウソにウソを重ねウソを上塗りしていくとバッドエンドになるというのが普通なんだ。
「みことさま、というのは、千年に一度現れると王国で信じられている<みことさま伝説>のことです」
「愛美さん、失礼ですが僕はその<みことさま>じゃありません。たしかに僕の名前はミコトですが(これも偽名だが、就職に必要なんで)、そんな大げさな存在じゃありません」
僕は、はっきりと人違いであると断言した。
ところが。
「あなたさまが<みことさま>であられる証拠が、3つ、あります」
と愛美さん。
「その証拠とは、何です?」
「それは、<みことさま>であるあなたさまにもお教えするわけにはいきません。村の秘伝ですから」
もう、取り付くしまもない。
「では、わたしの村に<みことさま>をお迎えします。ちょっと、その前に」
と愛美さんは僕の股間の草の葉っぱをひょいと、手で剥がしてきた。
「わあー?愛美さん?何をするんですうーっ!」
僕は慌てて股間を手のひらで隠そうとすると、愛美さんは
「<みことさま>ー!尊い場所をどうか隠さないでくださいましー!そこをそのようにお隠しになると、わたし、わたし…、エーン、エーン!悲しくなって…、エーン、エーン!」
と涙ぽろぽろ、大泣きを始めてしまった。
しかたなく、僕は手のひらで隠すのをあきらめ、股間のものをぶらぶら状態に…。
「それから、<みことさま>、わたしのことは、名前でお呼びください」
え?どういうこと?
「わたしは、姓は愛で、名が美です」
大陸系みたいな名前だな。それじゃ
「ミイさん」
「違います。ミ、です」
難しいなあー。
「それじゃ、ミッチャンでいい?」
「しかたない、ですねー。それで、いいですー」
幸い、布靴は鳥に持っていかれてなかったんで、それを履き少し歩いた。
やがて森が開け、ところどころに日本史の教科書に出てくる竪穴式住居そのものがちらほらと見えてきた。そして、水田に似たようなものも、見えてきた。
ミッチャンが
「先触れしてきますー」
と駆け出した。
*****先行したミッチャンが村民の女子(年のころ20歳くらい)と、した話*****
「ミ、間違いないの?<みことさま>で」
「間違いないと思うわ、お姉さん」
「池で水浴びして無傷で出てきたんだよね?」
「うん、見た」
「真っ裸で、尊いものをぶらぶらさせてたんだよね?」
「ぶらぶらさせてたわ」
「それで、ミはそのかたのこと…」
「ひとめぼれしちゃった~~~ッ♡わたし、こんな気持ちになったの、生まれて初めて~♡わたし、<みことさま>と結婚したい~♡」
「それなら、3条件がそろったわけだね。これは、めでたい!すぐに、村じゅうに触れ回るわ」
また、間違われた。いったい、どうなってる?