プロローグ
みんなは、吸血鬼という存在を知っている?
もちろん、実際に会ったことがなくても物語や映画の中で知っているという人も少なからずいるだろう。と言うか、そんな人ばかりだと思う。僕、フォン・ハイランズだって物語の中でしか知らない。
知っているとは思うけど吸血鬼は、生物の生き血を吸い、生きながらえる魔物とか怪物と言われている。太陽の光を嫌い、日の光を浴びるとたちまち灰になるという。吸血鬼か確かめる方法のひとつは鏡に映るか否か。十字架とにんにくを苦手とする。心臓に杭や銀の弾丸で撃たれないと決して、死ぬことはない。僕ら人間だってそんなことをされたら死んでしまうことは変わらない。吸血鬼は本当にいるのかいないのか解らない存在。
僕にとって、きっと他人にとってそうだった。
あの日までは―――。
僕が小さい頃、双子の妹が目を輝かせながらこう言ってきた。
「ねぇねぇ。フォン聞いて。あたし、吸血鬼に会っちゃった」
そんな妹、メルディの言葉に怪訝な顔を一瞬してしまった。慌てて、読んでいた本へと視線をうつす。そんな僕の顔を彼女は見逃さない。
「信じてないでしょ?その証拠にほら。見て、ここ」
メルディはそう言うと、まだ白く細い自分の後ろ首部分を指さした。そこには小さくだが深い穴がふたつ空いていた。その傷をじっと見る。
「虫とか動物じゃないの?」
ダニだったら嫌だなぁ。まだ、一緒のベッドで寝ている僕は妹の身より我が身を心配した。
「信じてないならいーよだ」
と、僕に向かってあっかんべーをする。同じ顔にされるとなんだか不思議な気分だ。
メルディは、その生々しい傷口にまるで宝物を隠すかのように器用に絆創膏を貼る。ママが発見しょうものなら発狂しそうだ。
また僕は本へと視線を戻す。そのときに読んでいたものが偶然か、はたまた必然か分からないけど『吸血鬼』に関するもので、吸血鬼に血を吸われたらその人も吸血鬼になってしまうというパニックホラーだった。うん。こんなもの子供が読んじゃいけないね。トイレに行けなくなったらすすめたパパをたたき起こそう。文字通り殴ろうと思う。僕は横目で妹をこっそりと見る。こういう場合、メルディに噛まれたら僕が吸血鬼になり、パパとママに噛みつき、吸血鬼ファミリーの完成。何てファンタジーだ。いやいや。そうじゃなくて、外に遊びに行けなくなる。でも、夜の公園もなかなかミステリアスで魅力的だ。なんてぼんやり考えていたら、窓際に座っていたメルディと目があった。
「フォン。羨ましいの?」
「羨ましくないよ。痛そうだし」
実際、傷跡はあるけど血が出ているわけではないので痛くはないと思う。これじゃまるで、僕は臆病ものだ。まぁ、当たっているけど。メルディが四つん這いでニヤニヤしながら近づいてくる。なんか嫌な予感がする。案の定、
「噛みついてあげようか?双子の吸血鬼ってステキじゃない?」
そうだね。僕ら可愛らしいし。そんな吸血鬼がいたらステキだね。って、思わないっーの。バカ!歯をカチカチ言わせるな。
そんなとき、ガチャリと音を立ててママが入ってきた。
「もう、寝なさい」
ここで、メルディの吸血鬼化計画も一旦終了。僕らははぁいと生返事をしてベッドに潜り込む。
「さっきのことはママたちに内緒だからね。もし、言ったら噛みついちゃうから」
と、いたずらを企てる子供っぽく隣でメルディが言った。実際、僕らはまだ子供だけれど。
その後もメルディが、にんにくを食べなくなることや鏡に映らなくなることなく僕らは成長した。
そして、数年が過ぎ僕らは、18歳になった。
今の僕なら言える、そんなの幻想だ。と。