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怒り屋本舗  作者: ルイファン
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~あなたの怒り、代行します!~

最近、謝罪代行っていう仕事があることを知り、謝罪代行があるのなら怒り代行があってもいいじゃない?ってなって殴り書いてみました。書いててすごく気持ちよかったです。

怒り屋本舗~あなたの怒り、代行します!~


 俺の名前は柿本一哉。Webライターだ。

 こういうノベルものの出だしは自己紹介と相場が決まっている。この話ももちろん例外ではない。というか、むしろここにしか俺の出番がないといったほうが正しいだろう。

 なぜなら、この話に出てくる人物--これから取材をする人物というのは、一度喋り出すとボイスレコーダーの容量を使い果たすまで話が終わらない程うるさ……元気な女性なのだ。

 現に俺は彼女の話をもうかれこれ2時間以上は聴き続けている。そして、その間俺は一言二言しか話していないし、それもせいぜい相槌程度であった。会話とは何か、問いただしたい気分になる。

 さて、なぜおれはこういうことになっているかというと、今朝出社したら普段からいやらしく気持ち悪い笑顔で有名な編集長がこれまたその不快感極まりないシミ面を近づけて、


 「変わった仕事で成功している奴がいるから取材してきてくれ」


 ……の一言と名刺だけ渡され外に放り出したからである。外で取材するのはむしろ好きなほうではあったのだが、デスクに座るメンバーたちのどこか気の毒そうな視線に違和感を禁じ得なかった。しかし今なら分かる。俺はかわいそうな人間だ。そしてできることなら今日の朝にタイムスリップをして仮病でずる休みでもして、次の職を探していたい。

 ……と、まあ、前段はこれくらいにしておいて、俺が彼女に会った時のことをレコーダーに記録しているので、それをお聞かせしよう。


 


「ええ? 私の取材をしたいだ? 

……まあ、別にいいけど。ちゃんと宣伝しなさいよね。で、テーマは何よ。

……はあ? 密着取材したいだ? バカ言ってんじゃないわよ! 

大体ね、こっちはあんたらと違って暇人じゃないのよ! いい? あたしたちはね、依頼人のセンシティブなところを扱っているのよ? それを分かって言ってるわけ?? 

……だーかーらー、個人名出すとか出さないとか関係ないでしょ! こっちには『守秘義務』があんのよ! 内容から推測されて依頼人がばれたらどうなんのよ! 責任持てんの? 


……ええ、ええ


……ならとりあえず仕事内容だけでも聞かせろだって? それなら求人雑誌でも読んでろバーカ!! そうそう、もうこれなんだけどさ、かれこれ半年くらいずーっと求人雑誌に出してんのにぜーんぜん応募が来ないのよね。どういうこと? こんなに福利厚生も充実してて、給与も未経験でも月給30万プラスの歩合制よ? しかも年齢制限もなしだし。言っとくけどこのご時世でこんな異常な好待遇な職場なんてね、あり得ないからね? あんたの会社よりもいいでしょ? 

……嘘なんか書くかボケっ!! てめーの会社と違うんだよ!! 今3人でやってるけど、みんな好きな日に休んでるわよ? この前のアンジェリカ――アンジェってーのはハーフで帰国子女なんだけどね、ロックフェス行きたいからって前日よ ? 前 日 。それも夕方に「あのー言い忘れたんですけどー、明日フェス行くから休みます―」つってさ。その時たまたま次の日が案件埋まってなかったからオーケーしたけどさ、そーいうことも全然普通だからね? あんたんとこでそれやったら顰蹙もんでしょ? 休日出勤もあるっちゃああるけど絶対振休させるし。夜も入るときはあるけどその分はちゃんと給与に反映させてんだから。あんたんとこと違うのよ!!

……いやいや、別にうちでもそうだしって? それなら胡散臭いから来ないだって? どこがよ。どこがおかしいってんのよ。こっちはね、誠心誠意で『怒ります』つってんでしょ! 『怒る』のが商売なの。分かる?

いいかしら、この世の中にはね、怒りたくてもね、言いたくても言えない人がもう、ごまんと居るわけよ。そうでしょ? あんたもそうでしょ? 毎日毎日クソ禄でもない奴に頭下げたり意味不明な言動を受けるわけじゃない。一理二理あるかもしれないけれどさ、そんな言い方ある? みたいなてめー何様だ? みたいなのあるでしょ!

……そう、そうでしょ、あんたにもあんでしょが、例えばこんなバカげた取材依頼を指示したボケナス上司とかさ! 

 ……ボケナスじゃないって? 会社で電話してるからそんなこと言ってるだけでしょ?

 ……受話器から声が漏れてるから言わないでくれって? ならもっと言ってやるわよ。ボケナス上司ボケナス上司ボケナスじょーーーーしーーーーーー!!! アッハッハ!!! これでもこの広幡林檎様に密着取材したいってーの?? ちょっと聞いてきなさいよ。


 ……ちょっと傷ついたって? ハハハハハハ!!!! あったん前でしょ?? 傷つくようにわざと言ってんだから。 こういうことよ こ う い う こ と 。私達の仕事っていうのは。ぶっちゃけちょっとスッキリしたでしょ? どうよ。

 ……いいのよいいのよ言わなくても分かるわ、これまでの受け答えで大体分かってっから。で? これでも思いは変わんないの?

 ……へえ、いいんだ。

……まだいいって一言も言ってないから。さっきも言ったけどね、『守秘義務』があるから。ここにきている人たちは本当に困ってんの。日々言いたくても言えない思いを抱えて生きてきているわけ。人ってね、傷つけられた心を発散させないとね、どんどんどんどんストレスになっていくのよ。言われ続けて、痛められて、そこで言い返せる人ならいいのよ。だけど、そうじゃない人だってたくさんいるでしょ。そんなときに私達の出番な訳。私達が依頼人になって『それは違うだろ』って言う訳。


……そんなの百も承知よ。あんたそれでも記者? そんな愚問は小学生でも思いつくわよ。バカバカしい。現に毎日多くの依頼人が来るわよ。本当のこと、みんな隠して生きているのね。あんただって隠し事の一つや二つあるでしょ? で、できたら自分の手を汚さずに寝て起きたら解決していたらいいだなんてあわよくば思ったりもするでしょ? 違う? それと同じよ。なーんにも違わない。

例えばよ? 例えば。あんた、奥さんいるの? ああ、まだいないの。へー、もういい歳なのにまだいないんだー。結婚して初めて男は一人前になるのよ。あんたはまだ半人前以下。男としての責任の半分も果たしてないわ! 結婚しないと会社でもいいポジションにつけないぞー! それでもいいのかー! うだつあがらないぞー! ――って毎日毎日毎日毎日同僚や先輩や上司、さらには後輩からも言われてみなさいよ。後輩なんかもっと酷いかもね? 『俺、もう結婚して子供もいるんっすけどーww この前娘が初めて歩いたんっすよねー。日々の成長にマジ感動っすww』みてーなさ? てめーの脳みそはハナクソかって思うでしょ?

……でしょ? 分かってきたじゃないの。あんたも大変ねー。

……はあ? 私の言い方が特別ムカつくだ? さして違わないでしょが。大体それと近しいこと言われても想像以上に傷ついてるわけでしょ。年頃の独身に対して言うことじゃないでしょ? ナイフでグサグサ刺されているようなもの。で、そんなときに茶化したりできるようなら別にいいけど、そんな人ばっかじゃないでしょ。だから私が出てこう言うの。『結婚結婚るっせーんだよ! てめーらのようなハゲ頭と鳥みてーな髪形見てっと反吐が出るんだよ! ちいせえ事うだうだうだうだうだうだうだ……そういうつもりじゃなかったら何言ってもいいのかこの野郎。てめーの娘川に流すぞこの野郎。ああああああ???』


……まあ、ここだけ見ればただのヒステリーおばさん……おばさんだああ??? あたしはまだ32だってーの!! どこがおばさんよ! お姉さまだろーが!! てめーめった刺しにされてーのかよ! 内臓グッチャングッチャンにされてーのか!!

 ……謝って許されたら警察いらねーってーの。でね、たしかにここだけ見たらそうなんだけどさ、あたし達が凄いのは『依頼人とは関係のない人を装いつつ、依頼人が積み上げてきた怒りを一掃するように怒鳴りつけて、ターゲットの無様な姿を依頼人に証拠として渡してスッキリしてもらって、その後の生活においてストレスの要因を完璧に取り除いて差し上げられる』所なのよ。クズっちゃあクズよね。それでもいいのよ。意外とだんまりしている人ほどクズだったりするんだから怖いわよね。裏で何を考えているのか分からない。

 ……いい質問ね。そう、実は私って依頼人とは直接話さないの。つまり任務遂行までに私は一度も依頼人と会わないの。依頼人と話をするのは別の子がいてね。リリっていうの。その子がすっごいかわいくて清楚で野に咲く一輪の花って感じの大人しい子なのよー。この人なら自分のことをわかってくれるって思うんでしょうね。もう、べーらべら喋るわよー。1時間くらい延々と。ちなみに、こっちはあくまで案件のレベルで金をとるようにしているから、ここでべらべら喋る分には追加は発生しないようにしているの。大事なことだからね。依頼人の怒りの種を全摘出するには最初の相談が非常に大事になってくるの。だからあえて時間制限はかけない。その代り費用はそれなりにいただくの。プロだからね。で、話を伺った上でミーティングをして『誰が、誰を、いつ、どこで、どの様に、どれだけ怒鳴りつけるか』を決める。大体私かアンジェがやるんだけど、たまーにリリがやることもあるわね。ケースバイケースで最小労力で最大限に相手を傷つけて、依頼人の実利を得るっていうことをするの。今のだって、ただ単に怒鳴りつけるんじゃなくって、そこに行くまでの土台作りから私たちがやるから。怒鳴られることの必然性を与えるのよ。外堀を埋めて全方位から突撃するの。だからターゲットもひれ伏す他ないって訳。こんなのでお金になるのかしらって思ったら意外とお金になるんだから驚きよねー。なんでも、カウンセラー通い詰めるよりも安いんですって。私からしたらこんなに楽なことで稼げていいのかしらってたまに思う時あるわ。

……もちろん難しい案件もあるわ。そういうときはすごく悩むけど。

 ……ま、こんなところね。ほらほら、仕事内容話してやったんだからもういいでしょ? これでも密着取材するなんて言いだしたら殴り倒すからね? はいそれじゃあさいなら。


 ……密着したいだああ?? バカつってんじゃねーぞオラッ!! もう話にならねー。それじゃあ……はあ??

 ……ねえ、あんた正気?

 ……まあ、確かにそーだけど。ま、取材目的でしょ? でも、それでもいいわ。来なさいよ。話はそれからね。


……いつでもいいわよ。それじゃあ19時に事務所で。場所は分かるでしょ? 

……そう、そこの角にコンビニあるでしょ? その並びをまっすぐ行って二つ目の角を左に入って路地裏に入ると路地裏には似つかわしくない敷地の建物があるからそれね。


……ああ、建物は知ってた? 宗教団体の建物かと思った? 失礼ね。私の趣味よ。住む場所と仕事をする場所には妥協したくなかったの。都会なのに物静かよー。伸び伸びと仕事をしたいからね。


……ああ、仕事内容はピリピリしてるけど。私がやりたいことをやりたい場所でやりたいだけやるっていうのがポリシーなの。


……もう、天職かもしれないわね。ある意味。モノ言うことに関しては小さい時からずば抜けていたからね。そういう才能っていうかノウハウはみんなと共有できたら最高じゃない。


……何言ってんの、怒るのも才能のうちよ。じゃ、そういうことで。よろしく。


これで、あんたも私たちの仲間ね」

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