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暗闇革命 01 ─希望の聖翼─  作者: 遠野 葉月
ACT01 宣告(sentence)
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02

 ここ新幕張中央大学付属高校は、元号が平成の頃に創立された旧千葉県立幕張中央総合高校に端を発する。


 戦後、空襲被害地の復興や各種ライフラインの再建に多額の歳出が必要となった県は、名前に「千葉」を冠する6校を除く全ての公立高校を民間に払い下げることを決定した。当時、付属校を持たなかった新幕張中央大学がそれを買い取り、56年の歳月を経て老朽化していた校舎を改修、今に至る。


 幕張中央総合う高校時代の校舎をそのまま改修しただけのため、生徒の数に反して物凄く広い。麗乃たちの教室のある普通教室・管理棟、通称北校舎の2階から南校舎の屋上──階数で言うなら8階目──まで行くのには、エレベータを使っても4、5分はかかる。


 パート練習をしているオーケストラ部や合唱部の間を縫うようにして疾走し、ちょうど誰も使わずに停止していたエレベータに飛び乗る。イライラするほどゆっくり上昇するエレベータは、幸い途中の階で止まることなく屋上まで辿り着いた。


 ぽーん、と音がして、エレベータが停止する。ゆっくりと開いていく扉に無理やり体をねじ込み、広大な屋上に足を踏み入れ、走りながら端末を見てみると、ちょうど16時30分だった。


 ──が、麗乃を呼び出した張本人の姿が見当たらない。


 だいたい、東校舎の屋上といっても100坪以上ある。屋上のどこかもうちょっと詳しく説明しろよ、と思いながら、西日の射し込むど真ん中で立ち止まった。


 再び端末を取り出し、校内LANのアプリを開く。履歴の上の方に表示されている「伊集院 薙沙」の5文字に触れ、ショートメールにするか通話にするかで3秒迷ってから通話ボタンを押した。


 コール音がきっかり3回鳴ったところで相手の応える音がする。ぶっきらぼうな声が、麗乃の耳朶を打った。


『…………何の用だ』


「先輩、──今、屋上のどこですか」


 麗乃の苛立ちが伝わったのかもしれない。向こうが小さくため息を吐く音がする。──その音に、思わずむっと唇を尖らせた。やはり、なんでこんな人が学校中の女子から人気があるのか理解できない。


『エレベータの扉に背を向けた状態で、右手に見える貯水タンクがあるだろう。その陰にいる。────とっととこい』


 一方的に通話が切られる。端末を鞄にしまい、タンクの裏側に回り込むと、タンクに取り付けられた鉄梯子にもたれる人影があった。


 伊集院薙沙──新幕張中央大学付属高校の元生徒会長、そして5学期連続全校主席。


 その側まで、ぱたぱたと駆け寄る。薙沙が、閉じていた目を開いて麗乃を一瞥した。


 この学校の男子の制服は、白いワイシャツと灰色のズボン、紺のブレザーに水色のネクタイだ。だが、彼の服装はもはやその面影すらない。


 白地に黒の軍服と、戦闘用に軽量化された金属靴(ブーツ)。長めの髪の間からのぞく切れ長の双眸が、睨むように麗乃を見据える。


「なんでこんな判りにくいところで待つんですか。呼び出したんだったらもうちょっと目立つところにいて下さい」


 麗乃が不満げにぶちまけると、彼は、ふんと小さく鼻を鳴らして言った。


「…………一緒にいるところを他人に見られるのはあまり都合良くはないだろう。互いにな」


「私は彼氏とかいないんで気にしませんけど」


 他の女子、──特に真帆なんかに見られたら少ししんどいけど、そう心の中で呟く。真帆あたりが見たら「やっぱコクったの?!」とかなんか言われそうだ。そして言いふらされそうだ。やっぱり見られたくない。


 薙沙が小さく口許を歪める。あまり表情に変化がないため、笑っているのか不機嫌なのかよく判らない。


「そういうことではないけどな、────まあいい、じきに解る」


 言い方がいちいちまわりくどい。見下されているというか、弄ばれている感に、麗乃は小さく眉をひそめた。


「俺は、────────」


 ────その時。


 ビイイィィ────ッ!


 突如、校舎だけでなく大学や付属小・中まで含めた敷地全体に、鋭い警告音(アラート)が響き渡った。


「なんですか、……これ」


 麗乃がそう問うても、薙沙は何も答えない。大きく空を仰ぎ、その目で遥か彼方を睨む。黙ってその横顔を見上げていると、彼がふとこちらに視線を落とした。


「LANを見てみろ。何か来てないか」


 言われ、鞄を開いて端末を取り出す。画面を点けると、確かに1件通知が入っていた。


「あ、……ありました。学校管理部からです」


 読んでくれ、と、向こうに目をやったまま彼が言う。もう少しなんつーか頼み方があるだろ、と思いながらも、逆らうほどの度胸はないので黙って通知タブに指を触れた。


「えっと、────ただいま、海浜幕張区の防衛レベルが交戦準備(レベル7)に引き上げられました。……は?あっすみません。2050年から現在まで逃亡を続けるB級戦犯(クラスB)が、当校敷地内に潜伏している可能性があります。すでに帰宅している生徒は、自宅で待機して下さい。部活中の生徒は、至急体育館に集合し、部長の点呼を受けて下さい。……今日の部活は休むと言いながらもまだ学校にいる私はどうするべきでしょう」


「ここにいろ。……下手にうろついた方が危ない」


 薙沙の言葉に小さく頷き、端末を放り込んだ鞄の持ち手をきつく握る。タンクの端からおそるおそる顔をのぞかせると、麗乃の視界に大きな黒い物体が飛び込んできた。


 ステルス塗装された政府軍隊のヘリコプターだった。僅か2週間前に納入されたばかりのF改-063、日本の最先端技術を結集した機種である。


 校舎の上空でホバリングする機体から、迷彩服に身を包んだ成分軍人が降下してくる。──その数、およそ20人。


「あの、先輩」


 判ってる、と薙沙が囁いた。屋上で人が隠れられるのは、エレベータの陰かここしかない。軍人たちがこちらにやってくる可能性は充分にある。────と、


 政府軍人が5人、いや6人、短機関銃(サブマシンガン)を携えて駆けてきた。そのうちの1人が怒鳴る。


「民間人と思われる少女1名を発見、──この学校の生徒と見られます。至急保護に移ります!」


 何が何だかよく解らない。左右を見回して慌てていると、軍人の1人が麗乃の腕を掴んだ。


「────────いやぁッ!」


 思わず漏れた叫び声が、タンクに反射して消える。そして──麗乃の左腕を掠めて飛来したレーザーが、腕を掴んだ軍人のみぞおちを貫いた。


 顔を上げる。そこでは、軍人から奪ったのか、短機関銃(サブマシンガン)を抱えた薙沙が、仁王立ちをしてこちらを睨んでいた。


「…………そいつに手を出すな」


 ────静寂が、屋上に満ちた。


 一瞬の空白の後、我に返った軍人の1人が、再び無線で怒鳴る。


「────隊員1名被弾、腹部を負傷!発砲者は《殺戮者(スラウター)》、──F改の展開を急げ!」


 「あっ」


 地べたにぺたりと座り込みながら声を漏らす。麗乃の近くにいた軍人たちは、およそ3通りに分かれていった。タンクの向こう側の十数人と合流する者、麗乃と薙沙の間に膝立ちになって薙沙を照準する者、そして給水パイプを伝って降下していく者が1人。


 小さく舌打ちをする気配──そして、薙沙が叫んだ。


「────みらい!」


「撃て────────ッ!」


 軍人の怒号が追随する。立て膝になった軍人2人の短機関銃(サブマシンガン)の銃口が、その声に合わせて火を吹いた。


 薙沙が、跳んだ──のだろう。2人の軍人を飛び越えて、直後には麗乃の前に立っていたのだから。よく判らなかったのは、その瞬間に、視界全体が白い光に照らされたからだった。


 目の前に立つ薙沙の視線は、麗乃を見てはいなかった。もっと後ろの方だ────


 そちらを振り返ろ、


「やっほー、ナギサ。どうしたのいきなり」


「ふぎゃっ」


 背後に女がいた。ついでに変な声が出た。左足だけでバランスを保って給水パイプの上に立ち、右足をぶらぶらさせている。


 茶色いショートボブの、スレンダーな美女だ。年齢はだいたい20歳くらい、麗乃と比べてみて、ざっくり170㎝と少しはあるだろう。


 彼女は、向こうにくるりと視線を巡らせると、納得したように頷いた。


「キミもまた、よくよくめんどくさいことをするわね……」


「俺のせいじゃない」


 薙沙が、不機嫌そうに呟いた。その背後に目をやった麗乃は、思わずあっ、と声を漏らす。正面と前方右、計5丁の短機関銃(サブマシンガン)の銃口が、こちらに据えられている。


 それらの銃口にレーザーが煌めき、


「ほいさ」


 女が、小さく囁いた。次の瞬間────何が起こったのか解らない間に、薙沙のすぐ後ろで、耳をつんざくような金属音と共に盛大な火花が散る。


「危ねえだろうが…………」


「あたしはキミと違って精度高いから大丈夫よ」


 小さく舌を出す女に対して肩を竦め、薙沙が短機関銃(サブマシンガン)をタンクの上に放る。


「俺が戦っている間、そいつを本部まで連れて行ってくれないか。もしできるなら、説明もしてくれて構わない」


 了解、と女が笑う。それに首肯で応えた薙沙が、地面を蹴って跳躍した。


 タンクの向こう側、政府軍人の中に身を躍らせる姿を呆然と眺める麗乃の肩を、ぽん、と女が叩いた。


「…………じゃあ、行こうか」


「あの、」


 どこへ、という疑問に、伝えておかなくては、という気持ちが勝った。たとえ殺人犯であっても、言葉を交わしたことのある人間が死ぬのは耐えられない。


「────先輩に、伝えて頂けませんか」


「先輩って、ナギサのこと?」


 女の言葉に小さく頷いた。――――視線で促され、震える声で呟く。


「あのヘリ、ついこの間完成したばかりのF改-063です。最新のステルス技術を使っていて、熱源反応は全くありませんが、超小型ミサイルを格納していて、15発までの連射が可能です」


「なんで……、わかった」


 頷いた女が、虚空を見上げて目を閉じる。そして、次に目を開いてから麗乃を見つめると、小さく微笑んだ。


「できたよ。――――あたしと一緒にきてくれる?」


「…………わかりました」


 女が手を差し出してきた。彼女の顔を見てから、黙ってそれを握り返す。


 麗乃が耳をそばだてていると、少し離れたところで彼女が呟く。


「コマンド《空間》────空間歪曲(テレポート)



 ────視界が、暗転した。



     *


『……ナギサ?あ、黙って聞いてて。そのヘリ、名前はF改-063。最新のステルス技術を利用してて、熱源反応はないけど多数の超小型ミサイルを保持。最大15連射可能。──だ、そうよ』


 一方的にまくし立てて通信を切った直後、彼女の生体反応が一瞬消えた。どうやら無事に離脱したらしい。


 その言葉を一度だけ反芻し、小さく鼻を鳴らす。そして、F改を片目でちらりと見上げ、虚空に右手を伸ばして叫んだ。


「────コマンド、《戦闘》物質転移(モノポート)!」


 その手中に、長大な機関銃(ライフル)が現れる。彼の相棒ともいえる主武器(メインアーム)黒星(ヘイシン)改K-38だ。全長は1m超、重量は約10kg────一般人なら持ち上げることすらやっとという代物である。


 彼は、とん、と地面を蹴り、軽々とエレベータの上に飛び乗った。


 さっき言われた通り、あのヘリコプターが超小型ミサイルを装備しているとすれば、あれさえ撃墜してしまえば敵はほぼ無力化されるに等しい。


 じゃきん、という音────そして、


「コマンド《戦闘》干渉拒絶(バリア)!」


 ────ズギュゥァアアッ!


 凄まじい爆音と共に雨あられと降り注いだ弾丸が、間一髪で展開したバリアにぶつかり、耳をつんざくような衝撃音を立てて跳ね返った。


 機体の下部を開きつつあるF改を見据え、弾幕が途切れた瞬間、


『──あ、ナギサ?あのねそのヘリ、機体自身が超音波と……なんだっけ、疑似念動波?っていうの出してるんだって。だから機体に直接触ると内臓ぐちゃぐちゃになるらしいわよ』


 飛んだ。


「オイ」


 ────遅ェよ!


 思考で叫ぶが時すでに遅し、相手は通信を切っており彼自身もエレベータから足を離していた。


 手を伸ばし、F改の主車輪にしがみつく。すると──確かに言われたように、下から突き上げるような痛みが彼を襲った。


「────ぐはァッ!」


 勢いよく吐き出した鮮血が、純白の軍服を真っ赤に染める。口に溜まった血を吐いてから、激痛を堪えつつ叫んだ。


「コマンド《戦闘》────瞬間転移(テレポート)!」


 次の瞬間、彼とF改は東京湾上空にいた。


 血の気が失せて青白くなった手を伸ばし、かろうじて機体に指を1本触れる。薄れる意識を途切れる直前で繋ぎ止め、呟く。


「────コマンド《殲滅》機核溶融(メルトダウン)


 政府軍隊の攻撃のような騒々しさはなかった。それでいて彼の能力(・・)の行使は、敵からすれば死の宣告に等しい。


 がたん、という音がして、F改のプロペラが停止した。搭載されたCPUが溶融し、制御システムが作動不能となったのだ。


 揚力を失った機体が傾く。彼は手を離し、目を閉じた。


 上空600mほどの高度から、血にまみれた青年が落下する。錐揉み(スピン)状態で落下したF改が、着水する寸前で爆発した。


 急速に膨張した爆風が、彼の体を煽り────



『────緊急転移システム作動/対象、太平洋上空ヲ落下中/構成員番号0043ト認識/詳細位置を精査──東経139.8957度、北緯35.5539度/転移開始』





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