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暗闇革命 01 ─希望の聖翼─  作者: 遠野 葉月
ACT01 宣告(sentence)
4/6

01

 2063年10月14日、朝。


 まだ薄暗い部屋の中で独り、麗乃は目を開いた。


 朝といっても4時40分である。小さく息を吐いて周りを見回し、部屋には自分1人しかいないことを確認してほっと安堵の息を吐く。


 今日は剣道部の朝練もない──つまり、7時くらいまでは寝ていたとしても遅刻は免れるということだった。


 しかし、一度起きてしまうともう寝つけない。確かに普段から眠りは浅い方なのだが、ここまで早く起きてしまったのは初めてだ。


 その原因は自分でもなんとなく判っている────昨日の映像が、脳裏に浮かんでくる。


 目を見開いて息絶えた若い政府軍人。その胸に刺さったままの鉄パイプ。そして、全身に返り血を浴びた、自分の通う高校の元生徒会長。


 あれは本当に夢だったのだろうか、とぼんやりと考える。考えてみれば、あの後どうやって家まで帰ってきたのか全く覚えていない。夢オチという可能性も、あるにはある。


 枕許の端末に手を伸ばす。電源ボタンを無造作に押し、何ともなしにロック画面を眺めていると、通知バーの左隅に学校のLANアプリのアイコンが出ていることに気付いた。


 ベッドの上で身を起こす。アプリを開いてみると、学校管理部からの一斉通知が1件と他生徒からのメッセージが1件──思わず首を傾げた。学校管理部が通知を出すなど滅多にない。あるとすれば、海浜幕張区の防衛レベルが普段の危険留意(レベル3)から上から3つ目の厳戒態勢(レベル6)以上、または最上級の戦時態勢(レベル8)に引き上げられた時くらいだ。


 通知を開く。そこにあったのは、愛想も何もない素っ気ない文面。



 DATE:2063/10/14 02:17:05

 FROM:Highschool Administration

 DATA:402B


 10月13日午後10時頃、海浜幕張区新幕張南2丁目付近で、政府軍隊隊員が何者かに殺害される事件が起こりました。警察によると、近年多発する行政関係者・軍関係者を標的にした連続テロ事件との関連性が見られるとのことです。


 ついては防衛レベルが厳戒態勢(レベル6)に引き上げられたため、今日は自由登校とします。時程に変更はありませんが、個々の授業では担任の指示に従って下さい。なお、登校しなかったとしても欠席扱いにはなりません。



 すっと背筋に悪寒が走る。アプリを一旦閉じ、ブラウザを開いて地図サイトにアクセスする。昨日足止めを食らった工事現場の場所を確認──そして、麗乃は確信した。


 海浜幕張区新幕張南2-7-12。間違いない、麗乃が目撃した殺人そのものだ。


 画面をもとに戻す。4時55分、普段でも始発すら出ていない時間だが、どうせ今日は夜まで電車は動かないだろう。なら2駅分くらい歩いて、学校近くのファミレスで自習でもしているか、と決断した。


 制服に着替えようとベッドから這い出てパジャマのボタンに手をかけ、ふと動きを止める。そういえば、と再び端末を取り上げ、LANアプリを開く。


 受信メッセージ一覧を見ると、1件だけの新規メッセージの受信時刻は午前0時すぎとなっている。誰だろう、と首を傾げながらそれに触れ────


 送信者の名前を見て、思わずうっ、と息を詰めた。



 DATE:2063/10/14 00:08:25

 FROM:伊集院 薙沙(stu-No.2061k24o3958-3a)

 TO:紅崎 麗乃(stu-No.2063k26o1520-1a)

 SUB:nothing

 DATA:33B


 2063/10/14 16:30 南校舎屋上にて



 どうしようか、と頭を抱える。今日は自由登校な訳だし、やっぱり休んでしまおうか、そんな思考を巡らせながら、麗乃は今度こそ端末を少し離れたところに放った。



     *



 その日の帰りのホームルーム──麗乃は、担任が何か話しているのをBGMに、空を見つめてぼうっとしていた。あと20分で、相手の指定した16時30分がやってくる。


 名前──苗字を呼ばれた気がする。肩をぴくっと震わせ、少し辺りを見回すが、気のせいかと納得して再び思考の中に沈む、


「……おーい、れのっちれのっち。呼ばれてるよ」


 後ろからつつかれた。


「えっ」


 今度こそ完全に現実に引き戻され、慌てて教室中を見回す。教卓の横に立った担任が、何度呼んでも気付かない麗乃に痺れを切らして返却中の試験総合結果を読み上げていた。


「1年A組3番、紅崎麗乃、国語総合89点、数学Ⅰ100点、数学A100点、物理基礎98点、化学基礎99点、数学Ⅱひゃk────」


「わ─────────ッ!!」


 椅子を蹴っ飛ばして立ち上がり、担任の手から結果を引ったくる。点数を聞いた周りの生徒が若干引いている中、部活の顧問でもある担任に言う。


「ひどいですよ先生個人情報ですよ……今日は休みますけど明日部活行ったら出端突きの練習100本付き合ってもらいますからね…………」


 担任が心の底から嫌そうな顔をした。ふんと鼻を鳴らして自分の席に戻る。


 その後も4番から30番まで順に結果が返されていき、時々数人が悲鳴とも歓声ともつかぬ叫びを上げ、────すっかり人がはけた教室で、麗乃は残っているもう1人と向き合っていた。


 ついさっき、麗乃を現実に引き戻した張本人──中学時代からの友人でもある軽井沢(カルイザワ)真帆(マホ)が、微かな笑いを含んだ声で言う。


「それにしても珍しいねぇ、れのっちがボーッとしてるなんて」


「考え事してたんだよ、……別に珍しいことではないし」


「あ、そう」


 自分から訊いたくせに返答に対してはあっさりと流し、真帆は、学食から持ってきたらしいキャラメルラテを啜っている。彼女は、ストローから口を離すと、それで、と問うてきた。


「そう言えば、なんか訊きたいことあるんでしょ。どしたの?」


 ああそうだった、そう思い直し、一部で「情報屋」と賞賛──あるいは揶揄されている親友を改めて見つめる。もともと近かった距離を更に近くし、聞き取れるかどうかの声量で問うた。


「ねえ、真帆。……3年生のさ、伊集院先輩って、どんな人?」


 げほ、という濁った音が響く。再び口をストローにつけていた真帆が咳き込んだ音である。


 真帆は、目の前の清純派美少女──として男子からの呼び声の高い──の親友の顔をじっと覗き込んだ。


「…………ファンにでもなった?」


「なってない」


 否定は速かった。若干温度を下げた気のする彼女の声に首を竦めながらも、にっと笑って要求する。


「いいよー、トモダチ価格にしてあげる。スタバドリンク1本ね」


 そうだコイツはこういう奴だった、と頭を抱える麗乃。しかし、戦いの本質は情報戦である、という信念に従って、真帆に続きを促した。


「えーとね、伊集院薙沙、3年A組5番。1学期期末テストの総合点が9教科で897点、これすごいね2位と95点差だよ。身長181.5㎝、体重67㎏。ちなみにこないだの体力テストで50m走5.54秒っていう日本新記録を出したよく解らない人」


 麗乃にも理解できない。


「…………そいでね、この先はあくまで噂だから、そのつもりで聞いて」


 などと言って、真帆が更に顔を寄せてくる。あまりの密着具合にさすがに苦しくなり、麗乃は若干椅子を後ろに下げた。


「あくまで噂だけど、伊集院先輩って政府から要観察人物に指定されてるみたいなんだよね」


「………………というのは?」


「昔──戦争中くらいかな──にいた、軍人出身のテロリストと、虹彩検査の結果が98%の確率で一致したんだって。だから、伊集院薙沙っていうのは偽名って見方もあるみたい────ま、戦時中にテロ起こすだけの年齢だったらどうしたって年齢の計算合わないから、ホントにただの噂だとは思うけど」


 なんでお前はそんな噂を知っているんだ、と呆れの気持ちを込めて真帆を見る。その空気を察したか、真帆が肩を竦める。


「あたしの従兄が国家公務員で軍事防衛省勤めなのよ」


 一応納得することにした。金色に近い茶色に染め、パーマをかけた髪をかきあげて親友は続ける。


「で、生まれは2045年だけど早生まれだから、本来は大学1年生か浪人生1年目のはずなのね。1年遅れてるのは、留学してたからっていう説と留年したっていう説と戦争中か後かのいざこざで小学校入学が1年遅れたからっていう説がある」


 あれだけ点取れてたら留年はなさそうだけどね、と付け足して真帆は口を閉じた。終わりらしい。


 16時25分になった。できれば会いに行きたくはないが昨日のことを訊かないと麗乃の性格上気が済まない。そろそろ向かっておくべきか、と立ち上がる。


「それでれのっち、こんなこと訊いてどうすんの?やっぱコクるの?」


 そんな訳ないでしょ、とため息まじりに言う。


「そんな訳ないかー。伊集院先輩とれのっち意外と似合うと思うんだけどね、だってカッコいいしオールマイティの天才だよ?」


「それを鼻にかけてる感があるからやなの。……そんな言うなら真帆がアタックしてくればいいじゃん」


 カッコいいとは思うけど付き合いたいとは思わない、真帆は珍しく斜に構えた笑いを浮かべて答えた。


 27分。やばい、かもしれない。────麗乃は、最終手段に打って出ることにした。


 鞄を掴んで勢いよく立ち上がる。がたん、という椅子の音に驚いている親友を見下ろして宣言した。


「────ごめん、電車きちゃうから!帰る!」


 ドアをがらりと開け、パタパタと駆けていく黒髪の親友を見送った真帆が一言。


「………………電車なんて3分ごとにくるでしょうよ」



     

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