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暗闇革命 01 ─希望の聖翼─  作者: 遠野 葉月
PREMISE
3/6

OPENING 殺戮者(slaughter)

 2063年、10月13日。


 ガラスとコンクリートの街並みを、満月の蒼白な光が包んでいる。


 東京湾に程近い海浜幕張区の秋は、夜になると僅か肌寒かった。肺一杯に空気を吸い込むと、冷たい中に潮の匂いが混じる。


 通称「行政区」幕張中央の、その中でもさらに中枢部。日本リニア鉄道(JLR)の駅前のビル群の間を、多くの人間が行き交っている。


 その内の1つ──区庁や政府軍隊の支部と比べるとあまりにも小さい「栄光ゼミ」と看板を掲げる建物から、1人の人影が出てくるのが見えた。


 少女だ。区内にある有名進学校の制服を着ている。長い黒髪と真っ白な肌、ほっそりとした身体。小さく整った顔立ちは、ぞっとするように冷たく、大人びていた。


 ────ただ今は、その立ち姿もどこか頼りなく見える。漆黒の瞳が、微かに揺れている。


 手近な電柱の陰で立ち止まり、鞄から1枚の紙を取り出す。無感情な明朝体の文字で、少し大きく「春日26年度全国高校生統一センター模試第9月号」とあった。


 そのすぐ下に、名前──紅崎(アカイザキ)麗乃(レノ)。新幕張中央大学付属高等学校、第1学年。


 許せない、もとい許されないのは、次だった。


 5教科7科目合計、934点。全国順位、5位。


 1年生でそれだけ取れるのなら良いじゃないか、と言う人もいるかもしれない。というか、麗乃もそう思う。


 許してくれないのは、育ての親だった。


 おっそコイツを紙飛行機にして飛ばしてしまおうか、などと鬱々とした思考を巡らせていると────。


「よお」


 耳慣れない、それでいてやけになれなれしい声が耳朶を叩く。はっと我に返ると、麗乃は、顔を上げた。


「ねえ君、暇?だったら、ちょっと一緒に遊んでほしいなー」


 目の前に、着崩した制服が4人分。今時珍しい学ランは、隣接する美浜区で「不良校」と悪名高い真砂商業高校のものだ。


 思わず唇を噛む。幕張中央のこの辺りは、少し南へ抜ければ商業幕張の繁華街だ。こんな奴らがうろついていることくらい、思い至っても良かったのに。


 黙って佇んだままの彼女の肩を、1人が強引に掴む。金髪とピアスのそいつを睨み、掠れた声で言い返す。


「……やめて下さい」


 これからは竹刀常備の方が良いのだろうか。そんなことを考えてみるがそうではなく。


「なあ────そんなこと言わないで、さ」


 別の1人、脱色したロン毛が、ニヤニヤした笑いを浮かべて言う。遂には他の仲間に「おい、連れてけよ」などと命じたりする。


 二の腕を掴まれ、思わず肌が粟立つ。手を振りほどこうともがきながら、歯噛みしつつ叫ぶ。


「────やめ………………………………ッ!」




 ─────────────バシイィィィッ!




 闇に、呑まれた。


 光の一欠片も残さない。腕を掴んでいた手の力が、僅かに緩む。


 力任せに体を捻り、拘束から逃れる。硬直したままの不良たちの間をすり抜け、鞄をしっかりと抱き、麗乃は、北の方、新幕張の方角へと駆け出した。


 ここの大通りをまっすぐ進めば警察署がある、そこまで逃げれば彼らも諦めるだろう。


 どこの馬鹿かは知らないが停電を起こしてくれた誰かに感謝しつつ、麗乃は北に林立するビル群を目印に大通りを駆け抜けた。



     *



 ────尾けられている。


 石狩(イシカリ)(ナギサ)は、思わず眉をひそめた。


 左手には、ビールや酎ハイの入ったコンビニの袋。男にしては長めの、首筋までかかる黒髪が、秋の夜風にそよいでいる。


 細く怜悧な輪郭に、すっと通った鼻と固く引き結んだ唇。透き通る程に白い肌と華奢な長身は、その身を包むモノトーンの軍服には似つかわしくないようにも思える。女好きのしそうな容姿だが、長い前髪の間から覗く黒鉄色の双眸は鋭く冷酷で、自分以外の全てを拒絶しているように見えた。


 視界の片隅には、絶えず変化している自分の現在位置の緯度経度が表示されている。そこに、新しい、小さなメッセージウィンドウ。


     INFORMATION


 Called from “CHASER”. Will you answer?

      ▽YES ▼CANCEL


 迷わずにイエス。すると、頭の中に直接声が響いてきた。


『────こちら《追偵(チェイサー)》。聞こえてる?』


 まだ声変わりの途上にある少年めいた声。渚も同じく、思考だけで返す。


『……《殺戮者(スラウター)》。何の用だ』


 相手は、気付いてると思うけど、と前置きしてから告げた。


『中佐、あんた、尾けられてるよ』


 だろうな、と独りごちる。それきり黙り込んでしまった彼に向けて、少年の声が問いかけた。


『て、────どうすんの、その後ろの奴?』


 再び、沈黙が漂う。渚は、軍服のポケットに両手を突っ込むと、両目を閉じて耳を澄ました。


 街中の音が、洪水のように流れ込んでくる。それらを聞き分け、今の自分にとって必要な音だけを選び取る────。


 ふ、と、自らの呼吸が耳許で反射する。目を開くと、彼は、今しがた推測し終えた相手のデータを脳内で反芻した。


 対象との距離7.3m±10㎝。対象の身長176㎝±5mm。体重75㎏±600g。金属製戦闘靴(ブーツ)を着用。着衣の素材は不燃性ナノファイバー。装備は短機関銃(サブマシンガン)型の光線銃。


 それらの事実が、追跡者の正体を如実に物語っている。


 政府軍人、即ち政府軍隊配属者。その結論を前に、彼の顔にようやく表情らしきものが浮かんだ。


 無表情だった黒鉄色の双眸に、残忍な光が宿る。固く引き結ばれていた薄い唇が、微かに吊り上がる。


『…………中佐?』


 その雰囲気を感じ取ったわけではないだろうが、少年の声が、先の質問の答えを促した。


 自分の中で急速に肥大する黒い感情を自覚しつつ、渚は、答える。


『……決まってんだろうが』


 殺すさ、と。


 それに対して少年は、深いため息を返すのみだった。


『まあ、そんなとこだろうとは思ってたけど……それはそれで、いじめすぎないでやってよね』


『────善処する』


 その一言を最後に通信を終える。少し辺りを見渡して周囲の建物を物色した後、彼は、大型の雑居ビルに隠れるように立つペンシルビルに狙いを定めた。


 現在位置からそこまで、直線距離でおよそ60m。背後の足音が未だついてきていることを確認し、呟く。



「…………コマンド《戦闘》強制転移(コンポート)



 直後。


 視界が純白の光に覆い尽くされ────そして、唐突に暗転した。



     *



 後頭部に、激痛が走る。


 その痛みに意識を引き戻され、軍人は目を開いた。


 頬がコンクリートに直に接していることから、地面に倒れ伏しているのだと判る。────が、任務とはいえ市街地にいるはずの自分が、何故気絶していたのだろうか。


 ────しかし、その疑問は、彼が重い持ち上げたことで霧消した。


 まず視界に入ったのは、サビ1つない武骨な鉄パイプを組んで溶接したようなフェンス。そこに凭れてこちらを見下ろしていたのは、汚れのないまっさらな軍服に身を包んだ年若いいでたちの青年。


 その姿を目にした瞬間、軍人は、反射的に後ろへと飛び退いた。


 ────石狩、渚。


 もと政府軍隊直轄部隊所属。それでいて、史上最悪最凶の虐殺者。


 そんな男が、彼のことを冷やかな微笑と共に見下ろしている。


「起き抜けを狙うくらいなら気絶しているところを殺すさ。3分近くも寝ていたんだからな」


 彼の言葉を最後まで聞かず、腰のホルスターに手を伸ばす。指先に触れた短機関銃(サブマシンガン)の感触にひとまずほっとし、微妙に痺れの残る足で立ち上がった。


「……石狩渚元日本軍特極戦闘戦線最高司令官。軍事防衛省より出頭命令が出ている。ついては今すぐ投降し、命令に従って頂きたい」


 できる限り冷静を装って要求を述べてはみたが、相手は動じたそぶりも見せない。それどころかふんと軽く鼻で笑って言い放つ。


「嫌だね」


 何となく予想はしていたものの、その返答に小さくため息を吐く。そして、腰の短機関銃(サブマシンガン)──LIGHTNING-Auto2を抜き、銃口をぴたりと相手の額に向けた。


 この任務に就く前に受けた付け焼き刃の講習の内容を、脳内で反芻する。


 石狩渚──目の前にいる、元最強の歩兵かつ現最悪の反逆者の主武器(メインアーム)は、威力を最大化し機動性を度外視した超重量級の機関銃(ライフル)だ。銃身の長さが1mを超えるものをそう呼んで良いのかは微妙だが、今はそれは見当たらない。武器さえなければ、彼のスペックは少し運動神経の良い民間人程度だろう。


 対する渚は、自分に据えられ微動だにしない銃口をぼんやりと眺めていた。────その視線が僅かに上へ動き、固く唇を引き結んだ軍人の顔を捉える。


「…………そうか」


 暫しの沈黙が辺りを覆う。渚は、聞き取れるかどうかという声量でため息と共に言った。


「素直に投降するか逃げ帰るかすれば、命だけは助けてやろうと思っていたんだがな」


 そして、自分の背後にあるフェンスを掴み、ぼそりと呟く。


「コマンド────《戦闘》電子操作(エレクトロン)



 ─────────────バシイィィィッ!



 海浜幕張区一円が、闇に堕ちた。


 軍人は、突然のことに思わず目を閉じる。そして再び目を開けると、さすがは防衛都市特区というべきか、行政区・幕張中央はすでに復旧を終えていた。商業区・商業幕張も、ほぼ半分の建物に灯りがついている。しかし、居住区となっている新幕張だけは、未だ闇に包まれたままだ。


 渚は、手中に握られた棒を一瞥した。2m程度の長さを想定していたが、どう見ても5mは確実にある。そして形状も、言われてみれば槍か薙刀に見えないこともない、くらいの出来でしかない。


 渚の能力の欠点を1つ挙げるとするならこういうところだろう。強大であるが故に、しばしば笑えないレベルでの誤操作を引き起こす。


 まあいいか、と彼は呟いた。武器が扱いにくいことくらいはハンデのうちだ、気を取り直してそいつを構える。


 往来を通る車の音が途絶えた。夜10時を回り、政府軍隊の基地からひっきりなしに続いていた飛行機の発着が止まる。



 ──────静寂、



 軍人の手が、突然に閃いた。手中の光線銃(レーザーガン)から無数のレーザーが発射される。


 渚が突進する。無造作に空気を薙いだ槍が、レーザーを1つ残らず跳ね返し────



 ────軍人の胸を、そのまま貫いた。



 無音だった。能力で増強された凄まじい瞬発力、その運動エネルギーを余すことなく乗せた槍は、慣性の法則に従って軍人の体をフェンスの外に押しやった。槍を握ったままの渚もそれに追随する。


 空中で姿勢を立て直した渚が、軍人の胸から抜いた槍を垂直に掲げる。そして、それを一気に突き下ろし────



 小爆発が起こったかのような轟音が、新幕張の空を震わせた。




     *



 ────「この先50m、下水道工事のため通行止」。



 行き止まりだった。


 立ち止まる。振り返った麗乃の視界に入ったのは、じりじりと距離を詰めてくるさっきの不良たちだった。


 通行止めになっていることをしっていたから、あの時麗乃をあっさりと逃がしたのか。左右を見渡しても路地などないし、雑居ビルはすでに施錠されている。一般人の麗乃に、壁登りの技術がある訳もない。


 不良たちが、下卑た笑いを顔に貼りつけて近付いてくる。あと20m、──10m、



 轟音。



 引きつったような爆発音が鼓膜を突き刺す。次いで巻き起こった爆風に、麗乃は思わずよろめいた。


 もうもうと立ち起こる白煙から、誰かがおもむろに立ち上がる。


 返り血に濡れたモノトーンの軍服。それが包む華奢な長身。長めの黒髪が、風に揺れた。


 彼に睨まれた不良たちが、背を向けて脱兎のごとく逃げていく。ようやく視界が晴れ、そこにあるものを、麗乃ははっきりと視認した。



 ────胸を貫かれ絶命した、政府軍人の死体を。



 ()が、ゆっくりとこちらに目を向ける。その顔を見た麗乃は、思わず息を呑んだ。


 話したことはないが、よく知っている人物だった。──伊集院(イジュウイン)薙沙(ナギサ)、新幕張中央大学付属高校3年生、元生徒会長。


 状況をよく理解しないままに喉が震え、



 






「い……やあぁぁァァァ────────ッ!」











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