1-7 「キュウセイゲンソウ」
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
期待通りの反応をありがとう。わざわざ武器の方を、槍じゃなくて矛にした甲斐があったというものだわ。槍盾じゃ、矛盾の故事を連想しなかったかもしれないし。
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
突っ込み待ちでしたか……。まあ、矛は槍や薙刀の原型らしいので、時代がかった言い回しではあっても、それ程違和感は感じませんでしたけど……。しかし突っ込み待ちという事は、当然それに対する反論も、用意してあるんですよね?
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
勿論よ。あの故事は、『どんな盾も突き通す矛』と、『どんな矛も防ぐ盾』を売っていた男が、その矛でその盾を突いたらどうなるのか? と客に問われて答える事ができなかった、という韓非が創作した例え話だったわね? どちらか片方を真とした場合、もう片方が偽となり、辻褄が合わなくなる。だけど私の場合は違うわ。何故なら、どちらか片方の固有スキルを、ヨシュアの選択を聞いてから作るからよ。
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
えっ? これから作るんですか?
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
ええ。という訳で、まだ存在しない矛で、まだ存在しない盾を突いたらどうなるのか? と聞かれても、何も起こらないと答えるだけね。選ばれなかった方は、今後も絶対に作らないし。ね? これなら突っ込まれても平気でしょう?
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
成程、確かにそうですね? ところで、その二つの固有スキルがどういった物なのかを、予め教えて貰う事はできますか? 能力を知らずに選ぶのは不安なので。
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
もっともな言い分ね。……良いわ。スキル名と効果を教えましょう。まずは最強の矛だけど、スキルの名は【万物必滅】。一度発動すれば、指定した対象に確実に命中して、如何なる存在も必ず滅ぼす、という”終わりの一撃”よ。
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
物騒過ぎぃ!? 確かに対象に必ず命中するなら、同士討ちの心配はいらないのかもしれないけど、感情に任せて発動して、ものすごく後悔しそうで怖い……。
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
そうかもしれないわね? まあとりあえずは、説明を続けるわよ? 最強の盾スキルの名は【女神の盾】。如何なる現象であろうと、このスキルの所持者を傷つける事能わず、という”絶対の護り”よ。
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
スキル名に捻りが……いえ、何でもありません。……うーん。第一印象としては、盾の方が良さそうかな? 因みにそれって常時発動型スキルですか?
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
ええ、そうよ? 自分で発動しなければならない能動型スキルだと、不意討ちを受けた時に、反応が間に合わない可能性があるでしょう? だから常時発動していて、危険が迫った時には、瞬時に防御機構が働くように調整してあるわ。しかも固有スキルは固有スキルでも、加護に分類される加護スキルだから、所持者の魔力消費はないの。
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
何ですか? その『ぼくのかんがえたさいきょうのすきる』……。あー……うん。盾にします。その説明を読んで、【直感】スキルが、絶対防御な【女神の盾】こそ最強の固有スキル、と囁いたので。むしろ矛の方は、無用の長物だと。というか何で選択肢とはいえ、恥ずかし気もなく【女神の盾】様と並んだの? もしかして対等のつもりで居るの? 馬鹿なの? 死ぬの? って。
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
【直感】スキル口悪いわね? そして何で口調が女子っぽいの? ……まあ、とにかく盾スキルの方で良いのね? わかったわ。じゃあ、そちらを作るわよ? ……できたわ。そしてスキル発動……と。はい、これでOKよ?
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
あ、はい……ありがとうぇっ? えー!? もうできたんですか!? ええー……? ちょっと即席過ぎませんか? 唯一無二の固有スキルを手に入れた筈なのに、今一ありがたみが薄いというかこう、がっかり感が……。
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
あら? それは誤解よ? あっという間に作って見せたから、簡単に作れる大した事のないスキルだ、と感じたのかもしれないけれど、それは勘違いだわ。様々な工程を経て、準備が既に九割方終わった段階で一度ストップして、後はあなたの選択を待つのみ、という状況だったから、簡単にできたように見えただけね。
たとえるなら……そうね、3Dプリンタかしら? あれは大雑把には、
■3Dデータを作成
■使用する樹脂素材の選択
■プリンティング設定
■印刷過程データを作成
という工程が必要なのだけれど、今回は選択肢を二つ用意したから、樹脂素材の選択にあたる部分以外の事前準備は、二倍の手間がかかっているのよ? そして今、ヨシュアが選んだ方を、高速でプリンティングしたという訳。ヨシュアは、そのプリンティング作業だけを見て、何だ案外簡単にできるんだな、と勘違いしたという事ね。
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
……申し訳ありませんでした! またしても、女神様のご苦労も考えず、早とちりで大変な失礼を!
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
あらあら……良いのよ? わかって貰えたのなら、それで良いの。何やら誤解があるようだったから、解こうと思って説明しただけで、私は別に怒ってはいないわ。だからあまり気に病まないのよ? ね?
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
……はい。ありがとうございます。
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
そうそう、それで良いのよ。謝罪よりも感謝の方が、受け取る側としては嬉しいもの。……さて、先程のスキルは飽く迄おまけ。ヨシュアが身の危険を憂えているようだったから、念のために作ったスキルに過ぎないわ。本来あなたからのお願いは、すごい魔法が使いたい、だったでしょう?
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
あっ、そうでした。おまけの固有スキルがあまりにも強そうだったので、うっかり気を取られてしまいましたが、確かに本来の目的はそちらでしたね。
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
あら、そう? おまけの方も気に入って貰えたのなら何よりね。まあとにかく、ご希望のチートスキルの説明をしようと思うのだけれど、聞く準備の方は大丈夫かしら?
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
あ、はい。大丈夫です。お願いします。
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
わかったわ。結構複雑なスキルではあるのだけれど、あえて誤解を恐れずに簡潔に説明するなら、ヨシュアの魔力保有量が十倍になるわ。
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
えっと……? 何となくすごそうな事はわかるんですが、そもそも俺の魔力保有量――ゲームとかラノベでいう所のMPですか?――が、どれくらいなのかがわからないので、今一つすごさがわからないんですが……俺のMPって、いくつくらいなんでしょう?
バークレイが、俺の圧倒的な魔力保有量に驚愕した、とかいう女神様の説明も見ましたから、結構多いのかな? とは思ってましたけど……。それにしては三年も一緒にいた筈のエレミアは、俺が今日視覚や聴覚を魔力で強化して精霊を認識した時に、随分と驚いた様子だったので……。
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
ああ、そうね。まずはその辺りから説明が必要かしら。とりあえず、エレミアの名誉のためにも弁護しておくと、別段あの娘が鈍いとか、察しが悪いとか、そういう事ではないのよ?
これも説明したと思うけど、他者の体の内側に宿る魔力保有量が、どの程度なのかを大まかに察知するだけでも、固有スキルに準ずる程のれっきとした才能なの。バークレイにはそれがあったから、あなたに恐怖したけれど、普通はどれ程の魔力が体内で渦巻いていたところで、それに気づく術なんて、そうそうあるものじゃないわ。
それがわからなかったからといって、エレミアの評価を下げるのは、酷というものじゃないかしら? そもそもあの娘は、あなたが半神である事も知らないと思うわよ?
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
いえ、あの……疑問に思っただけで、別にエレミアの評価を下げたり、責めたりするつもりなんて、最初からないんですけど……。ま、まあとにかく、今の説明で納得がいきました。つまりは余程特別な才能でもない限りは、相手のMPなんてわからない、という事ですね?
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
そういう事ね。そして、最初の疑問に答えるけれど、そもそもこの世界には、ゲームと違って、ステータスなんてものは存在しないわ。いえ、正しくはない事もないのだけれど、それこそ大雑把に数値化したものを、神が確認の必要な時にのみ参照するだけで、人の身でそれを知る必要なんてないのよ。そもそも、あなたの元居た世界にだって、そんなものは存在していなかったでしょう?
ただまあ、それだと基準が曖昧過ぎて判断に困るでしょうから、無理矢理数値化するなら、十万といったところかしら?
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
十万ですか……。何だか結構多そうな事はわかりましたが、まだ微妙にぴんとこないですね。一般的にはどの程度が普通なんですか?
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
そうね……一般人は数が多いから振れ幅も大きくて、数十から五百くらいの間。国軍や貴族に召し抱えられるレベルの魔術師だと、千から二千。宮廷魔術師で五千くらい。伝説の魔術師と呼ばれる人間なら、一万といったところね。
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
えっ!? そうなんですか? それじゃあ、俺の十万って、とんでもなく多いんじゃないですか! はー……伝説の魔術師の十倍かー。まあでも、半分とはいえ神の身な訳ですし、それくらいあったとしても別におかしくはないのかな? 大は小を兼ねるっていうし、別にMPが多くて困る事はないんですよね? 体を蝕まれるとか、そういう……。
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
あら? ヨシュアは何か勘違いしてない?
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
……え? 勘違いですか? あれ? 俺って半神なんじゃ……? それとも、神でもMPが多いとは限らないっていう事ですか? もしくは半分神になったからといって、私が神だ! とでもいうかのように、調子に乗るなっていう意味の『勘違い』ですか? え?
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
ああ……全部違うわ。だからそんなに混乱しないの。良い? 勘違いって言うのは、あなたの魔力保有量の認識の事を言っているのよ。
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
魔力保有量の認識……ですか? 十万ですよね?
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
ええ、そうね? 無理矢理数値化するなら十万、と教えたわよね? ただ、私は与えるスキルに関して、最初に何と説明したかしら? 魔力保有量が十倍になる、だったでしょう?
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
え? はい。だから、十倍して十万に……えっ? まさか!?
名前: 女神様@神の座 投稿日時:!”#$%&’=~
そう。そこが勘違いなの。十万というのは、スキルで十倍になった結果ではないわ。あなたの元々の魔力保有量が十万なのよ。そしてあなたに与える固有スキル、【九生幻創】はそれを十倍にするものなのだから、結果として総魔力量は?
名前: ヨシュアさん@通りすがり 投稿日時:!”#$%&’=~
ひゃく、ひゃくまっ……百万っ!? ええぇぇーーっ!?
◇
この世界の生物には、『魔力炉』と呼ばれる器官があり、体内魔力はこの器官に発生し、運用される。
基本的には全生物が持っている筈の魔力を、もし扱えないのなら、それはこの魔力炉を上手く扱えないか、何か欠陥があるかのどちらかだと思われる。
一つの魔力炉で扱える魔力の限界値は個々人で異なれど、半神たるヨシュアの場合は約十万。
それ以上は、如何に半神の身であっても、己が身を灼いてしまう事になる。
しかし如何に膨大な魔力を有していようが、それだけでは数の暴力の前に敗北は必至。
『一騎当千』とは、一人で多勢の敵を相手取れる程強い事の形容であるが、それは決して無敵を意味するものではない。
千人を一人で相手取れる者も、理屈の上では千と一人の刺客を用意すれば殺せるだろう。
そのような事は断じて許すまじ、と女神様が懸命に知恵を絞り、生み出された固有スキルこそが【九生幻創】。
無数に枝分かれした並行世界から、それぞれ九人のヨシュアを選出。
スキルの発動と同時に、彼らとこの世界のヨシュアを、『魔脈』とでも言うべきもので接続し、ヨシュアが彼らの魔力を、スキルの力で自由自在に扱える、というまさにチート・オブ・チートスキルであった。
彼らがヨシュア本人である以上、魂の性質は全く同じであるため、この世界のヨシュアを本人だと誤認させ、他者では不可能とされる魔力の共有を可能とする。
それは、扱える魔力の限界値が十万の魔力炉を、十基用意する事と同義であり、結果ヨシュアの総魔力量は、百万であるという理屈が成り立つ。
しかもこの固有スキルのチートたる所以は、単に扱える魔力量が増える、という事だけに留まらない。
魔力炉が十基あるという事は、すなわち限界値が百万の魔力炉一基よりも、汎用性が高いという事でもあるのだ。
つまり限界値百万の魔力炉と同じように、一つの魔法に百万近い魔力を注ぎ込んで、その威力を跳ね上げる事だけでなく、十基それぞれでの、異なる運用さえ可能とするのである。
わかり易くたとえるなら、一基を身体強化に使い、別の一基による重力操作で加速。
もう一基で武器に炎の魔力を付与。
また別の一基で……といった具合に、一度に十種類の魔力制御が可能なのだ。
同時に複数の魔法を扱える、という二重魔法や三重魔法の遣い手である主人公が、畏敬の視線を向けられるという物語の世界でさえ、さすがに十重魔法などという過剰な能力は、そうそうお目にかかるまい。
それは人間業ではない事に加えて、有り体に言えばそこまでする必要がないからだろう。
そしてこの世界特有の魔力回復の法則が、このスキルを更なる高みへと押し上げる。
女神様が、頭脳明晰とは言い難いヨシュアにもわかり易いように、と大分噛み砕いて行った説明によると、一時間の経過で回復する魔力量は、その存在が持つ総魔力量の一割程度らしい。
普通に考えれば、一時間後に回復するヨシュアの魔力量は、十万の一割で一万だろう。
しかしこのスキルの使用時、ヨシュアは並行世界の自分九人と接続しているため、この世界の法則が、ヨシュアの総魔力量を百万であると認識し、一時間で十万もの魔力を回復させるのである。
そもそも十基の魔力炉を同時に使えるとして、常時全てを運用する必要など基本的にはない。
一体どのような絶体絶命の窮地に立たされれば、そんな全身全霊が必要だというのか?
怠惰なヨシュアは、楽が大好きだ。
苦労や無理が大嫌いである。
つまり理論上は可能だとしても、十基全ての同時運用など、頼まれても御免蒙りたいのであった。
そうなれば、当然使われない炉が出てくる。
勿体ない?
いいや、断言しよう。
それは決して無駄などではない。
故に勿体なくなどない。
余力を残す。
ともすれば怠けているかのような評価を受けるその行為も、立派な想定外の事態に対する冗長性であった。
魔力炉一基の魔力を、尽きる寸前まで利用したとしても、すぐに次の二基目に移行すれば、更に十万の魔力行使が可能である。
そして二基目を使用している間にも、一基目では時間経過による、体内魔力の自然回復が進んでいるのだ。
二基目が尽きれば三基目を、と順次使用していけば、十基目の魔力が尽きる頃には、一基目の炉の中はどうなっているだろう?
日本人の特性とでも言うべき節約と効率化。
その考えを基に、魔力炉を一基使い切るまでに一時間以上かかるように、魔力を節約した運用を試みたらどうなるだろうか?
それはまるで、半永久機関を搭載した人型兵器。
ホストであると同時に端末であり、予備戦力であると同時に、主戦力でもある。
四面楚歌と言って良い己が境遇に、身の危険を感じたらしいヨシュアが、自衛のためにすごい魔法が使いたい、などと凄まじく大雑把な事を言い出して、そのあまりに酷い無茶振りを受けた女神様が、好奇心に殺される猫には九生があるとされる事から、ヨシュアの命も九つ増やせばちょうど十倍になり、死に難くなるのではないかと幻想し、創ったスキルなのであのような命名をしたらしい。
ようするに【九生幻創】とは、すごい(威力の)魔法が使いたいなら、百万近い魔力を注ぎ込んで威力を上げれば良いし、すごい(多重展開)魔法が使いたいなら、十基それぞれの魔力炉を個別に利用して、好きな魔法を使えば良い。
あるいは、そのどちらでもなくすごい(長時間にわたって)魔法が使いたい場合であっても、一時間以内の魔力消費量を、十万以下に抑えれば良いという、あの頭の悪そうなヨシュアの要望に、いずれのパターンであっても完璧に対応できるように考慮された、途轍もない壊れスキルなのである。
(知らないうちに、自分の身体を改造された改造人間も、こんな気持ちになったのだろうか?)
生き残るには強さが必須の時代であるので、その事自体に文句はないものの、気づいたら改造されていたような気分を味わったヨシュアは、悪の組織と戦う改造人間の悲哀に想いを馳せた。
◇
他にも簡単な魔法の使用方法などを教わり、現実に戻ってきたヨシュアは、そこで初めて、馬車の窓から見える景色に目を向ける。
窓の外を流れる草の海は、春の暖かな風を受けて波打っていた。
ふと、馬車の速度が落ちた事を察して、ヨシュアが視線を彷徨わせるのに気づいたエレミアが、馬車が減速している理由を、ヨシュアが外を見やすいように、左側の窓に身を寄せながら教える。
「街が見えてきたようです」
その言葉に、ヨシュアが窓から斜め前方に視線を移せば、見る者を圧倒するような堅牢な城郭と、二つ設けられた門のうち左側の門に、検問のためか列をなして並ぶ、大勢の人の姿があった。
どういった街なのかをヨシュアが尋ねると、大陸随一の城郭都市である、と誇らし気に祖父母は答えた。
今見えている壁の向こうには、耕地や井戸などの水源もあり、その更に内側にもう一つ、外城壁以上の高さと堅牢さを誇る内城壁があって、その中が目的の街、アロドクトゥスなのだと。
それだけではない。
こちらの反対側は、海に面した汽水湖に接続しており、水産資源も豊富な事から、有事の際はこの都市だけでも独立した生活が可能らしい。
何故二人が共に誇らし気だったのかは、すぐにわかった。
ルプスルグ族の男が数人、門兵を務めていたからだ。
そして馬車は、大勢の人が並ぶ左側の門ではなく、誰も居ない右側の門を、制止される事なく悠々と通過する。
因みにその門も、ルプスルグ族が守っていた。
この街の盟主がどの家なのか、これ程わかりやすい構図もあるまい。
つまりこの街は、エルダーヴィードのお膝元なのだろう。
さもなくば、緊急時に備えて使用せずにいる予備の門を、咎められる事なく通り抜けるなどできる訳がない。
裏口を使用する事ができるのは、鍵を持った家人のみ。
ようはそういう事であった。
視界が開けた先には長閑な田園風景が広がっており、様々な農作物が青々と葉を茂らせていて、毛の長い山羊が、のんびりと草を食んでいる。
それらを世話する人の姿や、彼らの家らしき建造物もあった。
城壁と城壁の間というから、狭いイメージがあったのだが、実際には驚く程広く見える。
街を守る内城壁が元々あり、その後外部に多様な施設や農地ができて住民が増えたので、更にそこを守るために外城壁を作った、というのが真相のようだ。
エレミアが方々に見えるものを解説し、ヨシュアはそれに一々頷いて、目をくりくりと動かしながら、あちらこちらに視線を飛ばす。
そうこうしているうちに、二つ目の門も素通りに近い感覚で潜り抜けて、遂に一行は目的地のアロドクトゥスに到着した。
――その街は、一言で言い表すのなら混沌としていた。
石畳で整備された道を進む馬車の窓からは、隙間を漆喰で塗り固めた、石造りの商店が左右に軒を連ねているのが見えるのだが、そこを行き交う者達の姿が、ヨシュアの想像の範疇を超えていた。
ぬらりと光る緑の鱗と、硬質な皮鎧で身を固めた蜥蜴人族が、舌をちろちろさせながら擦れ違い、その奥にある雑貨屋らしき建物の前では、数人の鳥人族達が笑いさざめきながら姦しく買い物を楽しんでいる。
耳と尻尾を楽しそうに揺らす猫人族の子供達が、じゃれ合いながら路地裏へ駆け込むのを見送って、ヨシュアはようやく、自分は本当に異世界に転生したのだ、という実感を得ていた。
今更何を言っているのか、と突っ込まれそうだが、特徴的な耳さえ隠れてしまえば、エレミアは人間とそう変わらない見た目であるし、祖父母も紛う方ない人間である。
普通は生まれて初めて訪れた街で、これだけ多くの人間以外の種族を見るとは思うまい。
人種のるつぼという表現があるが、この場合は種族のるつぼとでも言えば良いのだろうか?
他種族との取引も厭わないファーゴの姿勢が、こういった光景を生み出しているのだとすれば、それはヨシュアにとっても好ましい事だと思えた。
ファンタジー世界の創作で良くある、人間種族による他種族への差別や弾圧などは、ヨシュアとは相容れない思想である。
ようやく出会えたファンタジー世界らしい景色に、ヨシュアが目を奪われていると、静かに馬車が停止した。
「着いたよ、ヨシュア君。ここが目的地だ」
ファーゴにそう声をかけられ、大事そうに確りとエレミアに抱えられたヨシュアが馬車から降りたのは、街の中心部にある広場の一画であった。
この世界でも、広場での取引に賃借料はかからないのか、種族や国籍を問わず露天商が商いに精を出しており、異国情緒漂う街頭市場に興を引かれてか、もう夕刻に差し掛かろうというのに、買い物客が引きも切らない。
巨大な闘技場の方からは大きな歓声が聞こえ、何かの催し物が始まりそうな気配だ。
何処からか流れてくる、風に混じった屋台料理や潮の匂いに鼻孔をくすぐられて、ヨシュアは鼻をひくつかせた。
今回の被害担当:最強の矛スキルとヨシュア。 矛スキルは咬ませ犬。はっきりわかんだね。
最強の矛()「(´・ω・`)そんなー」
ヨシュアは気づいたら改造人間? になっていた。
ヨシュア「やめろぉ、女神様!! ――」
女神様「やめて良いの? 別に私は困らないから良いけど……」
ヨシュア「すみませんでした!」
本当は昨日投稿して、ちょうど一ヵ月後の投稿にしたかったのですが、間に合いませんでした。無念。
※5/22 加筆修正。