閑話 「神威」
あらすじで、こうして好きな時にネット(のような事)ができる、好也の異世界転生ライフが幕を開けた。と書いたな? あれは嘘だ。
……ごめんなさい。許してください。好也の転生のきっかけになった問題を解決しないまま話を進めるのがどうしても気持ち悪くて、つい書いてしまいました。今回の主役は女神様です。あ、あと作者の描いた挿絵があります。そういったものが嫌いな方は要注意です。
好也を無事に転生させた女神様は、その御座へと戻った。
神の御座は広大な宇宙空間にあり、煌めく数多の星海の中、好也の転生した異世界を眼下に見下ろす事ができる。
女神様は本来、ここで自らの管理する世界を眺め、生命の営みなどを見守るのが常であった。
しかし現在の女神様を、先程まで一緒に居た好也が見たとしたら、人間のか弱い精神など容易く砕け散り、精神の死を迎えた好也に、転生など不可能であっただろう。
それ程の神威。
優しく緩んでいた瞳は氷を思わせて冷たく、ころころ変わって好也を魅了したその表情は、今や抜け落ちて能面さながらであった。
仕事やプライベートで仮面をつけ変えるのは、どのような人間であっても同じだろう。
これも表情で相手に与える印象や、その身に纏う神威による相手への影響を一切考慮していない、世界を管理する際の女神様の姿である。
この姿を見れば、好也の精神と会話していたあの世界で、女神様が如何に好也の事を怖がらせないように傷つけないように、と気遣っていたのかが良くわかろうというものだ。
それこそみーみーと鳴きながら震えている、小動物の赤ん坊を掌の上に乗せた時に、細心の注意を払って取り扱うようなものである。
その女神様の双眸が、ゆっくりと閉じられた。
そして行われる権能の行使。
女神様が取りかかったのは、好也が転生する原因となった、自然魔力枯渇問題解決のための対策である。
その対策とは、今後生み出すマナの性質を改変し、【マナ吸収】のスキルを持つ魔法生物以外には、マナを取り込む事ができないようにする、というもの。
そのためには現在のマナ供給システムの根幹をなす、世界樹などを作り変える必要が出てくる。
ならば最初からそうしろという話だが、これを行うとマナの供給が一時的にでも停止してしまったり、供給量が減少するというボトルネックがあるのだ。
枯渇が危険視される状況でこれを行うのは、リスクがあまりにも大き過ぎた。
そこで鍵となるのが、好也の魂と一緒に地球より持ち込んだ、超大量のマナである。
これには地球の神様から譲り受けた際に、既にマナ性質の改変を済ませてあった。
故に浪費される事なく、電力にたとえるなら非常用電源のような役割を果たし、作り変えた供給システムの、再稼働までの時間を稼いでくれるという訳なのだ。
それにしても、好也を転生させるのとほぼ時を同じくしての事である。
問題解決は早いに越した事はないとはいえ、まだ若干の猶予がある問題に、ここまで性急に取りかかる事に、疑問を抱く者も少なくないかもしれない。
しかし、女神様には早急に解決しなければならない理由があった。
それは《マナ解放》の秘密が、一部の人間達に気づかれつつあったからである。
実はマナは、システムによる供給以外にも補充する方法があったのだ。
それこそが《マナ解放》であり、その方法とは竜種など魔法生物に分類される存在を、殺害する事である。
今までの行動を鑑みるに、マナが減少して軍事利用できなくなると判明れば、《マナ解放》の仕組みに気づいた人間達が、魔法生物狩りに乗り出す事は想像に難くない。
女神様としては、そのような蛮行を、断じて許す訳にはいかなかったのである。
そのためには、マナを取り込んでの回復はもう行えないのだから、危険を冒してまで魔法生物を殺害する意味は薄い、という認識を人間達に植えつける事が急務であった。
そして今女神様が行っているのは、世界各国の人類国家元首、並びに女神様を信仰する《創世の女神教》の、各神殿の司教に対する夢を通じての啓示である。
啓示の内容としては、好也に伝えた事とほぼ同じだ。
人間達が軍事利用などでマナを浪費する所為で、このままではマナの供給が追いつかず、近い将来マナが枯渇しかねない世界の危機である事。
ただし相手はこの世界とは無関係だった好也ではなく、この世界に暮らす、しかも影響力の高い当事者達である。
あたかも人間が世界の支配者であるかのように増長し、様々な他種族を殺害し、挙句の果てには世界を危険に晒した事に対して、厳しく叱責した。
夢の中の事であり、実際には神の座を訪れた訳ではないとはいえ、僅かにでも神威を浴びながら、厳しい態度の女神様の怒りを受け止める者達は、生きた心地もしなかったに違いない。
最後に女神様はこう告げた。
『罰として人間達は、今後マナを取り込んで魔力を回復する事ができなくなる。【マナ吸収】のスキルを持つ存在以外にはマナを取り込めないよう、マナの性質を改変するからだ。この話を信じない者達のために、三日後に証拠を見せる。世界樹を注視せよ』
斯くして啓示は行われ、翌日人類国家元首並びに司教達は、下の者達を集めて女神様からの啓示の内容を逐一伝えて、今後についての協議を開く。
即座に民衆を集めて啓示を発表した《創世の女神教》と違い、各国上層部の中には、女神様の懸念通り単なる夢であると断じ、歯牙にもかけない者達も居たが、女神様の言葉通り、三日後にはその者達のみならず、世界中が信じざるを得ない事態が起きた。
――世界樹の消滅である。
枯れたのではない。
倒れたのでもない。
消滅であった。
いや、若干の語弊があるかもしれない。
厳密に言うなら、世界樹が切り株を残して消滅した。
切り株以外の部分が、女神様の啓示を知った様々な種族の者達も注視する中、光の粒子となって空気中に溶けて消えて行ったのである。
消滅、あるいは消失としか言いようがなかった。
人々を恐怖が包み込んだ。
世界の終わりを予感させるかのような、泰然と屹立し小揺るぎもしない筈の、不変の象徴とでも言うべき世界樹の消滅であった。
しかし不幸中の幸いと言うべきか、死傷者は出さずに済む。
世界樹が消滅した時点で、女神様の存在は証明されたも同然であり、その目を意識した上で、騒動の混乱に乗じて略奪や暴行に走る度胸のある者など、誰も居なかったのだ。
世界が終わるのだとすれば、どこにも逃げ場などない事は明白であり、皆膝をついて天を仰ぎ、一心に女神様に祈りを捧げるか、慈悲を請うかするに留まっていた。
その恐怖も、数日のうちには治まる事になる。
世界樹の切り株に、発芽が確認されたからであった。
その一報は瞬く間に広がり、世を儚んで自殺する者を出さずに済んだ。
《創世の女神教》の神官達により、啓示の内容を再度聞かされた民衆達は、完全に落ち着きを取り戻す。
女神様が、最初から世界を終わらせるつもりなどなかった事に、今更ながらに気がついたからである。
あれは女神様の啓示を信じない不信心な者達に、夢などではなかった事を信じさせるために行なった、一種のデモンストレーションでもあった事を理解したのだ。
ここに女神様の存在と、その神威は示された。
もはや神の不在を信じる者はおらず、人間の権力者達は今までの自らの行いが、女神様の怒りを買った事を思い知ったのである。
今回は人間の、マナを利用しての魔力回復不可という罰で済んだ。
ならば次は?
その事を考えて、なおも強気でいられる程の自信家は、ただの一人も居なかったのである。
結果小競り合いを含め、行われていた戦闘行動は、一切が中止を余儀なくされた。
今ならまだ性質改変前のマナを利用できる可能性はあったものの、何時使えなくなるのかわからない、不安定な力に成り下がった事に加えて、女神様の不興を買ってまで行う程のメリットが、得られるかどうかすら不明だったからである。
今まで抱え込んできた魔力を扱える者達も、これからは体内魔力頼みになる以上、そのオドの保有量によっては、解雇も視野に入れる必要が出てきた事だけは確かであった。
何しろ今までオドの保有量は、力の行使に必要な魔力量の限界値――たとえば必要なオドが千のスキルがあったとして、オドが九百しかない者にはそのスキルは使えない――に過ぎず、保有量が多い者も少ない者も、マナを取り込めば魔力が回復したので、自分に可能な事であれば、何度でも行う事ができたのだ。
しかし今後は、時間経過によるオドの自然回復以外では、魔力の回復が難しくなる事が予想されるため、オドの保有量こそが、その者の優秀さを計る尺度の一つとなり得るのである。
そうなると、自勢力の保有戦力の計算もやり直しであり、事によると国家間における軍事力の逆転という事態すらあり得た。
この世界において魔力の有無とは、それ程までに重要な事柄なのである。
一旦矛を収め、自らの足場を固める必要に迫られた結果であった。
そして《創世の女神教》が、唯一実在する創世の女神様を信仰する宗教として、世界各国で国教となり、過去最大規模に膨れ上がる。
他に世界樹が消滅した理由を証明できる者が、誰一人としていなかったので、それも無理からぬ事であると言えた。
中にはその事を笠に着て、私腹を肥やそうとする生臭な司祭なども存在したが、女神様がそのような愚かな真似を許す筈もない。
司教への啓示により速やかに愚行が発覚し、破門された。
後は寄付金で救護院や孤児院を運営したり、貧困層に定期的に炊き出しを行うなどして、順調に信者や改宗者を集めた結果である。
こうして、一時的にではあるものの、世界は平和を取り戻したのであった。
◇
速攻でマナ枯渇危機問題を解決し、世界を平和にしてしまった有能過ぎる女神様であったが、仕事を終えて暇になるかというと、そのような事はない。
中には暇を持て余し過ぎるあまり、自作自演で戦争を起こして楽しもうとする、邪神のような神まで居るというのに、女神様は少し働き過ぎなのではないだろうか?
しかしそれも無理からぬ事ではあった。
何しろ女神様には、まだ履行すべき契約が残されているのである。
そう、それは好也との、インターネットのような事ができるスキルを作る、という約束であった。
そんな訳で、女神様は神の座にある、女神様専用の瀟洒な椅子に腰掛けると、そのほっそりした手の中に、神の権能でスマホのようなものを生み出す。
……スマホではない。
飽く迄スマホのようなもの、である。
バールとバールのようなものが違うのと同じ事だ。
因みに、何故地球のインターネットにアクセスできるのかは、誰にもわからない。
ともかく準備万端整えて、女神様はスマホのようなものを使い、ネットの海を漂い始めた。
実は女神様は、好也の頭の中をざっと覗いたりして知識では知っていたものの、実際にネットを体験した事はなかったのである。
そして視界に飛び込んでくる、情報の洪水。
画像や動画、音楽といったものを駆使した、目も眩むような音と光の奔流に押し流され、女神様は戦慄した。
(これがインターネット!? 《ヌコヌコ動画》? 《ヒキペディア》? 私あの子に、これと同じ物を期待されているの!?)
思わず立ち上がり、女神様はあわあわと可愛いらしく右往左往しながら慌てる。
女神様が少し加工して済ませようとしていた【女神の叡智】というスキルは、インターフェースが文字の羅列だけなので、多種多様なグラフィックを駆使した今のパソコンと比べると、使い易さに天と地程の開きがあった。
女神様には地球のインターネットに慣れきった好也が、今のままの状態で納得するとは到底思えなかったのである。
「大変! こんな事をしている場合じゃないわ!」
女神様は焦りの表情を浮かべたまま、神の座を後にした。
◇
自分が地球のインターネットというものを、甘く見ていた事に気がついた女神様が、今現在何処に居るのかというと、何故か地上にある深い森の中であった。
探検隊の着るような服装で、四つん這いになってスマホのようなものを片手に構え、
「はーい。ちょっとだけ動かないでねー?」
などと言いながら、不思議そうに自らを見上げてくる動物達を撮影しまくっている。
そう。女神様は慌てた結果、自らの足でネットのようなスキルに利用する、素材の撮影に赴いてしまったのだ。
どうやらこのまま世界中を回り、画像や映像を収集するつもりのようである。
好也が見たら、「えっ? 実地踏査? 何かこう、神様的な力であっという間にやるんだと思ってた」などと言いそうだが、おそらくそう思っていなかった方が少数派であろう。
なんというポンコツ振り。
さすがはあのようなアクロバットな方法で、マナを異世界に密輸した女神様である。
予想の斜め上を行く発想であった。
きっと今の女神様は、ひらがなでめがみさまと書くのが相応しいに違いない。
心なしか八頭身だった女神様が、三頭身くらいに見えてきた気さえする。
頑張れ女神様。
ネットの世界は日進月歩。
異世界でのネット環境の構築は、女神様の手腕にかかっている!
それにしても、神威とは一体……。
うごごご!
~頑張れ女神様~とはこういう意味だったんですね。(タイトル回収)主人公の異世界ライフは、これからもこうして女神様が支えていくのでしょう。女神様マジ女神。
今回の被害担当:世界樹 デモンストレーションで消滅させられる。
世界樹「なんで世界樹すぐ死んでしまうん? (´;ω;`)」
女神様「デモンストレーションのためにやった。反省も後悔もしていない」
※5/23 加筆修正。