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16/32

1-14 「レシピ」

 こちらは本日投稿の2/2話目です。

 とりあえずは一区切ひとくぎりついたようなので、このあたりで一度ヨシュアの説明を要約ようやくしてみよう。


 まりけでの買い物を終え、家路いえじを急いでいた一行は、思いがけずゴブリンの襲撃しゅうげきを受け、その場に停止しての対応を余儀よぎなくされる。


 今どの辺りまで進めたかを知りたかったヨシュアは、ブラウザのホーム画面に用意された文字リンクから、地図を調べてみる事にした。


 その際目的の情報を得るのと同時に、他にも機能がある事を発見し、さっそく検証けんしょうを行ってみた彼は、そのうちの一つ、レーダーマップ機能を使えば、自分にとっての敵味方、更には中立の存在さえも判別はんべつが可能である事に気づく。


 この時は外の様子も気になっていたため、女神様撮影(さつえい)の実況つき動画で事態じたい推移すいいを確認し、無事にゴブリン達が始末しまつされるのを見届みとどけたヨシュアは、ルプスルグ族の護衛達が馬車の周囲しゅうい索敵さくてきしている間に、みずからもレーダーマップで周辺しゅうへん調査ちょうさしてみる事にした。


 近くに赤いマーカーがない事に安堵あんどしつつも、念のため調査範囲(はんい)を広げてみた彼は、間を置かず森の中に、赤いマーカーが密集みっしゅうしている場所がある事に気づく。


 すぐに掲示板けいじばんに顔を出し、あれは一体どういった場所なのかとたずねるヨシュアに、女神様は『それはさっきあなた達を襲った、ゴブリンの巣よ?』と答えた。


 ゴブリンが、種族としての弱さとえにでもしたかのように、高い繁殖力はんしょくりょくと成長力を持つというのは、少しでもファンタジー作品に触れた経験けいけんのある者にとっては、ある意味常識とさえ言っても良いのではないだろうか?


 そんな魔物が、自分の家の近くに巣を作る。


 これは家の中で、ねずみ蜚蠊ひれんを発見した時とは比較ひかくにもならない程、生理的せいりてき嫌悪感けんおかん不快感ふかいかんを感じずにはいられない事態であった。


 基本どの世界でも、数は力である事は言うまでもない。


 いくら雑魚ざこ魔物を代表するゴブリンとはいえ、爆発的に数を増やされ、こちらを上回うわまわる程の集団を形成けいせいされてしまえば、対応に苦慮くりょする羽目はめになるであろう事は明白めいはくである。


 先を急ぎたいヨシュアにとっては、面倒臭めんどうくさい事この上ない事態じたいであった。


 しかし無視して放置ほうちしたところで何の解決にもならないどころか、余計よけい面倒な事態になるであろう事がわかりきっている以上は、彼も重い腰を上げざるを得なかったのである。


 何の事はない。


 何故なぜこんな事をしなくてはならないのか、とあの時一番強く思っていたのは、主導しゅどうしていたヨシュア自身であったのだ。


 つまるところ、ナビゲーションシステム機能をもちいてあの木のところまで行き、わざわざ目印めじるしをつけさせたのは、準備が済み次第しだいそこから森に入り、ぐに進むだけでゴブリンの巣に辿たどけるように、とヨシュアなりに今の自分にできる精一杯せいいっぱいの協力をした結果だったのである。


 そしてすでに問題の解決が容易よういになった事を知っていたからこそ、慌てふためく大人達を前に、ああも場違ばちがいな程に落ち着き払っていられたのであった。


 言及げんきゅうしていない実況動画じっきょうどうがの件については知るよしもないだろうが、大まかにでも彼の行動の意味を理解した保護者達は、そろってヨシュアに謝罪しゃざいする。


「すまない、ヨシュア君。ヨシュア君が問題解決のために動いている事も知らずに、じいじ達は呑気のんきにも問題は全て解決したものと思い込んで、ヨシュア君の行動を邪魔するような真似まねまでしてしまった」


「ごめんなさい、ヨシュアちゃん。ばあばもてっきり、小さな頃には良くある、特に意味のない気紛きまぐれな行動なのかと思って、ヨシュアちゃんが馬車を降りる事に反対してしまったわ」


わたくしもあの時、坊っちゃまにそのような深いお考えがあるとも知らずに、浅慮せんりょにも反対などしてしまいました。申し訳ございません、坊っちゃま。おしかりは如何様いかようにもお受けいたしますので、どうかお許しください」


 しかし謝罪された幼児ようじの方は、あきれたような表情を見せた。


「皆が馬車を降りたがる僕を止めようとしたのは、僕の身を心配しての事でしょう? 僕の行動の意味を知らなかった? そんなの当たり前の事なんだから、皆があやまる必要なんてないよね? その程度ていどの事でも謝らないといけないのなら、僕まで謝らないといけなくなっちゃうんだけど? 僕は謝りたくなんかないし、謝らないよ?」


「ヨシュア君が謝らないといけない? そんな必要があっただろうか?」


 全く見当けんとうもつかない、といった様子で首をかしげる三人に、ヨシュアはため息をつく。


「そもそも、じいじ達が僕の行動の意味を知らなかったのは何でなの?」


「それは……」


「自分達のさっしが悪い所為せいだなんて言わないでよ? 普通はそんな事、察せられる訳がないんだから。僕が皆に、馬車から降りて何をしたいのか、何の説明もしなかったからだよね?」


「それは……まあ」


「じいじ達は僕の説明を聞いて、そんな事情があったのなら、先に言ってくれれば良かったのに、って一切いっさい不満に思わなかった、って女神様にちかえる?」


「うっぐ……」


 それは神の実在が確認されているこの世界において、かなりきびしい追及ついきゅうであっただろう。


 もし一瞬いっしゅんでも不満が頭をよぎっていれば、誓った瞬間に女神様に嘘をついた事になってしまうのだから。


 しかし誓えなければ、ヨシュアに対して不満に思った、と認めているのと同義どうぎであった。


 まあ、返答にきゅうした時点じてん白状はくじょうしたも同然どうぜんであり、そのような葛藤かっとうは全くの無意味なのであるが。


 本人達もその事に気づき、ようやく観念かんねんしたのか、ヨシュアに対して不満に思った事を認めた。


「つまり、僕は皆が知らない情報を知っていて、事態の深刻しんこくさに気づいていたからこそ、それを解決するために動こうとした訳だけど、結局は僕一人の力で全てを解決する事なんて不可能なんだから、最後にはじいじ達の力が必要になる事は間違いないよね?」


「ああ。確かにそれはそうだろうね? ヨシュア君が本気を出せば、あっという間に解決できてしまうのかもしれないが、だからといって可愛い孫に全てを押しつけよう、などという気には到底とうていなれないかな?」


「ならやっぱり、僕にはじいじ達に女神様から教えて貰った情報を伝えて、理解と協力を求める必要があったって事だよね? 実を言うと、その機会は今までに三回くらいあったんだよ」


「三回も? そんなにあったの?」


 驚くモルガンにその金のまなこを向け、ヨシュアが続ける。


「最初は、僕が馬車を降りる事に皆が反対したあの時。あのタイミングで説明して理解を求めていれば、反対されるどころか、皆も納得なっとくした上で率先そっせんして動いてくれていたかもしれないよね?」


「……確かにそうかもしれないわね?」


「次の機会は、森の入り口になる木に目印をつけ終えて、馬車に戻ろうとした時。じいじとばあばが、僕の行動の意味を知りたそうにしていたのに、僕は馬車に戻るまで待つように言って、相手にしなかった。もしあの時説明していれば、じいじはあの場ですぐに対応を指示しじする事ができたと思わない?」


「……ふむ。まあ、そうかな?」


「そして最後が、馬車に戻って出発してから。つまりは今この状況じょうきょうの事だね? 僕は三回目……もっとおそいこのタイミングで説明する事を選んだんだ」


「それは何故だい?」


「そんなの、馬車に戻ってから説明するのが、僕にとっては一番都合(つごう)が良かったからに決まってるでしょう? そのためなら皆の理解や納得なんて、二の次でもかまわない、ってそう思ったからだよ」


 その突然の告白こくはくに、祖父母はショックの色を隠せない。


 孫が自分の都合のためなら、他者の感情などないがしろにしても構わないとさえ思っている、と言っているようにしか聞こえないからだろう。


 しかし唯一ゆいいつエレミアだけは、逆に主がそう判断してまで優先したという、自分の都合とやらの方に興味きょうみを引かれたらしい。


 いつも通りのおだやかな声音こわねで尋ねる。


「坊ちゃまのおっしゃるご都合とは、一体どういったものなのでしょう? よろしければお教えいただけないでしょうか?」


「もういい加減言かげんいきたけど、プレゼントを雨でらさないように、早く家に帰りたいからだよ。【強欲の蔵グリーディー・ストレージ】はルプスルグ族の皆にも内緒だから使えないし、ある程度なら魔法鞄マジックバッグに入れて運べるけど、ベッドだけは大き過ぎて鞄に入らないでしょう? 僕は今晩こんばん、濡れたベッドで寝るなんて嫌だよ?」


「あ……」


 憮然ぶぜんとした表情で答えるヨシュアに、スキルで調べた天気の話に触れていながら、ゴブリンの襲撃や固有ユニークスキルの話。


 更には巣の発生や、ヨシュアの深謀遠慮しんぼうえんりょなど、目紛めまぐるしく変わる話に翻弄ほんろうされて、午後から降るという雨の話など、すっかり忘れてしまっていたらしい三人は、異口同音いくどうおんに気まずげな声を上げる。


「一応ああいう想定外にそなえての早めの出発だったけど、そんな時間の余裕、あの襲撃への対応や、目印をつけに行くっていう予定外の行動の所為で、うのむかしに使い果たしてるんだよ? 僕はそんな状況で、皆に説明して理解を求めるタイミングはいつにするか、選ぶ必要があったんだ」


「な、成程なるほど……? それはそうよね?」


「馬車を降りる前に説明を行った場合ばあい、それは全員納得した上で行動する訳だから、一見いっけんいいことくめで何の問題もないように思えるかもしれないけど、僕が説明を終えるまでに掛かった時間が、全て損失ロスとしてマイナスされる事になるんだよ? つまりこのタイミングが一番、プレゼントが雨に濡れる可能性が高いんだ」


「「「……ああ」」」


「次が目印をつけ終えてから、馬車に戻るまでの間。移動しながらだから、それ程無駄(むだ)だとは思わないかもしれないけど、歩く事に専念せんねんするのと、会話に意識いしききながら足を動かすのとでは、到着とうちゃくするまでに掛かる時間に、結構けっこうな差が出るんだよ?」


 これは通勤通学時つうきんつうがくじに、真っ直ぐ目的地に向かった場合と、歩きスマホをしながら向かった場合、同じ時間に到着する事ができるか? と考えてみるとわかりやすいだろう。


「そう言われると、ヨシュア君の興味深い話を聞いて、驚いて足を止めたり、意味を理解しようと考え込んで、歩くペースが落ちたりする事はない、と断言だんげんする事はむずかしいかな?」


「つまりそうしておくれた分、家に着く時間はおそくなるよね?」


「あ……もしかしてあの時、私に坊ちゃまをお抱きするように言われたのも……」


「そう。買ったばかりの靴を、血で汚すのが嫌だった事は確かだけど、そうエレミアに頼んだ一番の理由は、僕の歩幅ほはばじゃ時間が掛かりすぎるからだよ。しかもスキルを使うために、目を閉じながらだと余計にね?」


「てっきりエレミアさんに甘えているだけなんだと思っていたのに、それすら時間の無駄をなくすための計算のうちだったなんて……」


 畏敬いけいさえふくんでいるかのようなモルガンのつぶやきは、他の二人の胸中きょうちゅうをも代弁だいべんしたものであったかもしれない。


 ヨシュアはそれについては聞き流し、話を元に戻す。


「じゃあ最後に僕が選んだ、全員が乗り込んで、馬車が出発してから説明する場合はどうかな? 説明に時間が掛かったら、家に到着する時間が遅くなると思う?」


「……ならないでしょうね? 馬車を引いているのは馬で、その馬をあやつっているのは御者ぎょしゃ。私達はただ椅子いすに座っているだけなのだから、どれだけ説明に時間が掛かろうと、到着時間には一切影響(えいきょう)がない。だからヨシュアちゃんは、このタイミングを選んだのね?」


 一つ頷いてヨシュアが続ける。


「そうだよ? じいじとばあばやエレミアに、自分の行動を理解して貰うための説明を後回あとまわしにして、ね。どう? もしかしたら誰も確証かくしょうを持てないまま、僕の最悪の予想が現実になったかもしれない、ゴブリンの巣の発生を知らせて、更にじいじやルプスルグ族の皆の負担ふたんを少しでも減らすために、巣への近道まで教えた上で、絶対に濡れると決まった訳じゃないんだから、家に着くのが多少遅れる事になったとしても、じいじ達に不満を感じさせないように、あらかじめ事情を説明するのは当然の義務なのに、それをしなかった僕は皆に謝らないといけないと思う?」


「「「うっ……」」」


 先程さきほどよりもなお一層いっそう手厳てきびしい質問に、保護者達が答えに詰まる。


 ファーゴとて襲撃を受けたからには、何処からか流れ着いたゴブリンが、森の中にみついて巣を作っているかもしれない、くらいの予想はできていても不思議ではないだろう。


 しかし確証かくしょうなど何もない上に、巣を探す手掛てがかりすらなく、ヨシュアが言う最悪の予想が現実のものになる可能性は、決して低くはなかったのだ。


 だがヨシュアの知らせでそれが確信かくしんに変わった上に、本来ほんらいであれば最悪何日も森の中を彷徨さまよい歩き、なく巣を探し回らなければならなかったところが、彼が巣への近道まで調べてくれたおかげで、場合によっては半日程度で解決する可能性すら見えてきたのである。


 これにより軽減けいげんされる時間や労力ろうりょくといったコストは、千金せんきんあたいすると言っても過言かごんではなかった。


 もしこの一件で功労賞こうろうしょうが与えられるとすれば、ヨシュアの受賞は間違いのないところであろう。


 彼はこの問題の解決に、それ程までに大きな貢献こうけんを果たしたのである。


 巣の発生も襲撃も、当然だがヨシュアの責任ではないのだ。


 にもかかわらず、早く帰りたいのを我慢がまんして、解決のために動いた三歳のおさない功労者に対して、まだ何の貢献もしていない大人達が、そんな事情があったのなら、自分達の感情的な納得のためにも、たとえプレゼントが雨に濡れる事になろうと、前以まえもって説明をしてくれれば良かったのに、と言っているのか? と彼は問うているのである。


 当初とうしょは悪さをした子供に、何故そのような事をしたのか、と訳を聞くようなつもりでいた大人達はしかし、話が進むにれて実はその悪さは、彼らにも納得のいくゆえあっての些細ささいなものである事が判明はんめいし、むしろそれをとがめるような気持ちを抱いた自分達の方が、何やら狭量きょうりょうであるかのような気さえしてくるのが不思議でならなかった。


 確かに保護者達の心情しんじょう承知しょうちの上で、それを自らの都合で蔑ろにしたヨシュアは、責められてしかきかもしれない。


 だがその都合が、三人にとって納得のいくものであれば話は別であった。


 ヨシュアは起床きしょうしてすぐの挨拶あいさつの時から、できれば午前中には帰宅したいむねを保護者達に伝えており、彼らもその考えに賛同さんどうし、皆で効率的こうりつてきに動く事で出立しゅったつの時間を早めたり、と協力の姿勢しせいしめしてきた筈である。


 魔物の襲撃など、幾分いくぶん不測ふそくの事態はあったものの、それについてはルプスルグ族の戦士達や、ヨシュアの活躍かつやくによって解決の目処めどが立っているため、この一度は全員が認めた筈の基本方針きほんほうしんを、変更する理由としては少々弱いように思われた。


 結局けっきょくのところ、三人の心情のためにヨシュアはこの基本方針を曲げるべきだったか? というのがこの話の焦点しょうてんなのである。


 その結果、ヨシュアの出した結論はご承知しょうちの通りであった。


 どうせ説明はするのだから、そのタイミングが少々遅れる程度の事など、たいした問題ではないだろう、という自分本位じぶんほんいな考えから、他者への配慮はいりょおこたった訳である。


 三人が釈然しゃくぜんとしない気持ちになるのも、当然といえば当然であった。


「お互いもやもやするのは、多分たぶん誰も悪くないからなんだと思うよ? ゴブリンに襲われた事も、巣ができていた事も、僕の所為せいじゃないでしょう? でも自分の所為じゃないからって、放って置く訳にもいかないから我慢して対処たいしょしたけど、そうすると時間の余裕がなくなって、僕も皆に気をつかえるだけの、心のゆとりがなくなっちゃったんだよ。その皺寄しわよせを、僕は自分で引き受けるのがどうしても嫌で、皆に押しつけちゃったんだ。けど、だったら悪いのは皆なのかって言うと、それも違うでしょう? じいじやばあば、エレミアにも責任はないよね? なのに訳もわからないまま、皺寄せだけを押しつけられるんだから、不満に思って当然なんだよ。そうでしょう?」


「そうね」


 その割り切れない気持ちを、ヨシュアが代弁し理解を示した事で、彼らもようやく自分達に非はないのだと思えたのか、大きく頷く。


「そもそも最初から、僕は皆を責めたりなんてしてないよ? さっきの質問だって、僕は皆の気持ちを考えて、自分が我慢するべきだったと思うか? って聞いただけだし」


「あ、ああ。確かにそうだったね?」


「ただ、僕だって自分が悪い訳じゃないのにプレゼントを濡らすなんて、どうしても納得がいかなかったんだよ。それで、皆はこのくらいの事で僕を怒ったり、嫌いになったりはしないんじゃないかと思って、自分の都合を優先する事を選んだんだ」


 ようはこの程度の事であれば、とがめられる事はあるまい、と計算し確信した上での犯行はんこうである、という自白じはくであった。


 人、それを確信犯という。


 実にクズい。


 クズいが、クズがクズいのは当たり前の事ではないだろうか?


 つまりはいつも通りであり、何ら特筆とくひつすべき事ではなかった。


 ……なんだ、いつものヨシュアか。


 まだその本性ほんしょうを理解していない保護者達が、それを聞いて苦笑くしょうしたのは、同じように思ったから、という訳では勿論もちろんない。


 彼の言葉で、自分達が甘えられていた事に気がついたからであった。


 保護者達はこの程度の事で自分を怒ったり、嫌いになったりはしないんじゃないかと思った、という発言は、良く言えば信頼であるが、悪く言えば他者への甘えであろう。


 相手が赤の他人なら、「甘えるな!」とか、「私達はあなたのパパでもママでもない」とでも言われるに違いない。


 しかし三人は確かにパパでもママでもなかったが、祖父母であり世話係ではあるのだ。


 更に言えば、父親は何処にもおらず、母親であるミシェルがとこせっている以上は、ヨシュアが甘える事のできる相手など、この世界に彼ら以外には居ないのである。


 再三さいさんべてきた通り、ヨシュアにだだ甘なファーゴやエレミアは勿論の事、モルガンとて人並ひとなみ以上に孫を可愛いく思っている事は確かであり、その彼らがヨシュアに対して、「甘えるな!」などと言う筈がないのだ。


 つまりは自分達に対する甘えであったのならば仕方がない、という納得とあきらめの苦笑なのであった。


「成程。良くわかったよ、ヨシュア君。それで、謝りたくないというのは? ……ああ、勿論じいじはヨシュア君に謝れと言っている訳じゃないんだよ? ただ、ヨシュア君は自分が悪いと思えば素直すなおに謝る事のできる子なのに、どうしてこの件に限っては、そこまでかたくなに嫌がるのかが不思議でね?」


「理由はいくつかあるけど、まずはどうしても自分が我慢すれば良い、とは思えなかったから。次に、悪気わるぎがあってした事なら、謝るべきじゃないと思ったからだよ」


「ねえヨシュアちゃん。悪気、って?」


「皆は今まで生きてきた中で、何回かは他人ひとに謝られた経験がある筈だけど、その時こう思った事はない? 謝るくらいなら最初からするな、って」


「「「ああ……」」」


 再度さいど苦笑混じりに、三人は幼子おさなごの言葉を首肯しゅこうする。


「または、悪いと思うのなら最初からするな、かな? 結局のところ、大して悪いと思ってないからするんだよね? しくは他の何かと天秤てんびんに掛けて、そっちの方が重かったからこそ、そっちを選んだのかもしれないけど……。どちらにしても、自分がざつあつかわれた、とか切り捨てられた、ってされた方が思う事に変わりはないでしょう?」


「まあ……そうだろうね?」


「それが悪気。他人事ひとごとのように言っている僕だって、結局は自分の都合の方を選んだ事に変わりはないんだよ? その僕が謝ったとして、皆は本当にその反省はんせいの気持ちを信じる事ができるの? もう一度同じ状況になれば、今度こそ自分達の方を優先してくれるに違いない、って」


「うっ。そ、それは……」


「無理でしょう? 僕にだって、自分がそうするなんて信じられないんだもん。当然だよね? 大体だいたい、謝罪なんて被害者ひがいしゃに許しを得る事で、加害者かがいしゃが自分の罪悪感ざいあくかんを軽くしたり、反省はんせい態度たいどを見せる事で、あわよくばばつを受けずに済ませたい、とか最悪受けるしかないにしても、できる限りは軽くしたい、って自分のためにする場合がほとんどなのに、被害者は謝罪だけで本心から納得できるの? せめてそれくらいの事はして欲しい、っていう単なる妥協だきょうじゃなくて?」


「「「……」」」


 三歳児が繰り出す、怒涛どとうごとき質問を前に、保護者達もついには相槌あいづちすら打てなくなってしまう。


 こうしてむちで相手を黙らせてから、あめなだめる。


 この男の常套手段じょうとうしゅだんであった。


「まあ、謝られる事で相手を許そう、っていう気持ちになる事もあるだろうし、そんなつもりはなくても、事故で誰かを傷つけてしまう事だってあり得るんだから、謝罪も全くの無意味って訳じゃないんだろうけどね? とにかく、皆が僕に対して不満を感じるのは当たり前なんだし、僕にも悪気があった上に、いまだに自分が悪いだなんて思ってないんだから、お互いにわだかまりがあるのに無理に謝罪し合うよりも、不満なのはおたがさまなんだし、それで納得して手打てうちにすれば良いんじゃないかって思ったんだ。だから謝るなって言ったんだよ」


「……ありがとう。話は理解できたよ、ヨシュア君。ヨシュア君の説明が納得のいくものばかりだったから、今のじいじ達には感謝の気持ちこそあれ、不満や文句なんて一切ないんだが、それでヨシュア君が納得できるのなら、お互い様という事で水に流そう。それで良いかい?」


 しばし顔を見合わせた後、代表したファーゴのつる一声ひとこえに、全員が頷いて了承りょうしょうする。


 転生前は社会人として、自分は悪くなくても仕事きゅうりょうのためには頭を下げざるを得ない日常を送ってきた反動からか、今生こんじょうではこの大陸を支配する家に生まれ、女神様に好きに生きて良いとのお墨付すみつきまで得た以上は、ヨシュアは一度謝りたくないと思ったら、決して謝らない事を心に決めているようであった。


 これでようやくなぞ難題なんだい袋小路ふくろこうじから抜け出せた気分なのだろう。


 愁眉しゅうびを開く大人達を前に、しかしヨシュアは最後にくぎす事を忘れなかった。


「それじゃあ、後の事はじいじ達に任せて良いんだよね?」


「ああ、勿論だとも。向こうに着いたらさっそく彼らと協議きょうぎして、せっかくのヨシュア君のお膳立ぜんだてを無駄にする事のないよう、解決のために最善さいぜんくそう。安心して任せてくれて良いよ」


 その自信にちた祖父の言葉に、ようやく安心したのだろう。


 それでヨシュアもやっと体から力を抜いた。そのようなつもりはなかったが、どうやら無意識に気を張っていたらしい。


 その事に気づいてか、いたわるような手つきでエレミアが主の髪をく。


 さからわず身をゆだねつつ、ヨシュアは身をよじるようにして、背後に居る彼女に尋ねた。


「ねえ、エレミア? そういえば昨日、出掛ける前に今日の分まで洗濯をしたんだから、その分後回しにした他の仕事は、まだ残ってる筈だよね? 昨夜ゆうべはその事を忘れて料理のレシピなんか渡しちゃったけど、大丈夫なの?」


 自分の所為で、彼女に余計な負担ふたんをかける事になったのではないか、と心配そうな様子を見せるヨシュアに、エレミアはああ、と思い出したような声を上げると、見る者を安心させるような笑顔を主に向けて、その心配を否定する。


「お気遣きづかいありがとうございます、坊ちゃま。ですがご心配にはおよびません。夕食を作るのはいつもの事ですし、坊ちゃまにいただいたレシピは、煮込み時間がそれなりに長い料理のようです。サラマンダーに火加減ひかげんを任せて、げつかないように注意してもらえば、その間に他の家事をする事も可能でしょう。万が一それで間に合わなくても、他にも方法はございますので」


「そうなの? なら大丈夫なんだね?」


 その答えに安心するヨシュアを笑顔でながめていたファーゴが、ふと思いついたように孫に問う。


「ヨシュア君、その女神様に教えていただいたという料理、じいじも気になるんだが、じいじ達にも少しわけて貰えたりはしないだろうか?」


 自分でもあつかましい事は理解しているのだろう。


 遠慮えんりょがちな祖父の願いを、ヨシュアは逡巡しゅんじゅんすらせず受け入れた。


「大丈夫だよ? もし残っても、次の日温め直して食べられるように、多めに八人分くらいはある筈だから。材料を買うお金はじいじ達が出してくれたんだし、僕達が断る理由はないかな? ね? エレミア?」


「はい、坊ちゃま」


「おお! それはありがたい」


 その返事に喜色きしょくをあらわにする夫を、苦笑交じりに見ていたモルガンであったが、いで孫の口から飛び出した言葉に表情を変える。


「ただ、僕としてはじいじ達もだけど、お母さんにこそ食べて欲しいかな? 言ったと思うけど、これは美味おいしいだけじゃなくて、体にも良いっていう、すごい効果がある料理のレシピなんだ。体に良いって事は、それだけ栄養が沢山たくさんあって、体に力がつくって事でもあるんだから、それを食べれば、きっとお母さんの具合ぐあいだってすぐに良くなると思わない?」


「成程……それもそうね? 試してみる価値はあるかもしれないわ」


 大事な我が子の健康のため、わらにもすがる思いなのだろう。


 食べた事で今より体調が悪化する可能性は低い以上、試してみない手はない、という判断が下される。


 まずはできた料理を、モルガンがミシェルに届ける、といったような打ち合わせが行われている間にも、馬車は一歩一歩着実(ちゃくじつ)に、別荘へと近づいて行くのであった。





 その後は何事もなく、一行は無事に別荘へと帰り着く。


 時刻は十一時五十四分。りではあったものの、午前中の到着という目標は何とか達成たっせいできた。


 しかし午後の何時から雨が降り出す、という明確めいかく指針ししんがないため、息つくひまもなく荷物の搬入はんにゅうが行われる。


 まずはヨシュアが心配していたベッドから始まり、今日もこちらで過ごす事から、ファーゴが持ち出してきた、仕事のための書類が入った鞄など、濡らしては困る物から優先的に運び込まれた。


 予知通りに雨が降り出したのは十三時を過ぎた辺りからで、その頃には既に全ての荷物の搬入が済んでおり、食堂で一息入れていた四人――エレミアは遠慮したが、ヨシュアが押し切った――は、何とか間に合ったかと安堵あんど吐息といきらす。


 早く起きた影響からか、ヨシュアが雨音を聞いているうちにうとうとふねぎ始め、それを合図に自然と休憩きゅうけいは終わった。


 彼をエレミアが部屋に運ぶのを見送って、祖父母はまずルプスルグ族を集め、ゴブリンの巣への対応を検討けんとうし始め、主を寝かしつけたエレミアもまた、予定通りに家事を始める。


 昼寝から目を覚ましたヨシュアが掲示板に顔を出し、女神様と『ルプスルグ族がマジ吼〇馬場な件について』、などという益体やくたいもない議論を交わしていると、エレミアが夕食ができたと呼びに来た。





「これは実に美味いな!」


 料理を咀嚼そしゃくし、開口一番かいこういちばん絶賛ぜっさんの声を上げるファーゴ。


 その前に置かれた皿によそってあるのは、湯気ゆげを立てているシーフードが主役メインのホワイトソースのシチューであった。


 エビやイカ、ホタテなどの魚介類ぎょかいるいを、名脇役めいわきやくである玉ねぎや人参にんじん、ブロッコリーが支える。


 既に雨は上がっていたが気温は下がったままであり、ヨシュアにはほんの少し空気がひんやりとしているように感じられた。


 そこにまんしてのシチューの登場、という心憎こころにく演出えんしゅつである。


 温かいスープがきょうされるだけでも御馳走ごちそうに感じられるというのに、それが食欲をそそる見目みめかおりまで振りまいているともなれば、いやおうでも期待きたいが高まろうというものであった。


 そしてその期待を、この料理は決して裏切うらぎらない。


 ミルクの甘みとまろやかさに、チーズやバターが適度な塩気と濃厚のうこうなコクを与え、小麦でとろみをつけたスープの味を塩胡椒(こしょう)が引き締め、ぷりぷりと甘いエビや、一口噛むだけでじわっと肉汁があふれ出すホタテ、弾力だんりょくある食感しょっかんのイカの旨味うまみが溶けたスープで、一緒に煮込まれている野菜も、いつも以上に美味く感じられた。


 それだけではない。


 出汁だしというものがまだ発達はったつしていないこの世界で、ベースにブイヨンを使ったこの料理が、如何いか滋味(じみ)み、味に深みを与えているのか、という話である。


 お陰で朝市で買ったごく普通のパンまでもが、シチューにつけるだけで御馳走に早変はやがわりであった。


(シーフードシチュー、ウマー!)


 エレミアがふーふーしたシチューを口に運んで貰いながら、ヨシュアは満面の笑みを浮かべる。


 馴染なじみのない世界で初めて口にするなつかしい味に、彼は終始しゅうしご機嫌であった。


「そんなにお口に合われましたか? 坊ちゃま」


「うん!」


 皿に残った最後の一滴いってきまでパンでぬぐい取り、わずかにふくらんだ腹部をさするヨシュアに、自分の作った料理を喜ばれて嬉しそうなエレミアが尋ねると、力強い頷きが返される。


 シチューが立てる湯気越ゆげごしの孫の笑顔に、祖父母の目尻めじりも下がりどおしであった。


 お代わりまでするくらい気に入ったと言うヨシュアに、一足先ひとあしさきにミシェルのところへシチューを運び、食べさせてきたモルガンが理解を示す。


「けれど、ヨシュアちゃんが気に入るのも良くわかるわ。先に食べさせたミシェルだって、美味しいって何度も繰り返して、綺麗きれいうつわからにしてしまうくらいの味なんだもの。あの娘が食事を残さなかった事なんて、ここ何年もなかったのよ?」


「ほう? そんなに喜んだか。まあ確かにこの料理は舌だけでなく、体全体が喜んでいるような気さえする程に美味いからな。体調が良くなくても……いや、良くないからこそ、余計に体がほっしたのかもしれん」


「ああ……それはあるかもしれませんね? のどかわいている時には、単なる水でも美味しく感じられるように、体調が悪い時には、体に良い物が美味しく感じられても不思議はないでしょうし」


 そのように話す祖父母を、ほんの少しだけ苦しい腹を撫でながら眺めるヨシュア。


 こうして四月五日の夜は更けて行ったのであった。

 今回の被害担当:保護者達三人。 雑に扱われた上に良いように丸めこまれる。


作者「これも子供のする事。仕方ないね」(諸行無常)


女神様「ヨシュアのする事だし、クズかったりするのも、ま、多少はね?」


三人「……」


 今話で第一章は終了となります。次回からは第二章が始まる予定です。このままエタらず書き続けて行く所存ですので、見捨てる事なくおつきあいいただけますと幸いです。

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