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1-9 「強欲の蔵」

お疲れ様です。こちらは本日投稿の2/2話目です。読み飛ばしのないようご注意ください。





 食事を終えて宿屋を後にしたヨシュア達は、馬車を降りた場所――エルダーヴィード銀行の前――まで戻った。


(なんで、もう営業していない銀行にくる必要が?)


 建物の脇から裏へと回りながら、エレミアの腕の中でいぶかしむヨシュアであったが、答えはそれ程複雑ではない。


 地下と一階に銀行としての業務を行うスペースがあり、二階と三階が居住用のスペースだからだ。


 城郭都市という、ただでさえ土地の限られた場所である。


 そのような場所で、一個人が土地や建築物を複数所持などしようものなら、ファーゴ程の権力者であっても、他者からの非難を完全に(かわ)す事は不可能であった。


 それ故この都市では露店や屋台ではなく、店舗を持つ自営業者のほぼ全員が、自宅が店舗を兼ねている者ばかりである。


 モルガンが裏口の鍵を開けて、入ってすぐの階段を上がると、とても銀行の上にあるとは思えないような瀟洒しょうしゃな洋館の廊下を思わせる内装が、ヨシュアの視界に飛び込んできた。


「さて、本来なら家で働いている者達が、ヨシュア君に挨拶にくるのが筋だろうが……」


「その必要はないよ。それより筆記具がある場所は?」


 廊下を進みながらファーゴが言う筋とやらを、一刀両断に斬り捨てるヨシュア。


 ここで働いているのは、ファーゴに雇われた者ばかりであり、言ってみればヨシュアという存在は、彼らにとってはまで主人の家族の一員に過ぎない。


 それは礼を失する真似まねはできないし、節度せつどを守って接するだろうが、そこにヨシュアに対する忠誠心や敬意などは存在せず、彼もまた、そのような当然の事を責めるつもりは微塵みじんもなかった。


 つまり形式的な挨拶などという、何の益もない行為は、お互いにとって時間の無駄でしかないのである。


「あ、ああ。書斎兼応接間しょさいけんおうせつまにあるよ?」


「なら、そこに連れて行って欲しいな。さっきの説明の続きをするから」


 もう何年も、誰かにこのような態度を取られた事などなかったのだろう。


 塩対応に鼻白はなじろみながらも答えるファーゴに、ヨシュアは臆面おくめんがない要求を口にし、モルガンが先の会話を思い出して尋ねる。


「さっきの……ああ、エレミアさんが魔法鞄を持つ事が、どうしてヨシュアちゃんの身の安全を守る事に繋がるのか、っていう事の説明?」


 こくりと頷く孫の姿に、そういう事であれば、と四人とそのいかつい見た目に反して気配遮断の上手い(影の薄い)ルプスルグ族の護衛は、その書斎兼応接間へと向かう。


 護衛をドアの外に残して入った書斎には、一番奥にファーゴが事務をるのに使うのであろう、重厚な質感の木製のデスクと、座り心地のさそうな黒い革張りの椅子が鎮座しており、その手前に、重要な客との応接に使うのだろうと思われる、テーブルを挟んで向かい合うように設置されている、一対いっついの二人掛けソファーがあった。


 モルガンが気をかせて羊皮紙と羽ペン、インクを持ってくると、羊皮紙を広げ、ペンに適量のインクをつけて、テーブルの上に乗ったヨシュアに手渡す。


 笑顔で礼を言い、それを受け取ったヨシュアは、羊皮紙を周囲に押さえて貰い、時折目を閉じながら、何やら羽ペンで書き始めた。


 子供が紙に書くものの代名詞と言えば、大人には良くわからない、謎の絵と相場が決まっている。


 ぐるぐるもじゃもじゃとした、真っ黒い線の塊は、書いた本人にしか――いや、もしかしたら書いた本人にすら、後で見たところでそれが一体何であるのか、――わからないのではないだろうか?


 今ヨシュアが書いているのも、そうしたたぐいのものに違いない、と彼らは思っていた事だろう。


 いや、年齢以上に賢いヨシュアの事である。


 実は絵の才能にまで恵まれており、玄人跣くろうとはだしの腕前を見せつけて、周囲の度肝どぎもを抜くつもりなのではないか、くらいは考えていたかもしれない。


「「「えっ!?」」」


 しかし目を細めて見守っていた大人達は、状況を理解するに連れて徐々(じょじょ)にその目を限界までみはり、まるで事前に打ち合わせでもいたかのように、揃って驚きの声を上げた。


 一体何処の誰に、三歳のヨシュアが料理のレシピを書き始めるなどと、想像する事ができただろう? 


 しかもそれは『大陸共通語』と呼ばれる、この大陸で最も使用頻度しようひんどの高い、いわば元の世界でいうところの、英語のような位置づけの言語であった。


 読めるのだ。


 お世辞にも綺麗で読みやすいとは言えまい。


 しかし、間違いなく書いてある内容も、伝えたい意味も理解できる。


 できてしまう。


「声は聞こえないけど、頭の中で色々教わっている、とはおっしゃっておられましたが……まさか文字を使ってのやり取りだったなんて……」


「三歳の子供が、もう読み書きまで……次男マーヴィンでさえ、満足にできるようになったのはここ最近の事だというのに……」


「女神様のご寵愛ちょうあいたまわるとは、これ程の事なの?」


 信じがたい事態を前に、次々と動揺の声が上がる中、しばうつむいて何事か考えていたエレミアが、意を決したように顔を上げると、何気ない風をよそおってヨシュアに質問した。


「坊ちゃま? 百五十に三十六を足すといくつになるか、おわかりになりますか?」


「んー? 百八十六じゃないの?」


 未だに羊皮紙に文字を書きつけながらの、上の空での返事だというのに、ヨシュアは三桁の計算を、たがわわず当てて見せる。


「――なっ! 読み書きだけでなく、既に計算……しかも暗算までできるというのか?」


「それも、今日三歳になったばかりの幼子が? ……私は夢でも見ているの?」


 呆然とする祖父母を差し置いて、ヨシュアは筆記を終え、それをエレミアに手渡す。


「坊ちゃま、こちらは……?」


「え? 料理のレシピだよ? 女神様に、早く大きくなれるように、美味しいだけじゃなく体にも良い料理の作り方を教わって、それを書き写したんだ。できれば明日、試しにそれを作ってみて欲しいんだけど……」


 上目遣うわめづかいの、あざとくも遠慮がちな表情に、エレミアは即答した。


かしこまりました。明日の朝にでも市場で材料を探して、離れに戻って落ち着きましたら、夕食にでも挑戦してみます」


「うん! ……おーい、じいじ? ばあば?」


 その嬉しそうな返事に、微笑を浮かべるエレミア。


 ヨシュアは未だに呆けている二人に気づくと、顔の前でその紅葉もみじのような小さな手を振った。


 はっと我に返った彼らは、口々に返事をする。


「あ、ああ……すまないね、ヨシュア君。あまりの事に、驚いてしまって」


「今日はもう、今までの人生の中で一番驚いた日だわ」


「何を言ってるの? 僕の話はまだ始まってもいないよ? どうしてここにきたのか、もう忘れちゃったの? さっきの話の続きをするためだよね?」


「「あ……」」


 そう、実演のために話が止まっていただけで、ヨシュアはまだ羊皮紙に文字を書いただけである。


 これでは何の説明にもなっていない。


「僕は別に、読み書き計算ができる事を自慢するために、皆の前で実演して見せた訳じゃないよ? まずはそれができる事を証明した上で、どうしてできるのかを説明する必要があったんだ」


「どうしてできるのか? つまりはできる理由があると?」


「勿論。それはそうだよ、じいじ。世の中の大半の人が、読み書き計算ができるようになるまでに、一体どれ程の苦労をするのか、実際に経験した事のある皆が、一番良くわかっているんじゃないの?」


「……まあ、それはそうだね。覚えるのに何の苦労もしなかった、と言ったら嘘になるかな?」


 苦笑しながら認めるファーゴに、さもありなん、としたり顔でヨシュアは言った。


「それが普通なんだという事は、僕にもわかるよ。じゃあ何で僕は、誰にも教わる事なく、こんな真似ができるのか……。本当は皆も、薄々は気づいているんじゃないかな? そういう固有ユニークスキルを、女神様に貰ったからだよ」


「ああ、やはりそうなのですね?」


 当然気づいていたであろうエレミアが、納得の表情を浮かべる。


「うん。僕が女神様に色々な事を教えて貰っているのは、ここにいる皆が知っての通りだけど、もっと言うならそれは動く絵だったり、声だったりする時もあるけど、大抵の場合は文字を使った情報なんだよ。つまり理解するためには、色々な言語を憶えていないといけないんだけど、赤ちゃんとそう変わりない僕にそれは不可能だから、それができるようになるスキルを貰う事で、不可能を可能にしたという訳。簡単に説明するなら、頭が良くなるスキルを貰った、という理解でも良いのかもしれないね?」


「――ああ! それでヨシュアちゃんは、他の子よりも早くお話ができたり、読み書き計算までできるのね?」


「うん。そして、このスキルのすごいところはそれだけじゃないんだ。エレミアは覚えているよね? 僕が今朝、水精ウンディーネと精霊語で話をした時の事」


「はい」


「何だって? 精霊語? ヨシュア君は精霊語まで話せるのかい?」


 驚いて容喙(ようかい)してくるファーゴの質問を、ヨシュアは否定した。


「精霊語だけじゃないよ。種族が違っても、僕が話したいと思う相手に話しかければ、僕の口からはその相手に通じる言葉が出てくるし、文字でのやり取りがしたいと思えば、その言語の読み書きができるようになる。たとえそれが、どんな相手であろうと、ね」


 まさに神の御業みわざとしか言いようのない凄まじい力に、その場の誰もが絶句するしかない。


 それでも自らが話を振った責任感からか、ファーゴが声を振り絞って質問を続ける。


「……つまりヨシュア君は、誰に習うまでもなく、魔術も使える、と?」


「まさか?」


 時間の経過と共に、刻一刻こくいっこくと違う生き物に進化していくかのようなヨシュアに、その成長に喜びを感じる反面はんめん、同時に人間離れしていっているようにも感じられて、不安を感じていたのだろう。


 否定の言葉に、ほっとしたような表情を浮かべる保護者の面々であったが、安心するのはまだ早い。


 何故ならヨシュアの発言は、まだ終わってなどいないのだから。


「僕は魔術なんて使()ないよ? だって世界に向かって語り掛ければ、世界が僕の言葉を勝手に『創世言語ロゴス』だと認識して、何の危険もなく魔法を使う事ができるんだよ? なのにどうして一々精霊達の力を借りてまで、不便な魔術()を使わないといけないの?」


「「「ええっ!?」」」


 予想を遥かに超えた答えに驚倒きょうとうする大人達は、もはや驚き疲れて憔悴しょうすいしていると言っても過言ではなかった。


 モルガンなどは眩暈めまいでも感じたのか、目を閉じてこめかみの辺りを押さえている。


「坊ちゃまが、魔法使い(マギ)……?」


「それも、おそらくは世界で唯一、生来せいらいのと頭につく、史上最高位の魔法使いに違いあるまい。何せ今までもこれからも、ヨシュア君以上に女神様の恩寵おんちょうあずかる存在など、そう易々(やすやす)と生まれる訳がないのだから」


「それが途方とほうもない事だというのはわかるのだけれど、次から次へとヨシュアちゃんが狙われそうな理由ばかりが増えて行って、警護の観点から見た場合には、喜んでばかりもいられないのが悩ましいわ」


 頭痛でも覚えているかのような表情で、深い溜め息をくモルガンに、ヨシュアは我が意を得たり、と頷いた。


「それだよ、ばあば。これでようやく話が繋がったね。じゃあ、今から本題に入ろうか? ……ねえ、じいじ? 純金(ゴールド)延べ棒(インゴット)の一本くらいなら、今この場に用意できたりしないかな?」


「うん? おお、できるよ? じいじの金庫に、純金延べ棒も何本かあった筈だからね。……いくらか前払いという形で、融通ゆうずうしようか?」


「うん。頼めるかな? 本題の説明のためにも、ついでだから一本だけ前払いで貰っておく事にする」


「一本だけで良いのかい? 良いとも、簡単な事だ。すぐに用意するから、良い子で待っているんだよ?」


 もう書き物をする必要もなくなり、エレミアにヨシュアのために空けてあった、右側のソファーの左の席に下ろして貰いながら、彼は素直に頷いた。


 笑顔で部屋を出て行くファーゴを見送り、ヨシュアがふと欠伸あくびを噛み殺す。


「あらあら、ヨシュアちゃんはもうおねむみたいね?」


「んぅ……まだ平気だよ……」


 笑いを含んだモルガンの言葉に、目をぐしぐしとこすり、口をむにゃむにゃと動かしながら強がるヨシュア。


 その珍しく子供っぽい言動に、女性達のほほゆるみっぱなしである。


 ままならぬ幼児の肉体に不満を覚えながら、ヨシュアが眠気と戦っていると、すぐに用意するとの言葉通りに、数分でファーゴが戻ってきた。


 元の場所に腰を下ろしながら、真っ赤な布に包まれたそれをヨシュアの前に置き、女性のドレスを思わせる布地を、ファーゴの手がはらりとほどくと、光沢こうたくあるなまめかしい姿があらわになる。


 厚さにして約一センチ。縦約十センチ、横約五センチ程の、純金製の延べ棒であった。


「ありがとう、じいじ。この布も貰って良いの?」


「ああ、良いよ? それの代わりなら、いくらでもあるからね」


 ヨシュアが感謝を述べつつ問うと、ファーゴがにこにこしながら答える。


「そうなんだ? それなら遠慮なく。残りの九十九本も、できるだけ早くお願いするね? ……うん。必要な物の用意もできたし、説明の続きを始めるよ?」


「その説明のために、金の延べ棒が必要なの? どうして?」


「うん? それはやっぱり、言葉だけの説明よりも、実際に見せた方が説得力があるからだよ? 本当は口に出す必要はないんだけど、魔法使い(マギ)っぽく見えるように、少し格好をつけてみようかな?……”開け、【強欲の蔵グリーディー・ストレージ】”」


 ――その瞬間、『創世言語(ロゴス)』で告げられた言葉に、世界が答えた。


 ヨシュアの左、何もなかった空間が波打ち、波紋はもんが一つ広がる。


 一見すると見落としてしまいそうな程に些細ささいな変化ではあったが、今回は彼に注目していた事もあり、その場に居る誰もが気づいた。


 そしてヨシュアがソファーの上で立ち上がり、延べ棒(インゴット)を両手で持ち上げてその空間に差し出すと、彼が手を離すと同時に、湖面に物を落とした時のようにとぷんっ、とまた一つ波紋が広がり、それが最後の抵抗であったかのように延べ棒は飲み込まれて、その場から忽然こつぜんせたのである。


「なっ――」


 三歳児の起こした消失現象を前に、大人達が驚きに言葉を失う中、それでもこの中では最も魔術や魔法にあかるいためか、逸早いちはやく我に返ったエレミアが、ヨシュアに向き直って教えをうた。


「坊ちゃま? 今のは一体……?」


「えっと……一切理解いっさいりかいを求めないで、起きた事だけを説明するのなら、異次元に魔法で東〇ドーム一個分くらいの倉庫? 蔵? を作ってあってね? 今のは魔法でそのストレージに繋がる出入り口を一時的に作って、用意して貰った純金延べ棒を入れたんだ。……わかる?」


「……その、〇京ドームというお言葉の意味はわかりませんが、何処どこか私達には行く事のできない場所に、広大こうだいなスペースが用意されていて、そこを坊ちゃま専用の倉庫として利用する事が可能であり、今のは魔法で一時的にその場所に繋がる門のような物を作り、その倉庫に純金延べ棒をお入れになった。そのため、この場から純金延べ棒がなくなった、という理解でよろしいでしょうか?」


「えっ? 今の説明でわかったの!? すごいねー、エレミア……」


 その理解力の高さに、心底驚いた様子でヨシュアが感心すると、主にめられたエレミアは嬉しそうに微笑み、誇らしげに胸を張って答えた。


「世話係のくせに生意気だ、とのお叱りを受けるかもしれませんが、世話係であるからこそ、坊ちゃまのおっしゃりたい事を理解するという一点においては、他の誰にもおくれは取らない、と自負じふしております」


 そこで、上手く説明できる自信がないヨシュアの代わりに、あの説明で理解できたらしいエレミアが、ファーゴとモルガンに対して説明を行い、様々なたとえを(もち)いての解説に、ようやく二人も理解が追い着いたらしい。


 ちなみに東〇ドーム一個分というのは、この街のおよそ四分の一くらいの広さではないか、とヨシュアが適当な事を言うと、大雑把おおざっぱにでも広さが理解できたのか、そのあまりの規模に、ファーゴは目を剥いて驚いていた。


 それにしても、ヨシュアは何時の間にこんなものを作り出したのか?


 それは当然、この街にくる時に利用した馬車の中で、である。


 それについても既に記した。


 思い出して欲しい。


 こんな文章を見た覚えがないだろうか?


 ――他にも簡単に魔法の使(・・・・・・・・・・)用方法などを教わり(・・・・・・・・・)、現実に戻ってきたヨシュアは、そこで初めて、馬車の窓から見える景色けしきに目を向ける。


 ……おわかりいただけただろうか?


 この時、女神様のガイドに従い、チュートリアルとして、インベントリしくはストレージ、またはアイテムボックスと呼ばれる、誰もがうらやむ能力を作り出していたのである。


 まあ、その際最後にヨシュアが魔力をそそぎ込む必要があったのだが、過去のトラウマからか、全魔力の八割をぶち込んだ犯人ヨシュアは、


「だってアイテム掘りの最中さいちゅうで、ドロップ音に脳汁ドバドバあふれ出して最高にハイな気分だっていうのに、インベントリに空きがないばっかりに、堀り中断して〇ッカード・ケインに会いに戻らなきゃいけないだなんて、喜びに水を差された気分になるじゃないですか?」


 などと意味不明な供述きょうじゅつをしており、ストレージ関係は広ければ広い程良い、と主張したために途轍とてつもない広さになってしまったり、女神様が某有名カードゲームの物入れを思い出して、あちらは物入れの方が強欲だが、こちらは持ち主の方が強欲なので、強欲()ではなく強欲()と名づけた、などと言い出したり、といった一言では語り尽くせない諸々(もろもろ)があったが、総じて些事さじなので割愛かつあいさせて貰う。


「これには物しか入らないけど、中の時間は停止しているから、エレミアが作ってくれた料理を、もし食べきれずに残しちゃったとしても、この中にさえ入れておけば、たとえその事をうっかり忘れていて、一年後に思い出して取り出したとしても、湯気の立った作り立ての状態のまま、お腹を壊す心配もなく、美味しく食べる事ができるんだ」


「そんな大規模な魔法の倉庫で、鞄などの媒体ばいたいも必要なく、何時いつでも何処どこでも出し入れ可能な上に、中の時間が止まっている……?」


「なんて出鱈目でたらめな……」


 ファーゴは驚きっぱなしだが、モルガンに至っては、既に驚きなどうの昔に通り越し、もはや呆れ顔である。


「つまり、僕にはこの魔法の倉庫があるから、魔法鞄は必要ないんだよ。だけどこの街の四分の一にせまる程の広い倉庫……しかも中の時間が停止しているような代物しろものを、考えなしに人前で使う訳にはいかないでしょう?」


「そうね。今の話を聞かされる前から、警護の事で頭を悩ませていたというのに、そんな事まで知られてしまえば、今後私達が四六時中しろくじちゅうヨシュアちゃんの警護に意識を羽目はめになるだろう事は、間違いないでしょうね?」


「うん。だけど僕と何時も一緒に居るエレミアが『魔法鞄マジックバッグ』を持っていれば、僕の――【強欲の蔵グリーディー・ストレージ】の――秘密を知られる可能性は、限りなく低くなると思わない? 何しろ僕がこれを使う必要がほとんどなくなるし、仮に何処から出したのかと思うような場面があっても、エレミアが魔法鞄を持っているのを見れば、普通はああ、あそこから出したのか、って思考が誘導されるから、カムフラージュになるでしょう?」


「――ああ! 私が魔法鞄を持つ事が、坊ちゃまの身の安全を守る事に繋がる、とはそういう意味だったのですね? ようやく坊ちゃまのお言葉の意味が理解できました」


「いや……エレミア君が持った方が、ヨシュア君にとっては都合が良い、と真っ先に思いついた事といい、加えてそれが自らの身の安全を守る事に繋がる、などという効果にまで気づくとは……。エレミア君の言った通り、もはや十歳の子供程度では、ヨシュア君には到底太刀打とうていたちうちなどできないだろうな」


 つくづく感服かんぷくした、としみじみファーゴが呟き、他の者達の心情を代弁した。


 最後にヨシュアが心配性なモルガンを安心させようと、今日した話の総括そうかつに入る。


「今日は色々と驚かせちゃったけど、話をする時には充分人目を忍んだし、今はじいじとばあば、それにエレミアしか僕の秘密は知らないんだから、皆が心配するような事なんて、余程のミスでもしない限り、そうは起きないと思うよ? まあ、たとえどれだけ隠そうとしても、いずれは漏れるのが秘密というものかもしれないけど、もうその場合は他にどうしようもないんじゃないかな? 僕には女神様やじいじ達がついてるから、特に心配はしてないけどね?」


 この一番下の孫に頼られるのが嬉しいらしく、ファーゴが上機嫌に破顔した。


「勿論任せてくれて構わないとも。ヨシュア君は、ちゃんとじいじ達が守るからね?」


「……そうだったわね。確かにヨシュアちゃんは、常に人目を確認してから、自分の秘密を口にしていたもの。できる限りの努力をした上で、それでも知られてしまうのなら、それはもう、誰にも防ぎようのない事だわ。人にはどうにもできない事を気に病んで過ごすなんて、単なる時間の浪費よね」


 それでモルガンも、ようやく気持ちを切り替える事ができたらしい。


 ソファーの背もたれに身を預け、体から力を抜いた。


 これでようやくすべき説明を終えられた、と気を抜いた瞬間に、ヨシュアは二度目の欠伸と同時に、一気に睡魔に襲われる。


「坊ちゃま?」


 当然と言うべきか、主の変化に真っ先に気づき、声を掛けたのはエレミアであった。


 その声に視線を向けた祖父母も、うとうとと舟をぎ始める孫の姿を目撃すれば、状況など一目瞭然いちもくりょうぜんである。


 普段の可愛気かわいげのない物言いと、時折見せる子供らしい仕草との落差ギャップに、すっかり参ってしまっているらしい保護者達が相好そうごうくずした。


「どうやら今度こそ、本当に眠気の限界みたいね?」


「仕方あるまい。どれだけ大人びた物言いをしようと、今日三歳になったばかりの幼子には違いないのだからな。さて、主役であるヨシュア君がこうなってしまった以上、今日はもうお開きにするしかないだろう。エレミア君、すまないがヨシュア君の世話を頼むよ?」


「はい。お任せください」


 力強く頷き、静かにヨシュアを抱き上げたエレミアが部屋を出ようとしたところで、その背中に向かい、思い出したようにモルガンが声を掛ける。


「そうそう。使用人達に言って、もう二人が泊まる部屋や入浴の準備はできているから、誰かに声を掛けて貰えば、すぐにわかると思うわ」


「あ、はい。かしこまりました。ありがとうございます、大奥様。それでは失礼いたします。おやすみなさいませ」


「ああ、おやすみ。ヨシュア君もおやすみ」


「二人共おやすみなさい」


「……うん。おやすみにゃさい……」


 若干呂律じゃっかんろれつあやしいヨシュアの返事を最後に、主従は部屋を出た。


 その後の事は、正直ヨシュアの記憶は曖昧あいまいである。


 夢現ゆめうつつの状態で、エレミアにされるがままになっているうちに、歯磨きや用足し、入浴や着替えまでもが済んでおり、気づいた時には、既にぬくぬくと寝心地の好いベッドに横たわっていた。


(何やら湯気ゆげただよう場所で、揺れるふたつの丘やピンク色の何か、それに震える大きな桃を見たような気がしたけど、あれは夢だったのだろうか?)


 何やらひどしい事をしたような気がして、しばらくの間ぼんやりと天井を見つめていたヨシュアであったが、再び大きな眠気の波がやってきたために、今度は逆らわずに目を閉じて身をゆだねる。


「おやすみなさいませ、ヨシュア様」


 眠りに落ちる直前に、そんな甘い声がして、瑞々(みずみず)しくも弾力ある何かが頬に触れた気がしたが、エレミアに名前を呼ばれるなんてあまりにも意外過ぎて、これも夢かもしれない、とヨシュアは思った。

 今回の被害担当:ヨシュア以外の登場した身内全員。 今回の、というより、一日を通して主人公に翻弄され続ける。その心労たるや、作者は同情を禁じ得ない。


全員「おまいう」


作者「ふひひwサーセンww 」


 気がつけば、初投稿から一年を過ぎていました。なんとか一年目の六月末までに一日目を書き終え、投稿したいと思っていたのですが、忙しかったり体調を崩したり、と様々な理由でここまで伸びる羽目に。前回投稿の翌日には書き始めていたというのに、何故こうなったし。暫く休むかもしれませんが、今度はそう間を置かずに上げたいです。(予定は未定)

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