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「すまんが緊急出動頼む」

 そう言いながら界統括機構異界渡り監察課巡察班精鋭部隊CORGI執務室、通称コギ部屋に入ってきたのは異界渡り監察課の長を務める、アキオミ・コガだ。

「シャール一人か?」

「ギールもユールも他の任務に出ている」

「そういやそうだったな。居てくれて助かった。コギ族総出だったら俺が行くところだったからな」

「行けばいい」

「それはもうやまやまなんだけどなぁ……」

 シャールのやや冷たい返しに、アキオミは溜息と共に肩をおとす。彼が普段から隙あらば現場へ出ようとする姿は課内でも名物に近い。

「で?」

 短く話の先を促すシャール。

「あぁ、シグナルが出たばかりだ。界の住人による、所謂“違法召喚”ってやつだ。ただし、界がやっかいだ。アルティア界、だ」

 アキオミの言葉にシャールが眉間ならぬ額に皺を寄せる。

 アルティア界はすごく古くて界としての寿命が近い。そのせいであちこちに綻びが起きていて、管理者もその対応に精を出しているが、如何せん数が多すぎて目も手も届ききらない状態にある。アルティア界の管理者は随分と有能で、他の管理者ならばとっくに崩壊させているだろうところを、なんとか保たせている状態だ。

「綻びから瘴気が噴き出して、それを取りこんだ生物が凶暴化している。知能を持つ生物ではより上位のものを頭に群れを作り、瘴気を取りこんだ生物たちを従えている」

「知ってる」

「その上位種をどうにかしたいってことなんだろうけど、界の住人には申し訳ないが、そもそも違法だからな。今ならまだ、クロストレンジャーが面倒に巻き込まれないうちにさくっと攫って、さくっと送りかえしてやれる」

「……分かってる」

 シャールは面倒くさそうに溜息をつきながら立ち上がると、椅子の背に引っかけているベストを取って腕を通す。

 そこへタイミング良くバディが彼の装備を運んできた。

「シャール、フル装備でいいよな」

 そう言いながら剣帯を差し出す。

 腰にはユールが佩いているよりも太めでやや反りの強い刀のような剣が下げられ、背にはギールが差しているよりもやや短い剣と銃が左寄りに納まっている。

 それを受け取るとシャールは手際よく腰に装備する。

「行ってくる」

 ピンと大きな耳を立てながら言い、シャールはコギ部屋のドア前に陣取っているままのアキオミの横をするりとすり抜ける。

 それとともに。

「頼むな。これはお小遣い」

 と、アキオミはシャールのベストのポケットに指先を潜りこませる。

「ん」

 小さく返し、シャールはそのままコギ部屋を後にして送還室へと足を進めた。


「……はぁぁぁ」

 残されたコギ部屋であからさまに溜息をついたのはシャールのバディ。

「オミ」

 バディは顔をあげるとともに、異界渡り監察課課長に向けて手招きをして近くに呼び寄せ、人差し指をくいくいと床に向けて指す。

「ん?」

「分かってるよな」

 小首を傾げたアキオミに精一杯の低い声で言い放つと、彼ははいはいと言った態で慣れた様子で固い床に膝をたたんで正座する。

「あのさぁ。いつも言ってるよな。どこの界でもだいたい通用する貴石をベストのポケットにちゃんと仕込んでるの知ってるよな」

「貴石込みの標準装備だからな~。ちなみに、標準装備に義務付けるまで結構大変だったんだよ~。おじさんの若い頃の苦労話、聞いちゃう?」

「聞かない」

 へらりと笑みを浮かべるアキオミにぴしゃっと言い放ち、シャールのバディはデスクのイスを引っ張ってきて彼の前に移動させるとその上に仁王立ちになる。それでも視線はバディの方がやや低い。

「だいたい、オミは……」

 シャールのバディの説教が始まり、その言葉にユールとギールのバディ達もいちいちうんうんと頷き、アキオミは時折頬を緩め、その度にシャールのバディにまたぴしゃっとやられ……。

 課のスタッフたちはコギ部屋の前を通りすぎながら、その様子を微笑ましそうに眺めていた。



 そこはどうやら地下の様だった。

 人の気配と声のする方へとシャールは進む。

 石造りになっている廊下を進むと奥が広くなっているのが見えた。

 そっと気配を殺して近づき中を覗き込んでみると、10m四方程度の大きさのやはり石造りの部屋になっていた。松明で煌々と照らされており、床だけでなく天井にも複雑な文様が書き込まれている。

 床の上で不安そうにしているのが保護対象のクロストレンジャーだろう。周りにはこの界の住人と思われる者たちが5名。神官風の者が3名と、護衛らしきものが2名。

 クロストレンジャーに向かって何やら説明らしき事をしているのは、神官風の者のうちの一人だ。

 シャールは彼らと同じ外貌へと姿を変える。

 アルティア界は他部族の界で、人族と様々な種の人型よりの獣人族が大多数を占める。今回は獣人族の国なのか地域なのかであるようで、クロストレンジャーも含め全員が種は違えど獣人族だった。

「そこまでにしてもらおうか」

 彼らと同じ半人半獣の獣人族の姿になったシャールは、声を掛けながらそこへとゆっくりと踏み込む。

 すぐに護衛らしき二人が神官風の者たちを背にかばう位置に移動してきて、得物へと手を掛ける。

「あんたたちに言っても分からないだろうけど、異界渡り巡察士だ。本人の同意を得ない違法異界渡り……、あんたたちの言葉で言うと“召喚”を監視し取り締まり、対象者を保護、元の界に返還するのが職務だ」

“それ、説明端折り過ぎだゾ”

 と、アキオミがいたら無駄に語尾にハートをつけてウィンクを飛ばしつつつっこんできそうだが、居ないのだから問題はない。

「そこのあんた」

 シャールは床の上で不安そうに座りこんでいるクロストレンジャーに声をかける。

「え? なに……俺?」

「そう、あんただ。あんたの界に還るぞ」

「なにを言うんだ!」

 シャールの言葉に食ってかかってきたのは、クロストレンジャーに何やら話をしていた神官風の男だ。

「聞いた通りだ。そいつは還す。この界の管理者から、界渡りの申請は出ていない。おまえたちの“召喚”は不法行為だ」

 すっぱりと言葉で切り捨て、シャールは視線で護衛たちを威嚇しながら彼らを迂回するように足を運びながらクロストレンジャーへと少しずつ近づく。

 これもなかなかに面倒なパターンだ。

 異界渡りさせた界の住人と顔を合わせるよりも先に接触出来れば、ほとんどの場合は何の問題もなくスムーズに話がついてクロストレンジャーを元の界に還すことができる。

 が、そうでない場合、つまりは顔を合わせてしまっている場合はその限りではない。

『自分達の勝手な都合で、こちらの都合も考えずにこんなことをして! 誘拐と同じじゃないか! しかも還れないってどういうことだ!』

『そちらの都合はお伺いはするが、こちらがそれを受け入れるかどうかの選択肢は与えられるべきだ。そして、還ることができないではなく、還すための最大限の努力をしろ』

『そちらの都合は理解できる。こちらにも都合もあれば生活もあったが、受け入れるしかないのであれば、そうするしかあるまい』

 と、だいたいは大きくこの3パターンに当てはまる。

 一番目の反応をしてくれているなら、元の界に還すことができると告げれば話に飛びついてきてくれることが多く、元の界に還して任務終了となる。

 二番目の反応をしてくれているなら、当人次第。経験的な割合では、その場で還るという判断をするのは約半数。もう半数は、異界渡りをさせた界の住人と巡察士の両方の様子を観察して、信用できると思った方の話しを受け入れる。で、ここでの選択も、元の界に戻るという選択をするのは約半数。残りは、異界渡りさせられた界での生活を様々な理由から受け入れているため、界に統括させることになる。

 三番目の反応をしてくれているなら、これはもう長期戦になる。相手の境遇を自分の境遇として受け入れているので、還れると聞いても妙に同情的であったり妙な責任感の様な正義感の様なもののせいで、問題が解決するまでは手伝うとか言い出すのがパターンだ。その途中で様々な要因から、残るのか還るのかの結論をだす者もいるが、問題解決した後になってようやく選択するものもいる。結果的に残る選択をするのは8割から9割にもなる。

 そうして今回のこの様子は……。

 シャールはすでに、長期戦だろうなと心の中で溜息をついている。

 パターン2か3。できれば2の方がまし。

 更に心の中で呟き、じっとクロストレンジャーを見る。

「ところで、名前は? 俺はシャール」

 名乗りもなかなかに大切だ。特に、異界渡りをさせた界の住人たちが先に名乗るよりも先に名乗り、さらに名乗らせれば、少なくとも印象は良くなる。

「グレイ……シュタルク」

 戸惑いを声色に響かせながらクロストレンジャー:グレイが名乗った。

「そうか。シュタルク」

 故意に姓を呼ぶ。

「グレイでいい」

「なら、グレイ。どうする。選べ。残るのか還るのか。そいつらはどうか知らんが、俺にはあんたを元の界に戻すことができる。確実に」

 答えを促すように言えば、グレイはシャールとこの界の者たちへと忙しそうに視線を彷徨わせる。

「俺は……」

 へにゃりと眉尻をハの字に下げてグレイが口を開く。

「帰れるのなら帰りたい。けれども、急にこんなことになって、なにが信じられて、誰を信じられるのか分からない。シャールさんだっけ? 俺が元の村に帰れるって言ったけど、今じゃなきゃ帰れない? それともいつでも、俺がそう望んだら帰れるのか?」

“今だ”

 と、答えたいのをぐっと我慢する。

「今が最善だ。けど、いまでなくともどうにかなるが、出来れば早い方がいい。歪が大きくなる」

 正直にそう告げると、グレイがホッとした表情を見せた。

「じゃあ、あんたたちに質問だ。あんたたちの都合に、俺は必ず必要なのか? あんたたちはシャールさんみたいに、俺を元の村に帰してくれるのか?」

 そんなふうに投げかけられ、彼を異界渡りさせた者たち、特に神官風の位が一番高そうな人物は苦虫を噛み潰したように口元を歪める。

「……帰れないんだな」

 確認する様な口調でグレイ。

「過去の記録の中、帰られたという記述はない」

 曖昧な返答。

 丁寧な言葉を使うのが彼の癖でなければ、グレイを粗略に扱うために違法に異界渡りさせた訳ではなさそうだが、グレイが厄介事に巻き込まれることは間違いない。

「……一日、考えさせてくれないか? あんたたちが言ってた話しも、もう一度きちんと聞かせてくれ。それから、シャールさんの話しも聞きたい」

 そう言いながら、床にぺそりと座りこんだままだったグレイは立ち上がり、地味にシャールの方へと近寄る。

 今のところは、彼らよりもシャールの方が信用できるということだろう。

「……では、まずは移動いたしましょう。お部屋をご用意させます」

 一番偉そうな人物は、神官風の他の二人に小さく頷いて視線とハンドサインで指示を出すと、彼らを先に行かせた。

「ご案内いたします」

 それから、そう付け足して視線でグレイを促す。

 グレイは逡巡するようにシャールへと視線を向け、それから彼へと向き直り後について歩きはじめる。

 護衛と思われる男たちの前を通り過ぎると、彼らはシャールに向かって得物を向けた。

 雰囲気で感じたらしいグレイが慌てた様子で振り返り、

「シャールさんも一緒でないなら、俺は行かないからな!」

 と、護衛達の背に向かって言葉を投げつける。

「……その方も、ご一緒に」

「ですが……」

「私の責任の元、ご一緒に」

「了解いたしました」

 神官風の男と護衛達の間で短いやり取りが行われ、彼らは得物を納め道を開ける。

 その間をシャールが通りグレイの側へと行くと、神官風の男は足を踏み出し、護衛達は殿についた。

 人が二人並べば精一杯という程度の石壁の道を、何度か曲がり角を折れ、短い階段を数度上り下りして10分ほど進んだところで重厚な作りのドアにたどり着いた。

 護衛達のうちの一人がドアに手を掛け押し開き、全員が出るのを待ちドアから手を離す。どういう仕組みなのか定かではないが、オートロックの様にでもなっているのだろう。ドアが閉まるとともにカチリと施錠される音がシャールの耳に届いた。

 パターン的にはあそこが“召喚の間”とでも称している場所で、簡単に出入りできない様に封鎖しているのだろう。

 それだけ重要な場所という見方もできれば、異界渡りさせた者がこの場所を見つけても勝手に出入りできないようにとのことなのだろう。これまでの歴史に中でも異界渡りをさせたことがあるようだが、元の界に戻った記録がないということは、本当にこの界の残ることを受け入れたと考えることもできるし、帰らせなかった結果だと考えることもできる。

 還ることが叶わないことで、反発や不信を抱かれたとしても、最終的にはここで生きていくしかないと諦めさせ受け入れさせる。

 そのためには、万が一誤作動を起こしてしまって元の界に戻られては元も子もない。それもあっての封鎖なのだろう。

“まぁ、俺にはこんなもの関係ない”

 内心、吐き捨て気味に呟きながら、シャールは隣できょろきょろとあたりを見回しているグレイを見る。

 初めの様子からするともっとなよっとしているのかと思ったけれど、案外きちんと自分の意見を言えていたし、こうしているところを見るとなかなかに好奇心も旺盛のようだ。

 シャールはグレイの様子を観察しながら、後ろについている護衛達と前に立つ神官風に様子も窺う。

 身形の良い者たちがすれ違うたびに道を開け、軽く頭を下げているところを見ると、この神官風の男はかなりの高官の様だ。これもパターンからすると、国の神官長クラスなのかもしれない。

 後ろの護衛達に関しては、そこそこに腕は立つだろうが地位的には神官風の男よりも下なのだろう。二人いる護衛達のうち、どちらか一人でも神官風の男よりも地位が高いのなら、移動のための先導を彼自身がすることはないだろうと判断する。

 グレイがここへ違法異界渡りさせられた理由は、残念ながら今のところは確定できない。部屋を与えられた後に、グレイの元を訪れるくらいの自由が与えられるなら、何を言われたのか直接聞きに行くのが一番無難だろう。先を行く神官風の男に聞いたところで、素直に応じるとは思えない。

 彼らからすればせっかく“召喚”したグレイを、彼らから取り上げて元の界へ還すと言うシャールはありていに言えば“敵”でしかないからだ。

 しばらく歩き、庭に面した明るい回廊を進み、さらに奥へと行きようやく足を緩められる。

 先に神官風の男が指示して先行させた者たちが控えている。どうやらグレイの本日の“宿”についたらしい。

 ドアの前につくとそこに控えていた者がドアを開け、神官風の男はグレイを伴い中へと入る。シャールはというと、ドアをくぐることなく、廊下で立ち止まっている。

 ここはグレイに用意された部屋であってシャールのために用意された場所ではないからだ。これももう経験なのだが、一緒になって入ると大概は護衛どもだけでなく違法界渡りさせた者がうるさい。

 規模からするとかなり大きな屋敷か、小さめの城といった雰囲気だが、この程度であればここから追い出されても忍びこんでここまで来ることはシャールにとっては造作もないことだ。

 部屋のことを一通り説明したらしく、神官風の男はグレイを残して部屋を出ようとドアへと向かって足を踏み出す。

「待って! シャールさんは? シャールさんはどうなる」

 慌てたように、けれどもどこか不安をのせた声でグレイ。

 面倒なことになりそうな予感しかしない。

 溜息をついたのはシャールだけではなかった。

 神官風の男は僅かに嘆息すると、グレイに向き直した。が、彼が口を開くよりも先にグレイが言い放つ。

「シャールさんもここで! シャールさんが一緒でないなら、俺は出ていく」

“あぁ、ほら。面倒なことになった”

 シャールはもう一度、心の中で溜息をついた。

 グレイの言葉に、神官風の男はしばらく何か言いたそうな空気を纏わせていたが、

「彼らを護衛として室内に配置することを条件に、許可します」

 と応じ、グレイからの返事を聞くことなく踵を返して今度こそ部屋から出てくる。

 苦虫噛み潰したような渋りきった表情でシャールを睨みつけてくるが、当の本人はそんなものなどどこ吹く風だ。

「彼に失礼のない様に」

 神官風の男には棘のある声で言われ、護衛どもにはグレイに分からない程度に背をついて促され、シャールはしぶしぶと部屋の中に入った。

 グレイの側まで進んだところで、パタンとドアが閉められ、その左右に護衛達が張り付く。


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