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 くわわわ~と大きく口を開けて欠伸をすれば、

「ちょっと、聞いてるの」

 すかさずバディが突っ込む。

 界統括機構:異界渡り監察課。

 異界渡りさせられて異界難民と化しているクロストレンジャーの救済のために、現場に派遣される実行部隊員である巡察士。その巡察士の中でも精鋭部隊CORGIと称される彼らが使用しているのが、課内に設えられている通称コギ部屋だ。

 そのコギ部屋で大きな欠伸をみせたのは、これもまた通称コギ族のユール。

 地球界での犬族のコーギー種に大変よく似た容貌をもつが、犬とは異なり二本足で歩く。異界渡り監察課の課長であるアキオミ・コガ曰く“長靴をはいた猫のコーギー版”らしい。さらに彼の言葉を借りれば、ユールはセーブルで尾付きのフラッフィーという外貌らしい。

 ふさふさとした尻尾を少し面倒くさそうに揺らし、ちらりとバディへと視線を向ける。

「聞・い・て・る・の?」

 一音ずつ区切って詰め寄られ、

「聞・い・て・ま・すー」

 と同じようにして返す。

「もぉ! ちゃんと気をつけろよ。魔法御法度の国みたいだから、そうとられない様に行動すること。それから、今回のクロストレンジャーさん人型だからね。で、界自体は獣人族、亜人族はいないみたいだから、ちゃんと姿変えて」

「分かったってば」

「なにより! ケンカはダメだからね!」

「しないって」

「ちなみに、異界渡りさせたひとをボコるのもダメだから」

「……」

「そこで黙りこまない」

 くどくどと説教されながら、ユールは装備を整える。

 巡察士であることを示すベストに腕を通し、仕込んでいる装備を確認すると、デスクの椅子の背に引っかけている剣帯を取り腰に佩く。

「今回のクロストレンジャーさん、異界渡りさせられてもう3年近くになってるらしいから。長期戦になりそうだったら連絡、入れろよ」

「分かってる。じゃあ、行ってくる」

「気をつけて!」

 ふさふさした尻尾を揺らしながらコギ部屋を出て行くユールの背に、バディはいつもの言葉を投げかけた。

 そうしてドアが閉まったところで、バディは小さく呟く。

「キミたちはバディを使わなさすぎるから、余計に心配なんだよ」

 その言葉に、ギールとシャールのバディたちが頷く。

 ギールもシャールも任務に出ていて不在だ。

 巡察士の専属オペレーターとして、通称バディたちが一人に一体ずつ与えられている。巡察士の現場での行動をサポートするために作られたバディたちは、それぞれの巡察士に応じてカスタマイズされ、任せられる仕事も個々に違う。

 身体能力や判断能力、交渉術が高い優秀な人物でも、巡察士に必要なスキルが低いもしくは欠けている者がいる。そうした巡察士たちは自分の不足スキルをバディのサポートシステムで補うために、バディを同行し、言い方は微妙になるがフル活用している。

 それに比べCORGIたちはその肩書が示すままに全てのスキルをもつがために、バディを現場に同行させることがない。

 通信で新たな情報を求められたりということはあるが、それだって稀なことだ。連絡が入るのはクロストレンジャーをこれから元の界に送るからとか、残るらしいからとか、結果を伝える時くらいのもの。

 常に座標軸で彼らを捉え続けてはいるが、それが不安の解消になどなりはしない。

「心配だとか不安なんて感情、組みこんでくれなくてもいいのにね」

 ぽつりとこぼれた言葉に、バディ達は寂しそうな笑みを浮かべた。


 一方のユールはというと、課長であるアキオミのところへ行ってくると声を掛け、送還室へと向かう。

 異界渡りをする際には、行く時も帰って来る時もこの部屋を必ず通過することというのが課内の暗黙のルールになっている。

 彼らが配属される前からのルールだが、これにはある巡察士の悲しい恋の終わりが関っているらしいが、本当かどうかは定かではない。

 ユールは送還室に入ると、今回のクロスレンジャーがいる界を思い浮かべる。

 スルベアと呼ばれる界の、ディグディリアという国。その首都であるディグディールに居るところまではわかっている。

 とにかくそこに行かないことには始まらない。

 ユールはその地を強く念じる。

 次の瞬間には、彼の姿は送還室から消えていた。



 スルベア界ディグディリア国。

首都ディグディールの外れに位置し、今は使われていない様子の廃屋にユールはいた。

 きちんと渡れていることを確認し、それから廃屋の中を見回す。

 随分と人が住んでいなかった様だが、屋根が崩れているだとか、壁に穴があいている様なこともなく、少し手を入れれば活動拠点として使えそうだ。

 今回のターゲットはすでに3年ここに居るという。

 長く居ればいるほど、界の気配に馴染むというかまぎれてしまい、巡察士でも居場所の特定がしにくくなる。

 僅かに額に皺を寄せ、それから思い出したようにユールは自分の姿を見降ろし、小さく溜息をつく。

 この界では生来のこの姿ではいられない。

 目を閉じ自分の体に意識を向け、体内を巡る命の流れを体の中央へと収束させてイメージをのせ、その状態で収束させた命の流れを体内に巡る流れに戻す。

 目を開ければ、いつもよりもずっと視線が高くなっている。

 ユールの姿はアキオミ曰くセーブルのコーギーから、人型へと変化していた。

 被毛は服へと変化し、装備も人型のサイズにあわせて変化している。巡察士の訓練期間に装備の仕組みなどの講義も受けるが、さらりと聞き流していたのでユールはその詳しい仕組みは覚えておらず、変化する度に“サイズに合わせてくれて便利な機能だよな”と思う程度だった。

 大きな三角耳がなくなった頭をぷるぷるっとふり、ちょっぴりコンプレックスなもののそれよりも自慢に思っているふかふかした尻尾がなくなっているのを、目で見て確認する。

 身長的にはディグディリア国の男性の平均と同じかやや高いかくらいのもの、体格的にも民間人よりは筋肉質だがこの国の職業軍人である騎士と呼ばれる者に比べると若干華奢に見える。腰に佩く刀という種類の剣に見合うと称される様な体格だ。

 自分の姿を見降ろしたぶんこんなものだろうと納得すると、ユールは廃屋を出て首都の中心部へと足を進めた。

 クロストレンジャーがこの界のこの国の首都にいるという反応がある。だからこうして、巡察士が派遣されているのだが、そのクロストレンジャーがどんな種族のどんな人物でピンポイントにどこにいるのかという情報はない。

 COGやCORGの巡察士なら、もっと詳しい情報の任務を与えられるのだが、CORGIともなると難易度の高い、緊急発生したものや情報が少ない任務を割り振られることはいつものことだった。

 界渡り監察課課長アキオミ曰く

『うちの課の探知班のシステムとスキルはねぇ、界統括機構の中でもずば抜けてすごいんだよ~。これは、秘密だぞぉ』

ということらしい。

 実際、監察課の探知班が立ち上がり活動を行うようになってから、巡察士たちの出動回数は鰻登りになり、クロストレンジャーの保護率もぐんと上がった。

 界は、別の界から渡ってきたモノを“異質物”や“侵入者”として認識し、それらが侵入することでいつもとは違うシグナルを出す。そのシグナルの出方は界によってまちまちで、すごく分かりやすい大きなシグナルを出す界もあれば、システムエラーでも出たかなと思う程度の微弱なシグナルしか出さない界もある。また、界に長期間抱え込むことで、シグナルが弱まっていくことや、逆に強くなることもあり、そのパターンは実に多岐にわたる。

 界も生命だってことだよ。体の中に入ってきた病原体に対し、急激に反応して急性症状を顕す人もいれば、緩慢な進行で慢性症状を顕す人もいる。病原体に対して抵抗力を獲得して症状を顕さなくなることもあれば、アレルギーなんかの様にある時急に発症することもある。そういった体の変化を感じ取って、どこに原因が潜んでいるのかを探るのが医療だろう? 探知班がやっているのはそれと同じことで、界が出したサインを如何にしてキャッチして、どこに原因になってるクロストレンジャーを抱えているのかを探って発見するってのが、俺達の仕事だからな。

 とは、ユールが巡察士の訓練期間に探知についての講義をしてくれた、探知班班長のお言葉だ。

 探知班の訓練はユールは実は苦手で、今も悔しいことにCORGIの三人に中ではそのスキルが一番低い。

 界が出しているシグナルの波動を掴んで追いかけて、その出所を追っていくとクロストレンジャーに繋がる。

 理屈を言葉にするとそれだけだよと、探知班班長は笑うが、ユールにとってはその感覚を掴むことが難しい。こういうことはCORGIのなかではシャールが得意にしている。

 巡察士に探知訓練をさせるのにはもちろん理由がある。

 探知班で探知したシグナルは、その波動を追えばクロストレンジャーにたどり着くのだが、シグナルがあまりにも小さすぎると細かい情報を捉えきれないのだ。そうなると実際に現場に赴いて、波動を辿るしかない。

 病原菌の存在は分かるけれども小さすぎて見えず、種の特定のためには顕微鏡や電子顕微鏡といった道具を使って“見える”様にしなければいけないというのと同じことだというのも、探知班班長のお言葉で。

 見えるようにするための工夫が、巡察士に探知能力を訓練させて身につけさせるということらしい。

 巡察士の中には種族的にそれが出来ない者たちもいて、そういった者たちはバディにサポートしてもらっている。

 ユールは、彼が尊敬しているシャールや、どうしてだかちょっぴり反発的になってしまうギールが出来ているのに、自分だけバディのサポートがいるなんてことになるのが嫌で、彼なりに頑張って訓練した結果、探知班の班員達に及ぶ筈もないけれど、巡察師としては困らないレベルではあるというお墨付きをもらって探知訓練を終わらせることができたのだ。

 歩きながら意識を集中させシグナルを探るが、どうもはっきりと掴み取れない。

 それでもなんとなくこの方角と曖昧ながらも感じたのをもとに、ユールはその方向へとずんずん進んでいく。

 だんだんと家の密度が高くなってゆき、地面がでこぼこしたむき出しの土から、まばらな石畳に変わり、整然と並ぶ石畳へと変わった頃には、街並みの様子も変わっていた。

 ユールが渡ってきたあの廃屋は、首都の中でも相当に外れに位置するらしい。

 中央部にはまだ辿りついていないようだが、あの廃屋周辺に比べるとその活気は雲泥の差だ。

 縦横に走る大通りの交差する場所を狙って設けられている広場では、そこかしこに食べ物や雑貨などの露店が店先を広げている。

 ふわんと、鼻先に良い香りが漂ってきてユールはその出所へと視線を向ける。

 鶏肉とおぼしき肉をあぶり焼きにしたものを、串にさしてそのままで食べたり、ピタパンの様なものに挟んで食べたりするもののようだった。

 じゅわりと口の中に涎が湧いてくるが、残念なことにまだこの界のこの国の通貨を入手していない。

 異界渡り監察課の中ではコギ族たちは食べるのが好きな部類にはいるが、コギ族の中ではユールが一番食べることが好きだ。

 同じ食べるなら出来るだけ美味しいものがいいし、美味しいもののためなら頑張る。

 ユールにとっての“美味しい”は食べて味が好みだということだけでなく嬉しくなったり楽しくなったりする料理をさし、その守備範囲はジャンクフードから高級食材を使った高級グルメ料理まで幅広い。

“とりあえず、短期決戦は難しそうだし……”

 自分の行為を正当化して言い訳のように心の中で呟く。

“ここの通貨に変えに行こう”

 脳裏にここまで通ってきた道筋を思い浮かべる。

 薬草や獣の肉や毛皮を買い上げる素材屋のような店があったが、今のところそんな素材をもたないので却下。手元にあるのはバディが行く先々の界で比較的換金性の高い、なおかつ小さくてかさばらないものとしてベストの隠しポケットに突っ込んでくれた貴石。

 質屋に持ち込むよりも、宝石店や装飾品、宝飾品を扱う店に持ち込んだ方が足元を見られず、ほぼ正当な価格で換金されることを経験的に知っているユールは、ここまでの途中に一軒あった装飾品店に戻ることなく、首都の中心部へと足を速める。

 街の中心部は富裕層が住居を構えることが多く、そこに並ぶ店も客層に合わせてそこそこの品を揃えており、店内にも現金をきちんと蓄えていて換金もスムーズにいきやすい筈というのも、小さな町や都市の中間層で、現金が足りないからと断られた経験があるからだ。

 さくさくと足を進め、街並みの雰囲気が変わってきた辺りで、ユールは通行人に声をかけて宝飾品店の場所を教えてもらうと、いそいそとそこへと向かう。

 歩きながら髪をかきあげて後ろになでつけ、ざっくりと身なりを整える。富裕層にある店は店内に現金を置いているが、こちらの身形が悪いと門前払いにされるし、下手するとその国の公安機関に通報されたりすることもあるというのも経験済みで。

 門前払いにされたり公安を呼ばれる様なこともない程度には身なりを整えたところで、教えてもらった宝飾店にたどり着いた。

 結果から言えば、ユール的にはそこそこ悪くない貨幣を手に入れ、店側からするとやや不利な支払いをさせられた。

 余談だが、コギ族たちはこうした換金の際には、揃って大損をしたことはない。シャールは相手の表情から対価に値する金額を割り出しそれ以上になるまで笑顔の圧力を見せ、ギールはちょっと押しの弱そうな感じで上目づかいで迫り、ユールは尊大な態度を取ることにしている。それぞれにその対応が成功しているらしい。

 この国の貨幣を手に入れたユールは、大慌てで先ほどの露天へと向かう。

 まだ売り切れていなかったことにホッと安堵の息をつきつつ、ピタパンっぽい感じのサンドを入手し頬を緩めてかじりつく。

 じゅわりと溢れた肉汁をピタパンっぽいものにしみこみ、口の中でいい感じに絡み合い、香りに違わぬ美味しさをユールに伝える。

 肉の味はチキンに酷似していて、塩コショウの塩梅も良く、からめられたハーブっぽいソースがまたいい感じにマッチしている。

 はぐはぐと一気に食べ進めぺろりと平らげると、口の端に溢れていた肉汁をぺろっと舐め上げる。

“食べ物は悪くない”

 うんと頷きながら心の中で呟くと、ユールはまたそぞろ歩きながら本来の目的であるクロストレンジャーのシグナルの探知に意識を向けた。



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