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そんな特殊なスキルを求められる異界渡り監察課は、なかなかに癖のあるアクの強い人材が集まっているのだが、彼らを一手に束ねているのが課長だ。
この課長自身も癖のある人物で、課の設立が決まった際に引き抜かれてきて今の異界渡り監察課の土台作りからなにからなにまで、しかも当初は人員がなかったために自ら現場も飛び回っていたらしい。
地球界の人族で性別は男性、名をアキオミ・コガという。地球界のなかの日本国の出身で、国の中では長身で筋肉質な体格で、厳つい容貌だと言われると本人は言っているが、残念ながら課内には他に地球界の日本国の出身者がいないので真偽のほどは不明だ。
アキオミが現場を飛び回りながら課内の人員を整えていくなかで、強引に引き抜いて来たのがCORGIの三人だ。
インスピレーションは“かわいいは正義!”だったと語り、CORGIたちから白い目を浴びせられていたこともかないでは有名なネタだ。
なんでも相当な犬好きで中でもコーギー種がたまらなく好きらしく、事実、彼のデスクの引き出しには地球界で発刊されたというコーギーに関する写真集や雑誌がぎっしりと詰まっている。アキオミのコーギー愛が熱すぎて、CORGIたちは本来の種族名で呼ばれることなく課内ではコギ族と呼ばれてしまっている。
ともかく、外見でノックアウトされ、興味を持って調べてみた彼ら能力データにもうこれは神のお告げだと言って、かなり強引な手で異界渡り監察課に引き抜いて来たのだ。
三人のCORGIたちはそれぞれに名をシャール、ギール、ユールという。
アキオミ曰く、シャールは細めブレイズのレッド&ホワイト、ギールはフルカラーのレッドマスクのトライ、ユールは尾付きセーブル&ホワイトのフラッフィーらしい。
ブレイズというのは鼻先から額に向かって入っているカラーラインのことらしい。レッド&ホワイトは被毛の色をさし、茶色と白で構成しているという意味らしい。たしかにシャールは赤茶系と白のツートンカラーの被毛をもっている。
フルカラーというのは、首周りがマフラーを巻いた様に一周きれいにカラーラインが入っていることで、トライというのが被毛の色で白黒茶の三色で構成されていることをさし、レッドマスクというのはトライで顔の被毛色の茶色の割合が多いという意味らしい。たしかにギールは三色の毛色でマフラーを巻いた様に首周りは白い。
尾付きというのは地球界のコーギーは尾がある場合は尾を切ると習慣があるらしく、尻尾があるので尾付き称したらしい。セーブルというのが被毛の色で、茶色の毛の中に黒の毛が混ざっていたり一本に毛に茶色と黒が混ざっていたりすることらしく、フラッフィーとは被毛の長さが長めでふわふわしていることをさすらしい。たしかにユールはシャールよりも黒みがかった感じでのツートンカラーで、他の二人に比べて毛足が長くもふもふしている。
ちなみに、彼らの種族はもともと尾がないかあっても肉球一つ分くらいで、ユールの様に長い尻尾をもっている者は少数派らしい。被毛の長さについても、ユールくらいにもふもふしている個体は少ないらしい。
アキオミが彼らを見るたびに“かわいい!”を連発するものだから、課内ではすっかり彼らはマスコット扱いで、課内スタッフ抜け駆け禁止でみんなで愛でるものと妙な暗黙ルールが出来ているほどだ。もちろん、当の本人たちはそんなことは知らないが。
本人たちの知らないところではあるが、課内では有名なネタに巡察士の“バディ”もある。
現場を回る巡士官には各1体の、通称:バディとよぶオペレーターシステムがついている。
公私の別なく多岐にわたって巡察士をサポートしてくれるので、バディという呼び方が定着している。
例えば、能力に不足のある巡察士のバディは、任務に同行し足りない部分の能力を“道具”としてサポートすることや、同行はしないが現場で活動する巡察士に必要な情報を与えたり作戦を練り指示をするコマンダー役を担ったりなど、ペアの巡察士にあったサポートをしてくれる。
他にも装備の管理や事務仕事のサポート、果ては私生活のサポートまでこなしてくれる非常にありがたくも頼もしい存在だ。
オペレーター:バディのシステムを作りあげる際にもアキオミは関っている。当初のシステムはアキオミの遊び心で、彼の故郷である日本国でメジャーだったというアニメからリスペクトしたらしい、薄黄緑色のボール型だった。転がったり弾んだりふわふわと浮かんで移動するのがなかなかに面白いと、巡察士にもそこそこ評判がよかった。
が。
アキオミ曰くのコギ族の三人を引き抜いてくるや、彼は課内の技術製作部に押し掛けてバディのモデルチェンジを指示したのだ。だが、能力が変わらないなら、ボール型の方が製作日数も少なくて済むし使う材料も比較的リーズナブルですむと、真っ当な理由からモデルチェンジを渋る技術製作部のスタッフに、アキオミはしつこく食い下がり、製作費のうち足りない予算はポケットマネーから出すからということで了承させ、三体のバディを作らせた。
それらはコギ族たちが研修を終えて正式に巡察士に配属されるとともに、彼らに与えられた。
薄黄緑のボール型ではなく、地球界で妖精族と呼ばれる形をしたバディ。
コギ族たちが妖精族型のバディを連れているのを見て、他の巡察士もモデルチェンジを自費で依頼するようになり、今では様々な外貌のバディが巡察士の活動をサポートしている。
これもなぜこんなことをしたのかと問われた時に、アキオミが“地球界にある神話の中に出てくるコーギーのバディが妖精さんだったからに決まってるだろ! コーギーに妖精さんとか、マジ最高!”とか熱弁をふるいだし、コギ族たちがさらに引いたことはことは言うまでもない。
余談だが、彼らに個別ルームを用意するという話を申請し、許可が下りた際に見せられた工事図面にいち早く異を唱えて課内の意見をまとめ上げて現在の様式にごり押しでとおしたのも……彼だという噂がまことしやかに流れている。
「そもそも、もう少し冷静になって受け流すとか、そういうことをどうして学習しないんだ!」
課内では密かにコギ部屋と呼ばれている防音室内では、彼らの中では本日最後の帰還となったユールが彼のバディに説教されている。
妖精族型のバディが頭に乗って耳を引っ張り上げ、言葉を鼓膜に叩きつける勢いも依然そのままだ。
ユールは面倒くさそうに何度か頭を振ったが、彼のバディを振り払うことには成功していない。
「少しはシャールのこと見習ったら!?」
「アー兄、関係ないし」
アー兄とはシャールのことだ。ほぼ同い年の三人の中で、僅かに年上なためにシャールは彼らにアー兄と呼ばれている。
「もーっっ!! だいたいユールは……」
「まぁまぁ、それくらいで。ユールだって分かってるよ。ねぇ、ユール」
PCのキーボードをぽちぽちする手を止めてギールが、ユールのバディをなだめにかかる。
「ギーに言われたくないし」
ユールがギールからぷいっと顔をそむけながら言うと、ごづっと再び彼のバディから拳骨を喰らった。
「なにすんだよ!」
ユールが抗議の声をあげれば、バディは彼の耳先から手を離してふわりと移動して視線を合わせ、
「いい加減にしないと、ホントにオミにチクるよ」
と、目を座らせて囁く。
これにはユールも言葉を失い、バディから視線をそらす。
バディが言う“オミ”とは異界渡り監察課の課長のことで。
「チクってもふもふちゅーの刑に……」
「次から気をつける」
ユールが苦虫を奥歯で噛み潰してしまった様な表情を浮かべて言うのを見て、バディは満足そうに頷き、シャールとギールはしょっぱい表情を浮かべている。
説教だとか殴る蹴るだとかよりも、アキオミのもふもふちゅーの刑がコギ達にはすごくこたえる。
がっちり系のちょっといかつい系のおっさんに熱烈に、柔らかい腹毛に顔をうずめられてもふもふされ、追い打ちとばかりに口吻にがっつりと何度もちゅーされるのだ。
端から見ている分には微笑ましく見えるようだが、されている本人たちへのダメージは激しい。
「じゃあ、さくさくっと報告書、仕上げてね」
ぽんぽんとユールの肩を叩きながらバディ。
「はいはい」
「はいは一回!」
「はーい」
ユールが溜息をつきながらPCに向き合ったところで、ギールが立ち上がった。とてとてとプリンターの方へと移動し、へろりと吐き出された報告書と書かれた用紙を取る。
「オミのとこ、行ってくる」
そう告げると、ギールは通称コギ部屋を出て行った。
広いフロアに整然と並べられているデスクがあり、コギ部屋の向う奥真正面にアキオミのデスクはある。本来は執務室を与えられていてもちろんのことながらデスクもそこにあるのだが、コギ族たちにコギ部屋が与えられてからは、彼らの姿を見たいからという理由で倉庫から予備にストックされているデスクを引っ張り出して来て、フロア内に勝手に席を追加したからだ。
フロア内のデスクに陣取っているアキオミの方へと、ギールが近づいて行く。
「オミ、ちょっといーい?」
ギールはそう言いながら、デスクにたどりつくなり手にしている報告書を差し出す。
任務の報告はデータでアキオミに送ることになっていて、わざわざプリントアウトして手渡しする必要はない。なのに、こうしてプリントアウトしたものを持ってくるということは、書かないけれど耳に入れておきたいことや、文章化するのが難しいから説明したい、アドバイスがほしいなど、何かしらがある時だ。
アキオミはギールの報告書にさっと目を通すと、自分の執務室へと視線を向ける。
心得たものでギールはこくりと頷くと、立ちあがったアキオミと共に彼の執務室へと場所を移した。
「で?」
執務室内に設えられているソファーに腰を落ち着け、アキオミが話しを促す。
ギールはローテーブルを挟んで反対側にある席に座ると、表情を曇らせながら口を開いた。
「今回はほんとうに危なかった。おれが着くのあと少しでも遅かったら、食べられてた。あの界に救助に行くの、おれだけでも今年で3回だよ。おれ以外にも行ってるよね。一年の間に同じとここんなに行くことって、ないよね。しかも、行くたびに危なくなってる。毎回人型で、初めは水場に近いところだったけど、次は水場にも遠くて肉食獣のテリトリーをかする場所で、今回は肉食獣のテリトリー内。あの管理者、どうにかできないの?」
「そうだなぁ、どうにかしたいのはやまやまなんだけどなぁ……」
アキオミもギールがそのことを言いたいんだろうなとは勘付いていたようで、溜息をつきながら背もたれに背を預け頭をのけぞらせる。
「界がまだ若いんだっつってるのによ、何を焦ってるんだか、それともトチ狂ってやがるのか、文明を発生させようとしてんだよ。それには人型の生命体が適してるってのが持論で、異界からさらってるんだよな。違法な異界渡り複数回ってだけで拘束対象になってもいいんだが、ウチが有能すぎてクロストレンジャーに被害が出てないってことで、指導どまりになってる」
言いながら体を起こし、ギールに向き直した。ギールはきゅむっと口元を引き締めてから、じっとアキオミを見ながら口を開く。
「きっと次は……ない。本当に大きな被害に遭うよ。今回、本当に危機一髪だったんだから。早く手を打って。オミ、なんでもできるでしょ」
“出た、ギールの無茶ぶり”
アキオミは心の中で苦笑しながら呟く。
ギールの中ではアキオミの人物像は一体どんなことになっているのかわからないが、少なくとも“なんでもできる”と思い込んでいるようで、とりあえず言えば何とかなるとも思っているらしい。
もちろんアキオミとてどうにもできないこともあるのだが。
“かわいいギールの無茶ぶりだしなぁ”
表情には出さず、心の中だけでニヤつく。
巡察士の中ではコギ族たちはアキオミに無茶を言うことが少ないのだが、コギ族3人に中では無茶ぶりが多いのはギールだ。
“俺もあの管理者はちょっとヤバいって思ってるし、しゃーねーなぁ”
「ん~、ギールのお願いだし? おじさん、頑張っちゃおうかな~」
「ほんと!?」
「でも、結果はどうなるかわかんないぞ?」
「だいじょうぶ! オミ、できるし!」
きらきらと期待の眼差しを向けてくるギールに、さすがにへらりとアキオミの頬が緩む。
「あ、そうだ!」
急に何か思い出したようで、ギールがぽんと手を打つ。
「ん? どうした?」
「今日のクロストレンジャー、地球の人だったよ。地球界の人だったら今の状態を認識させやすくなるからって教えてくれた言葉。あれ、通じた。オミはなんでも知っててすごいね!」
アキオミは何か特殊な言葉でも教えたかなと考え、思いあたった言葉を口に出す。
「あぁ、異世界トリップか」
「そうそれ!」
ギールが嬉しそうにしている手前、そんな言葉を知ってるのは、じつは少数派で、たまたま今日のクロストレンジャーがそういう系のことに興味があるヤツだったんだろうとは言い出しづらい。
ちなみにクロストレンジャーとは界統括機構のなかで作られた言葉で、異界に移動させられた対象のことをさす。
アキオミは立ちあがると室内に置かれているシュレッダーの前へと移動し報告書を刻ませると、ギールに向き直す。
「データ、送ってくれてるんだろ?」
「うん」
「なら、今日はもうあがれ。CORGIは売れっ子だからな。いつ呼び出されるかわからねーぞ。休める時にちゃーんと休むこと。いいな」
「うん」
アキオミに促され、ギールはソファーから立ちあがるとそのまま執務室から出て行った。
一人残されたアキオミはへらりとした表情をかき消すと、デスクへと移動する。
「さーて、やりますか」
コギ族たちへ向けるのとはまるで逆の、酷薄な笑みを口元に浮かべギールの無茶ぶりを叶えるべく行動を開始した。
ギールがコギ部屋に戻ると、彼のバディも戻ったところだった様で預けた剣帯を抱えてふわりと浮かんでいた。ユールとシャールの姿はなく、二人ともすでに帰宅したらしい。
「ギールちゃん、おかえり。双刀、そろそろフルメンテ入れたほうがいいって」
バディはそう言いながらギールの側へ行き、装備の双刀を差し出す。
「ありがとう。フルメンテ、どのくらい時間かかる?」
「たぶん1日あればいけると思うって言ってたよ」
その返事にギールが苦笑する。
その一日を確保することが難しいからだ。
違法界渡りが激増したがために作られた異界渡り監察課は、設立されて数年たつのにいまだに全体的慢性的に人手不足なのだ。技術部や情報部関係は比較的充実してきたが、巡察士は圧倒的に不足している。
違法異界渡りがいつ発生するか予測できないし、短時間で完了する任務もあれば、数日、長ければ月単位になる場合もある。ある程度の情報は与えられるが、実際には行ってみてクロストレンジャーに接触しないことにはどう転ぶか分からないのだ。
管理部がどうにかやりくりして少しでも休ませることができる様にと苦心してシフトを組んでくれているが、今日の様な緊急出動がかかればもうどうしようもない。
フルメンテに装備を預けてる時に緊急出動がかかれば、目も当てられない。一応、予備の装備もあるにはあるのだが、メインで使っているものに比べるとどうも心もとない。さりとて、技術部がそろそろと言い出すくらいなのだから、フルメンテに出すのは早いにこしたことはないだろう。
「出来るだけ早いうちに出すようにするよ」
「そうだね」
ギールの口から無難な答えを聞き、バディも苦笑するしかない。
互いに顔を見合わせ苦笑しあったところで、バディが口調を変えて口を開いた。
「ところでギールちゃん、報告書終わった?」
「うん」
「じゃあ、帰ろっか」
「うん」
ギールは受け取った剣帯を腰に落ち着かせると、いつものようにフル装備のままバディと一緒に帰途に着いた。