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 翌朝。

 朝から誰がこんなに食べるんだと頭を抱えたくなるような量の朝食が、テーブルいっぱいに運ばれてきた。

 護衛は豹族と虎族にペアのままで、彼らは夜の間も離れることなくずっとドアの前に張り付いていた。

 グレイはまたもや彼らも同席させ、昨日の夕食の時と同じように4人でテーブルを囲む。

「それで、結論は出たのか」

 テーブルの上に並ぶ皿がほぼ空になったところで、シャールはたっぷりとミルクを入れた紅茶らしき発酵茶に口をつけながらグレイにたずねた。

「えーっと……それは……」

 分かりやすく視線を彷徨わせるグレイ。

「眠れないくらい考えた結果は、あの狐族が来てからでいい。その方が都合が良いんだろう、虎族、豹族?」

 シャールが言うと、護衛達は顎を引いて返答にした。


 狐族の神官風もグレイの返答が待ちきれないらしく、食後のお茶を堪能し終えた頃にはドアをノックする音と共に姿を現した。

 テーブルを挟んでグレイと狐族の神官風が向かいあい、護衛達は狐族の後ろに立つ。シャールはというと、所謂お誕生日席に椅子を移動させてそこに陣取っていた。

「それで? どうするんだ?」

 互いに言葉を出しあぐねているようで、だまりこくったままのグレイと神官風に、いや、正しくはグレイに向かって返答を促したのはシャール。彼としてもさっさと結論を聞きたいからだ。

 グレイはじっとシャールへとすがりつく様な視線を投げかけ、それからしゅんと肩を落としてから狐族の神官風に向き直した。

「俺は、俺が居たあの僧房に帰りたい。俺を拾って育ててくれたじい様や、お師様、仲間達もきっと心配している。シャールさんが俺を帰してくれるのなら、俺は還りたい」

 グレイはそこで言葉を切り、小さく一息おいてから続ける。

「けど、一度だけ。それ以上は譲れない。一度だけあなたたちと一緒に戦う。俺が役に立てるかどうかは分からない。一度でどうにかなるかすら分からない。もし、この一度で魔物を討伐し瘴気を浄化出来たとしても、俺はここには残れない。出された条件には正直ぐらっときたけど」

 一晩中、ごろごろと寝返りをうっては溜息を聞かされ続けたことで、白か黒というよりもグレーソーンに落ち着くんだろうとは予測していたから、シャールはグレイの出した結論に、まぁこんなことだろうなと表情には出さずに心の中で吐き出す。

 そうと決まれば、シャールもグレイに付き合うしかない。

 グレイが討伐隊に一度参加すると返事したのだから、シャールはそれにつきあう。

 討伐隊にも参加することになるだろう。そうしなければ、グレイを守ることは出来ない。

 シャールの仕事は、いや、巡察士の仕事はクロストレンジャーを発見、接触し、還ると決めた場合には生きて元の界に還すことだ。

 出来れば早急に部隊を組んで討伐に出たいところだけど……。

 残念ながらシャールが思うほどには“早急”に出撃とはならないだろう。それも予測の範囲内ではあるが、それまでの期間の身の振り方を考える。

 シャールをここの者たちがどう扱うかだ。

 グレイを知らない間に連れ去ってしまう可能性のある不審者として、このまま監視対象とされるなら、ここに留め置かれる可能性が高い。あとは、接触させないために放逐するというのも、可能性のひとつとしてあげられる。

 過激な手を打ってくるなら、刺客くらいは放ってくるかもしれない。グレイが“帰る”前提にはシャールの存在が必要で、シャールが居ないならグレイは帰る手立てを失い、結果としてここに居続けることになるからだ。

 グレイと神官風がまだ何やら話しあっているようだが、この時点でシャールの意識はこの先の計画に向けられていた。

 ここの者たちがシャールをどう扱うかは、シャールにとっては大きな問題ではない。

 むしろ、確実にグレイを還すために、神官風たちの言う対象を討伐させるための“安全策”を講じなければならないことのほうが重要だ。

 神官風達の持つ情報だけでは不十分だし、討伐隊を組むとするなら軍隊の構成やレベルも知っておきたい。アスティア界は魔法も存在していたはずなので、この界での仕組みや構成もある程度知る必要がある。

 グレイの身の安全を確保するためには、彼自身を“守護”するだけではなく、取り巻く環境を理解し情報を整理しなければいけないからだ。


「それが無理なら、ここを出ていく」

「了承できません」

「なら譲歩すべきだ。俺は、ここに留まって一度とはいえ討伐に加わると譲歩している。求めるばかりで何も与えないのは、ここのやり方なのか?」

 グレイの固い声に、ふと思考の海から引き上げられる。

 狐族の神官風を相手に交渉をしているらしいが、なにが論点なのかシャールには分からない。

 そっと狐族の神官風の後ろに立つ護衛達へと視線を向けると、虎族の方は半ば諦め顔で、豹族は僅かに眉間に皺を寄せているのが映った。

 彼らがそんな表情をするような無理難題なのかと、シャールは彼らの話しの内容に耳を傾ける。

「俺は事情を説明されて、正式に依頼を受けて担当に割り振られてのことならこんなこと言わなかった。あなた方は俺を“招いた”と言うけれども、俺にとってはそうじゃない。俺が、僧房への依頼もなく俺をここへさらったのだと受け取っていると理解すべきだ」

 グレイのその言葉に、シャールはご尤もなことだと心の中で頷く。

「しかも、違う街、違う国なんて以前に、俺が居た世界とは別の世界だなんて。還る方法もないなんて。どんなに困っていたにしても、人道的に褒められる行為でないと理解していてなおすがったのだと言われても、あなた方の行為が誰からも咎められることなく正当だとは俺には思えない」

 これにもシャールは心の中で頷く。

「シャールさんが居てくれなかったら、俺は僧房に帰ることができない。シャールさんは初めから、俺を帰すために居るって言ってくれていた。俺がさ、どっちを信頼するかなんて分かることだよな。俺は、帰りたいんだ」

 きっぱりと言い切るグレイに、これだけはっきり言い切るクロストレンジャーに遭遇するのは久しぶりだな、やはり心の中でこそっと喝采を送る。

「ですが、その者が本当にグレイ様を元の世界にお送りすることができるかどうかなど」

「初めから“帰れない”ことが分かってて“招く”なんてことするあなた方よりも、余程信じられる」

「その言葉が真実かどうかなど」

「シャールさんは出来ないことは言わない」

 論点の矛先がCORGIとしての自分へ向いたことを察し、シャールはそこにさっさと結論を叩きつけることにした。

「異界渡り出来ることを証明すればいいのか? なら、グレイで証明すれば問題ないだろう」

 もちろん、送り還したらこっちに連れてくることなんて無いけどな、と心の中で付け足す。

 グレイには届かなかったシャールの心の声は狐族の神官風には届いたらしく、若干ドヤ顔のグレイに反し、狐族の神官風は忌々しそうに眉間に皺を寄せた。

「……善処しましょう」

 苦々しく狐族の神官風。

 けれども、シャールには彼に言葉が何に対してのものなのかがつかめない。残念なことに、グレイと彼がどんな話をしていたのかまともに聞いていなかったからだ。

 グレイを見れば笑顔を見せているから、少なくとも彼にとっては良いことなのだろうという程度にしか分からない。

 その後しばらく彼らに話しに耳を傾け、その内容を要約すると……。


 討伐隊を組み、グレイは一度だけそこに参加する。

 討伐出征に当たり、グレイが求める情報があれば開示すること。

 その結果の如何に関らず、討伐から帰還後はここに留まるつもりはなく、シャールに元の界に還してもらう。

 討伐までの滞在中は、グレイに対し可能な限り便宜を図ること。

 グレイに護衛をつけること。

などなど。


 互いに出した条件の落とし所の確認で、グレイの案がほぼ通っているが、いくつかは狐族の神官風が押し切っている案もあった。

 中には、シャールのことも含まれていた。

 狐族の神官風は、シャールをここに留め置くことには反対なのだが、グレイがごねにごねた結果、最終的にはグレイとは別の部屋を用意するところで落ち着いた様だった。

 これにはシャールもほっと息をついた。

 腹をもふられる危険が低くなったからだ。

 他には滞在中、軍部に話しを通して訓練場を解放することや、訓練自体も軍部の者たちを相手に使ってもいいということなんかも内容に盛り込まれていた。

 聞いている限りは、グレイが騙されていたりあからさまに不利な条件はない。


 その後、改めて自己紹介となり、ここがアスティア界の国のひとつであるリアーシュ国で、王都リアシューベの王城だと教えられた。

 規模としては大きくはないと感じたのは、この国が小国であるということに加えて、代々の王族が居城の居住スペースを拡充することに興味を持たなかったかららしい。そのかわり、同じく敷地内にある訓練場とリアーシュの軍隊である兵団の拡充に費用を費やしていて、大国に負けない規模になっているということだ。

 主な収入源となっているのは、主に二つ。一つは兵団の派遣、つまりは傭兵業。個人単位での派遣もあれば、兵団単位での派遣も請ける。

 小国リアーシュが他国から攻め入られることなく在り続けているのは、高い戦力を保有していることに他ならない。

 もう一つの収入源は狩猟。広くはない領地の多くが森林となっていて、生物態、植物態ともに豊かな資源を保っている。

 植物に関してはリアーシュの森にしか生息せず、持ち帰って植え変えても根付かずに枯れてしまうものもあり、そうした種のほとんどが高い薬効を誇る希少種で、加工前でもかなりの高値がつく。動物に関しても種が豊富で、肉としての用途だけでなく、毛皮や牙や骨は防具や装飾品に加工され、内臓は薬と、余すことなく用いている。これらも加工が丁寧で質が良いことから、他国の物に比べると高値がついている。

 そうした事情を抱えているため、森に瘴気が溢れて生物たちが魔性化すると民を中心に商人たちの生活に響き、それはやがて国への打撃となる。

 すでに民の生活に支障が出始めていて、村を棄てて新たな土地へと移らざるをえなかった者たちもいるのだ。

 調査隊を組み、瘴気の調査を行った。

 その結果、他よりも瘴気が濃い森があり、その中でも更に瘴気の濃い場所にロールベアをいうクマ種の魔性化した変異体とみられる上位個体がいて、他の生物たちを従えているようだということが分かった。

 何度か仕掛けてみたのだが、濃い瘴気に中てられてこちらは動きが鈍るが、むこうは力を増す様な状態で、残念ながら成果は芳しくないどころか率直に良くない。

 そうした状況を一気に覆すために、強力な浄化の力を持ち主力となれる存在を欲し、過去の文献に僅かに記録が残っていた“召喚術”に希望を見いだし、期待をかけて術式を解読し展開し成功した。

 術式を行ったのは神官達。

 狐族の神官風カイナ・フォルシアは神官達のトップである神官長で、彼を中心に“召喚術”の研究、解読、展開が行われたということだった。

 護衛としてついている豹族のグエン・トスカリオと、虎族のリッジ・クィントスは肩書的には近衛兵団百兵長というものらしい。

他にもざっくりとした軍の構成や、そう呼べるほど複雑ではないが身分制度について、最低限とおぼしき情報を教えられた。

ひとしきり話し終えると、カイナはグレイトの話し合いの結果を報告し相談しなければいけないからと、席を立った。

残された護衛達のうち、虎族のリッジに“報告先の相手”について心当たりを尋ねれば、王のことだと返答が返ってきた。カイナはグレイを異界渡りさせた実行犯で、それを指示したのは王だということだ。

 そりゃそうだろうなと心の中で呟くシャールに反し、グレイはそんなに大ごとなのかと目を丸くしている。


 小一時間ほどして、カイナが部屋へと戻ってきて、グレイと話した内容で王に了承を得たと告げ、それと共にリッジとグエンはこのままグレイの護衛担当兼世話係となることも告げられた。

 そして一部を除く城内と、城下町への出入りについても、リッジかグエンを連れていくならばという条件をつけられはしたものの、基本的には自由にしてもよいとのことだった。

シャールの城内や城下町への移動についても、新たに与えられる部屋から出る際には、カイナは名目こそ護衛という言い方をしたが、廊下側のドア前に待機している監視、もしくはリッジかグエンを必ず同行させることという条件をつけられた。

 面倒と言えば面倒だが、監視のことを態の良い案内人とでも思えば、地の利のないシャールにとっては悪い話しではない。ある程度の身鳥を把握してしまえば、一人で動きたいときは適当に抜けだしてしまえばいいだけのこと。

 王への報告と共にシャールの部屋の手配も指示してきたらしく、カイナに案内されて用意された部屋へと移動する。とはいえ、廊下を挟んでグレイの部屋とは斜向かいで。

 部屋のドアから覗けば見える場所なのに、シャールの部屋の場所を確認したいと言い出したグレイがついて来れば、自動的にリッジとグエンもついてくる。流石にこれには閉口だ。

 案内された部屋はグレイに用意されているものよりもやや狭いが、一般的には充分に広いといえる。シャールが屋内宿泊で求める条件は、壊れていない屋根と壁があって、清潔なベッドが確保できることなので、それを思えばこの部屋はかなりの好条件だ。

「確認できたなら、いいだろう。戻れ」

 部屋の中をうろうろして備え付けられているテーブルの側へと移動し、イスを引いて腰を落ち着けようとしているグレイにシャールが言い放った。

「シャールさん、冷たい!」

「うるさい。あんたにはあんたの部屋があるだろう。そっちを使え」

 シャールがご尤もなことを言えば、グレイがぶすくれた表情を顔に張り付かせる。

 カイナへと視線を向けると、シャールはくいくいと顎先で“そいつを連れて行け”と無言で示す。察したカイナがグレイを連れ、リッジとグエンと共に部屋から出ていくまでにたっぷり10分はかかったことは……、今後のパターン化につながりそうで、彼らが部屋を出てドアが閉まるとともにシャールは溜息をついた。


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