魔術師の戦い
少し長いです
オズ爺は家の裏手の広い空間で立ち止まった。
「では、今から魔術の戦闘訓練を行うぞい。
そうじゃのう、今回のルールは魔術なら何をしようとかまんわんが、強い攻撃性の意味をもつ《言霊》は唱えぬように。
あとは今日の勝ち負けの基準じゃが、相手の動きを完全に封じれば勝ち、封じられれば負けとしようかの」
なるほど傷を負わせるんじゃなくて動きを封じなければならないのか、これは攻撃系の魔術より、補助よりの魔術を上手く使いこなさないといけないな。
よし、ちょっとでも僕が有利になるよう、オズ爺に色々聞いてみよう。
「ねぇオズ爺、触媒の使用と森の中に逃げ込んだりするのはありかな?」
森の中なら木々や動物たちと協力してオズ爺に姿を見せずに魔術を発動できるんだけどなあ。
「触媒の使用はもちろんかまわんが、戦闘の範囲はこの拓けた空間のみじゃ」
うーん、やっぱりダメか。
魔術の発動スピードや知っている《言霊》の種類等、魔術の根本的な基礎が僕より遥か先にいるオズ爺にどうやったら勝てる?勝つためには、オズ爺の裏をかくか、魔術を使わせない、このくらいしか想像できない。
でも幸運だ、相手を足止めするには打って付けの触媒(魔石)が今、僕の手持ちにある。
込められた魔術は魔力で指定した地面を泥沼に変化させる《飲み込む大地》と簡単に人を押し倒すくらいの風を自在に吹かす《踊る旋風》だ。
この組み合わせは、この前現れた熊の魔物の動きさえも止めてみせた。少しくらいオズ爺にも効果があるだろう。うん、あると信じたい。
よし、戦い方は決まった。まず、始まってすぐに代償魔術を使う。そして、有利な状況を作ったあと、状況を見て魔術を使う。とにかく短期決戦だ!
「他に聞きたいことはないかの?」
オズ爺が、もう考えは纏まったかのクラウディ?と言いたげな顔で話しかけてきた。
「うん大丈夫!今日こそはオズ爺に勝つよ!」
僕は気合いを込めてそう言った。
「ほっほっほっ、そうか、それは楽しみじゃのう。では儂が二十ほど、歩を進めたら訓練開始じゃ。」
そう言うとオズ爺は僕に背を向けて、ゆっくりと散歩に行くみたいにテクテクと歩いていった……。
オズ爺の足元を見ながらジットリと触媒を握っている手に汗が滲む。
……十八、十九、二十!!
オズ爺がこちらに振り返ると同時、僕は魔術を発動させた。代償魔術は通常の魔術より出が早い、これで先手を取る!
「《起ー飲み込む大地》《起ー踊る旋風》ッ!」
《起》の《言霊》を唱えた瞬間、オズ爺の足元が一瞬で草に覆われた大地から、全てを飲み込む沼地とかし、そして頭上からは強烈な風が身体めがけて打ち付けるのが目に入る。
よしっ上手くいった!吹き荒れる風のせいで《言霊》を唱えたり、記述して魔術を発動する選択肢はもうとれないはず!それに足も止めた!
次はどうする?攻撃系の魔術を打ち込む?それとも《浮遊》や《打ち消し》の魔術で飛び出してくることを予想して《痺れよ》の《言霊》を唱えておく?……いや、そんな悠長なことしてちゃダメだ!
今この瞬間こそ僕が明確に有利な状況じゃないか!時間をかけるな、僕の“とっておきの魔術”で決める!
僕は素早く魔力を練った。それに今から唱える《言霊》は只の《言霊》じゃあない、この森の獣たちが扱う《言霊》だ!
僕は素早く《獣ノ言霊》を唱えた。
「《囚われた》《気高い》《梟は》《鎖に繋がれる》!!」
これが僕が今できる限界、四節の《獣ノ言霊》で構成された僕だけの魔術!魔術名は……
「《風縛の籠》ッッ!!」
その魔術を発動した僕の目の前に球体の嵐が現れた。
やったッ!オズ爺を完全に捉えた!!
その風の籠を見た時僕はそう思った。
オズ爺の声を聞くまでは……。
「まぁいいせんじゃったよクラウディ」
「《蜘蛛の巣》」
背後から声が聞こえてきた。振り返る間もなく僕は硬い何かに全身を絡め取られた。
その時、何が起きたのかはよく分からなかったけど、またオズ爺に負かされたことだけはハッキリと分かった。
―――――――
オズ爺視点
ほっほっほっ、感じる感じるぞクラウディお主が儂が歩みを止めた時に仕留めるという空気を。
うーむ、しかし、始める前に見せたあの顔、余程何か自信のある魔術でも用意しておるんかの?それとも、一撃で勝負が決まるような代償魔術でも持っとったかの?
まぁ、どちらでよいが、儂も準備しておこうかの。
「《凪》」
そう一言だけ儂は呟いた。この《言霊》は口元に小さな揺らぎも何もない空気の空間を創るだけの効果しか持たんが、これによって例え顔を水で覆われようが土に塗れようが《言霊》を唱えることが出来る。
ほっほっほっ、クラウディはまだまだ甘いのう、二十ほど歩めば訓練開始とは言ったが、それまでに魔術を使うてはならんとは一言も言うておらん。
魔術師との戦闘において最も大切なことは、戦う前にどれだけ準備できておるかじゃ。あとは、どれだけ簡潔な《言霊》で相手を封殺できるかじゃな。
まあ、ここで可愛い孫の初手を綺麗に交わすのもよいが、ここは祖父の威厳として全て受けた上で、その上を悠々と行ってみせようかの。ほっほっほっ。
さて、二十歩いたぞ、むッ!?
「《起ー飲み込む大地》《起ー踊る突風》ッ!」
どちらも拘束系の魔術!まずは儂の足を止めにきたか。そして上から吹く強烈な風。
ほっほっほ、なるほどのう、よく考えられておる。確かにこの強風の中では、《言霊》は唱えられんし、書くこともままならないだろうの。
まぁ、唱えることに関しては今の儂には関係ないがの。
とりあえず煽られた服がばしばしと身体を打ち付けて痛いわい。さっさと出るかの。
「《虚像よ》、《潜る》」
そう儂は唱えた。
《虚像》は魔力に形を持たせる魔術、《潜る》は魔力を身に纏い大地を水中のように泳ぐことができる魔術じゃ。
どちらも簡単な《言霊》で発動する魔術じゃが、《虚像》は魔力を精密な姿形に変えるには中々にコツが求められ、《潜る》は潜る大地の硬さによって必要な魔力の量が違い、泳げなければそのまま大地に埋もれてしまう魔術じゃ。
これらの魔術はいかに周りの魔素と上手く共鳴できるかが試される魔術じゃの。
おお、大きな魔力の動きが伝わるのう。
どれ地中の中からクラウディを見てみるかの。
「《土よ》《透かせ》」
…………。
なんじゃ?この魔術は、それにクラウディのこの口の動き、儂の知る《言霊》にはない動きじゃ…。
おそらく口の動きからして四節から構成されとるの、効果からは拘束系かつ風の魔術だと思うんじゃが、この魔術、本当に四節なのか?どう見てもそれ以上の魔術……。
うむ、クラウディに聞けば分かる話しじゃし、さっさとクラウディを捕まえるとしようかの。
ーーーーーーー
「まぁ、あとは音を消してクラウディの後ろに回り拘束したわけじゃ」
くそーっ、最後までオズ爺の掌の上だったわけか…。
そんなことを考えているとオズ爺が目を細めて僕に最後の魔術について聞いてきた。
「そんなことより、クラウディあの最後に放った魔術は言ったいなんじゃ?」
まぁ、やっぱり聞いてくるよね。
「あれは、インテに教えて貰ったんだ。あの《言霊》は賢梟たちが使う《言霊》で僕にも教えてもらったんだ」
「僕はその《言霊》を《獣ノ言霊》って呼んでる」
「それは、例えばマックなどの光針鼠たちが扱う《言霊》なども知っとると考えてよいのかの?」
「うん、他にも色々と知ってるよ」
そう言うとオズ爺は目を瞑って少し考えたのち、こう言った。
「まっ、とりあえず今はよいか、また明日その《獣ノ言霊》とやらについて教えてくれるかの?」
良いこと思いついた。
「えー僕の切り札だからあまり人に教えたくはないけど、オズ爺のとっておきの《言霊》をおしえてくれるのならいいよ!」
こう言えば、オズ爺は必ず首を縦にふるはず。
「抜け目がないのう。よし分かった約束しよう。それじゃあ続きじゃ、日がくれるまで訓練といこうかの!」
こうしてヘトヘトになるまで、魔術の訓練は続いた。
結局、オズ爺には一度も勝てなかったなぁ、次こそは勝ってみせる!
何か大きなことを忘れているような気がする、まぁいいや。早く家に入って身体を、休めよう。




