魔術
少し長いです。
2月25日、3話まで修正を加えました。
気がつけば高く上った太陽が少し傾いてきている。それに少し曇ってきた様な気がしないでもない。
どうやら随分と長い間ここに居たみたいだ。そろそろ家に戻らないと、オズ爺との魔術の勉強に間に合わないかもしれないな。そう思った僕はインテに話しかけた。
「インテ、僕たちはそろそろ帰るよ、色々と付き合ってれてありがとう!今度は何か持ってくるよ」
いつも嫌なこと一つ言わずに付き合ってくれるインテ、今度会うときにはインテの好物を用意しておこう。
「こちらこそ。退屈しない朝を楽しめたよ」
インテは羽を胸の前に持っていき目を丸い大きな目を細めてそういった。
そう言えば、マックの姿が見当たらないな。どこにいったんだろう?そんなことを考えていると、インテがある場所を羽で指していることに気がついた。
そこには、陽炎がゆらゆらと立ち上っていた。
近づいて見るとカラッとした熱気が僕の肌を焦がした、凄い熱気だ。その熱気に逆らって近づいて見ると、蕩けきった顔をしたマックが目に入った。
マックは陽炎の中で蕩けたチーズのような顔で気持ち良さそうに眠っていた。その姿は野生とは何だ?と言わんばかりで、四肢と腹をさらけ出し大きな鼻提灯まで浮かべている。
僕はそれを見て、どうしてこの温度で鼻提灯が浮かんでいるのかが不思議で仕方がなかった。インテも僕の近くでそんなマックの鼻提灯を見て首を回している。
そんなマックの神秘は置いといて声をかけよう。
「おーいマック、そろそろ帰るよー」
「……」
返事はない。まぁ予想通りだ。
しかし、これは困った。このままだと、勉強に間に合わない。
日光浴をしている光針鼠はまるで小さな太陽だ。それこそ今のマックにチーズなんかを近づけるとすぐにトロトロになるだろう……いや焦げるか。まあ、そんなことは置いといて、今はマックを起こさないと。
気持ちよく眠っているマックには悪いけど、ここは魔術で起こすとしよう。そう決めた僕は意識を辺りに薄くのばしていく。
うん大丈夫そうだ。
「《集え》《水球》……うん上手くできた」
《言霊》を唱えた僕の手の平に南瓜より一回り大きいくらいの水の球がぷかぷかと浮かぶ。
でもこのままだと、マックに当たる前に蒸発しそうだ。インテにも手伝ってもらおう。
「インテ!少し風で熱気を飛ばしてほしいんだけどどうかな?」
「お安い御用さ」
そう言うとインテは羽を一度だけ揺らした。すると、身体が押されるくらいの風がマックの頭上を通った。
熱気が薄れた今だ!
「マック起きろーー!」
僕はマック目掛けて手の平の水球を投げた。そしてマックに水球があたると、ジュワーッと熱した鉄板に水を零したかのような音と地面がプスプスと焦げている音が聞こえて来る。あと、マックの声も。
「はわぁ!なんだなんだ!?嵐か!?」
マック目を見開いてピカピカと光り毛を逆立てている。
「やあ、おはようマック。もう帰るよ」
それを聞いたマックはパチリと瞬きを数回と、一度身震いをし、すぐに怒鳴りだした。
「やあ、おはようっじゃねーよ!もっとましな起こし方はなかったのかよ!」
これには流石の僕もカチンときた。
「そんな方法なかったよ!周りを見てごらん?僕みたいな普通の人間にとって日光浴してるマックたち光針鼠は熱すぎるんだよ!」
「それよりも、オズ爺の魔術の勉強がもう少ししたらあるんだ!早く帰るよ!」
そう強く言い返すと、マックは自分の周りをちらっと見て少し思うところがあったの小さく悪態をついていた。
さっきよりか心なしかしょんぼりしているように見える。
「じゃあインテ、二度目だけど今日はありがと、真っ直ぐ家に帰るよ」
「いえいえ、今夜は気をつけて下さいね。私は森の獣たちに少し呼びかけてから巣に戻るとします。ああ、あとオズワルド老師にもよろしく言っておいて下さい、では!」
インテは大きな翼を広げて森の中に飛んでいった。
インテが見えなくなってから僕はしょげて静かになったマックを肩に乗せて真っ直ぐ家に帰った。
しばらく歩いて家に近づいてくると、カッコンと耳を抜けていく音が聞こえてきた。
家が目に入ると、草臥れたローブを身にまとったオズ爺が家から少し離れた場所で薪を割っている姿も見えた。その小柄だが腰の曲がっていない姿は身に纏っている草臥れたローブとは正反対だ。
「オズ爺、ただいま」「俺も帰ったぞ!」
肩をパンパンと叩いてマックは自分の存在をアピールしている。僕たちの声に気づいたオズ爺は斧を持ったまま振り返った。
「おかえり、クラウディ。ん?ああ、マックもおかえり。もう少しでこれが終わるから家で待っといてくれんかのう?それから今日の魔術の勉強じゃな。」
オズ爺はそう言うと再び僕たちに背を向けて再びカッコンと心地よい音と一緒に薪を割りだした。
家の中に入った僕は、薪割りの音を聞きながら特に何にも考えずボーッと紅茶を口に運んでオズ爺を待っていた。マックはチーズをカリカリと齧っている。
「あっ。薪割りがおわったみたいだ」
音が止んだことに気づいた僕はぽつりとそう言っていた。それからすぐに扉を開く音が聞こえてきた。
「ああ、いい運動だったのう。やはり、身体を動かさねば身が錆びてしまうの」
ほっほっほっと笑いながらオズ爺は部屋に入ってきた。ローブを壁のフックにかけ、オズ爺は僕の目の前に座った。そして飲みかけの紅茶をちらっと見ると口を開いた。
「よし、クラウディ、その紅茶を飲みほしてから勉強するとしようかのう」
それを聞いた僕はグイッと紅茶を飲みほした。
オズ爺とする魔術の勉強は、計算や読み書きの勉強に比べてすごく好きだ。他にも外の歴史や薬草学、食事作法の勉強もあるけれど、学んだことを使うことがないからあんまり気が乗らないのが正直なところだ。
「そう慌てるでない。今日は魔術の勉強だったの?」
今日はどんなことを知ることが出来るのか、考えだけでも凄くわくわくしてくる。
「そうだよ!今日はどんなことを教えてくれるの?」
「そうじゃな、まずは魔術についての復習からといこうかかの。では、魔術を発動する手順を答えよ。」
オズ爺は何時もこの問題を初めに出す。魔術の勉強を始めたのは僕が5歳の頃だ。今年の春で僕は11歳になる。もう6年近くこの問題を解いてきた。
口から息を吐くくらい自然に僕は答えた。
「魔術を発動するには三つの手順がある。まず初めにこの世界に漂っている魔素を感じ取る。次に自分の中にある魔力と漂っている魔素を共鳴させ魔素を魔力に練り込む。最後に言霊を正確に唱える、または魔力で言霊を正確に記述することで発動する」
「うむ、その通りじゃ、ではその方法以外で魔術を発動するにはどうすればよい」
この問題も何時もと同じだ。
「瞳や腕といった身体の部位に直接、言霊を書き込む。これを身体術式と呼ぶ。特徴は直接身体に書き込むことで、魔素の取り込みを省略でき、魔力を流すだけで発動できる。この身体術式による魔術を身体魔術と呼ぶ。他には魔石や魔物の身体の一部といった触媒に《言霊》を記述し用いることで同じく魔力を流すだけで魔術を発動できる代償魔術がある」
「うむ、よかろう。では最後の質問じゃ魔術の危険を答えよ」
これまた何時もと同じ問題だがこの問題は特別だ。
この問題出す時だけ、オズ爺はすごい圧力の篭った目で僕を見る。僕もオズ爺の目を見て真剣に答える。
「魔術を扱う上で最も重要なことは大きな力にはそれ相応のリスクがあること。魔術発動の過程で言霊を正確に唱える、または記述ができなければ良ければ不発、悪ければ死に至る。この現象を拒魔の法と呼ぶ。そして強力な言霊の場合さらに死のリスクが跳ね上がる。身体魔術の場合は発動時、部位に外傷を与えるられることで、代償魔術は触媒が適切ではない、または、外傷を与えられることでおきる」
僕の答えを聞いたオズ爺は髭を撫でながらこう言った。
「さよう、魔術とは即ち魔の術だ。常に死のリスクが付き纏っていることを意識しなさい」
「はい、オズ爺」
そう言うとオズ爺は立ち上がって、すこぶるいい笑顔で僕にこう言った。
「よし、今日の授業は外で魔術の戦闘訓練でもしようかの!」
戦闘訓練だって?望むところだ、今日こそオズ爺に一泡ふかせやる!
僕のやる気に満ちた顔を見ながらオズ爺は何時も通り外に出て行った。それを僕は少し駆け足でおいかけた。
オズ爺の本名はオズワルド=ソラス
ちなみにインテの名前の由来はインテリからです(笑)




